第21話 入学式
穏やかな日々が過ぎ去り、ついに今日はオルトゥス学院の入学式となった。途中、ゴッドステラと買い物に出かけるという珍事があったものの、概ね良き日々であった。
「準備はよろしいですか? エルグランド様?」
「まぁ…。」
(行きたくない、行きたくない。俺の黄金期間が終わってしまう。)
「エルグランド様! シャキッとなさいませ! ハーブルルクス家の者として恥ずかしくない姿を示すのです。」
このお婆さん、アインが雇っているだけあってキャラが際立っていた。エルは何度丸め込まれたことか。こういうときは部屋に閉じこもるしかないのだが、今から出発なのでそれもできない。
「うい。」
「返事をしっかりなさい。」
「はい!」
「よろしい。」
(イニが本家にいなくて本当によかった。もし居たら発狂ものだろ。)
セバスと組み合わさったら、その相乗効果は計り知れない。
「では出発いたします。」
「ああ、頼む。」
「ガコッ」
窓越しにイニと使用人たちが深々と頭を下げているのが見える。
(…休日は帰ってこようかなぁ、なんて思ってたけど無理だな。休日なのに休まらなさそうだ。)
あれだけパワフルなお婆さんは滅多にお目にかかれまい。ただエルは、当分会いたいとは思わなかった。
(…さーて、気を取り直して行こう。…果たして俺の世界は壊れるかね?)
馬車に揺られること少し、巨大なグラウンドで馬車が止まる。周りを見ると他にもたくさんの馬車が止まっていた。
「コンコン」
「到着いたしました。」
「…ご苦労。」
ひと呼吸おいてから剣を腰に装備して外へ出る。
「学生証はお持ちですね?」
「ああ、持ってる。」
出発する前に念入りに確認した。持っていないはずがない。そう思いつつも心配になって、改めてポケットに手を突っ込むと学生証が入っていた。
(よし、あるな。これさえ無くさなければいいんだろ。)
「では、ここでお別れです。ここから先は我々はいけません。」
「そうか。」
(お守りは終わりか。結構便利だったんだけどなぁ。)
エルの声に残念さと嬉しさが入り混じる。この何とも言えない感情がゾクゾクする。すべてにおいて二律背反が心地よいのだ。
「それと我々は明日には本国に帰ります。もしか何かあれば、あの屋敷かウィンクルムの大使館を訪ねてください。きっとエルグランド様の力となることでしょう。」
(エクスたちは帰るのか、激熱だな。結果さえ示せば自由にしていいってことだろ。)
エルのテンションが爆上がりする。もはや己を縛る鎖は存在しない。どこまでも行けるような気がする。
「では行ってくる。」
「行ってらっしゃいませ。」
軽く手を振ってから、ドームへ向かう。この中で入学式が行われるのだ。
だが、そこかしこでピりついた雰囲気を感じる。互いに仲の悪い国同士の出身者がいがみ合ってるのだろう。
(皆、緊張しすぎだって。軽く行こうよ。)
「おはようございます。エルグランド様。」
ダラダラと歩いていると後ろから声をかけられる。
(この声は――。)
「ジムか。久しぶりだな。」
「私の事を覚えていただき恐縮です。」
「相変わらず堅いな、お前は。そんなかしこまらなくていいんだぞ?」
「いえ、そうはまいりません。上の方々には払う敬意というべきものが存在します。」
そう、このジムという青年、非常に生真面目なのだ。まさに貴族の鏡といったところだろう。
「そうかい。で、ここにいるということは無事に受かったんだな?」
「はい。エルグランド様と通えること嬉しく思います。」
(こいつ、他人行儀すぎるんだよなぁ。)
それにジムが敬意を払っているのはエルの立場であって、エル自身ではないというところも虚しさを感じる要因だった。
(まぁ、別に良いんだけどさ。)
二人が立ち止まって話していると、さらに声がかかる。
「あれ? エル様とジム、おはようございます。奇遇ですね。」
話の輪にノアが加わってくる。そしてその後ろには見慣れた人物らが立っていた。ゴッドステラ、アイリーン、その他ラーウス王国出身の新入生の面々たち。
(こいつら、まさか一緒に来たのか?)
自分は省かれているのではないか?、そんな考えが脳裏によぎるが、ダメージは全くない――はず。その理論で行けばジムも省かれていることになる。つまり、己だけではない。
エルがざわつく心をコントロールしていると、一人の少女が前に出てくる。エルにとっては天災に等しい人物。
「おはようございます、エル。」
今日も今日とて朝一番からエンジン全開のゴッドステラ。もはや敬称すらついていないのは何も言うまい。
「え?」
「エル?」
「どういうことだ?」
ゴッドステラが醸し出す親しさに少し周囲がざわつく。
エルは努めてそれらを無視し、あくまで丁寧に対応する。
「おはようございます、ゴッドステラ様。」
「そう他人行儀にされると悲しいですわ、一緒にデートをした仲ではありませんか。それにここオルトゥス学院では身分差など関係ありません。どうぞ、ゴッドステラと呼んでくださいな。」
(…わーお、とんでもないこと言ってるよ、この王女。ほらみろ、おさまりつかないぞ。)
「エル様!? 本当なのですか?」
「何が?」
「デートをしたという話ですよ。」
「…買い物には行ったけどな、デートではないぞ。」
「おお…。」
ノアの分かってますよ、という態度がうざい。絶対にこいつは何もわかっていない。そして睨んでくる赤毛の少女――アイリーン。他にもひそひそと話している生徒たち。気づけば遠巻きに注目を集めていた。
(初日からこれかよ。いや、初日だからか? 早く序列争いが始まらないかな? そうすりゃ、全部蹴散らしてやるのによ。)
エルの中では手を抜くという発想はなかった。生きる目的を持たない者に負ける者が何かを成せるとは思わない。たとえ何かを成したとしても常に
(俺を負かしてみてくれよ、未来の英雄さんたちよ。)
だがそれでいて、エルは己の勝利を疑ってなかった。自分の世界で戦えば、自分が勝つのは当たり前。だって、自分はその世界の創造者――神なのだから。
「やあ、君たちはラーウス王国の者たちかい?」
突如としてエルの思考を遮る形で、一人の少年が金髪の髪をかけ上げながら話しかけてくる。まだ入学式すら行われていないというのに、すでに制服は華美な装飾が施されていた。
(あっ、俺こいつ無理だ。知人にもなりたくないタイプ。)
顔は整っているが、エルには生理的に無理だった。何と言うか、いけ好かない。自信満々な人間は嫌いなのだ。
「はい、そうです。」
ゴッドステラが代表して答える。誰も率先して返答しようとしなかったからだ。どうにもラーウス王国人とは気質が合いそうにない。
「ふむ、そうか、そうか。」
何度も頷きながら少年がラーウス王国の面々の服装を上から下まで眺めてくる。そして手をポンっと打ち、さわやかな笑顔で――
「センスないね、君ら。」
喧嘩を売ってきたのだった。
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