第25話 ラーウス王国の未来
(…やはりテオの頭の回転は速い。会話していて面白い。)
それに順応性もある。普通上位者に敬語を使わなくてもいいと言われても躊躇うのが普通だ。だがこの少年は躊躇わない。しかもそれにつられてノアとジムも敬語が外れてきている。いい影響を周囲に与えている。
「あんたたち! 静かにしなさいよ! 声がでかいのよ。」
しかし、少々うるさすぎようだ。こうやって赤毛の少女が怒るくらいには。
(いや、お前が一番うるさい。)
「いや、アイリーン嬢の方がうるさいと思うよ。」
まさにエルが思っていることをテオが代弁してくれた。少し笑ってしまう、あまりのストレートさに。自分でもここまで率直には言えない。
「なんですって? というかあんた、何笑ってんのよ!」
「ハハ、いやー、朝から元気そうでいいなぁと思っただけだ。」
(朝はやる気にならないんだよな。かといって昼ならやる気が出るのかと言われても出ないんだけどな。)
本当に己は度し難い。そのくせ仙人になってからは全てを高水準にこなせるようになった。大事なのはセンスだと思い知らされた形だった。だが、それでもエルは灰色の仙人になったからこそ断言できる、一番大事なのは主体性、やる気、動機、意欲、そして――目標なのだと。所詮やりたいことのない人間は何も成せない。
「どの口が言ってるのよ。朝から決闘してたくせに。」
アイリーンもあの戦いにとても衝撃を受けていた。ハーブルルクス家の三男は大したことないという噂が流れていただけに、騙されたような気がしたのだ。あの母が警戒してた理由があのときはっきりと理解した。そしてその役目の意味も――自分はここオルトゥス学院で彼を抑えないといけないのだ、彼女の補佐として。
「別に俺は望んでなかったけどな…」
ふと視線を感じたのでその方向に目がいく。あからさま過ぎる視線にアイリーンも気づく。
「ほら、あんたのせいでゴッドステラ様もこちらを見ていらっしゃるじゃない。」
「俺のせいなのか?」
エルの顔が思いっきり引き攣る。どうしてこちらをそんなにじっと見ているのか。しかも口パクで何か言っている。
(取り巻きたちよ、その女の機嫌を取れ。それがお前らの役目だろうが。)
一応入学式が終われば、全員、建前としては対等な立場となる。それに加えてハーブルルクスという肩書さえあればそこまで彼女に気を遣わなくてもいいだろう。勿論、関わらないことに越したことはないけど。
「――では以上で閉式とする。午後からはここで一年生のシードの序列を決める。参加希望者は12の刻までに集合するように。起立――」
(ようやく終わったか。それにしても入学式の日にシードを決めるんだな。…今日ですべてを終わらせる。)
シードはいろいろな特権が認められている。授業の免除、訓練場の優先使用権、スペス内の店舗でのVIP待遇など。その分、席数は限られており12個しかない。その上、月末にはシード争いがある。優秀な人材しかいないこの学園で上位をキープし続けるのは非常に難しい。
(それでも負けるはしないがな。ただまあ、剣はやめて槍にしようか。)
ちょうど王都で手に馴染む灰色の槍も手に入ったことだし、それで明るい未来を約束された才人たちを蹴散らすのはきっと楽しいだろう。
「エルはシード争いに参加するのか?」
頭の後ろで手を組んだテオが話しかけてくる。彼は完全に己との距離感を掴んだようだ。
「もちろん。狙うは第一シードだ。それ以外は眼中にない。」
「ヒュウ~、言うねー。結構な人数を敵に回したんじゃない?」
テオの言う通り、エルの宣言に周囲から注目が集まる。その誰もがあの決闘を見ていた者たち。エルの発言を切って捨てるにはあまりにも現実味がありすぎた。きっと巨大な壁として君臨するだろう。
「どうせいつかは戦うんだ。なら遅いか早いかの違いでしかない。」
エルの不敵な発言にノアとジムの二人が揺れる。パーティで気怠そうな雰囲気を出していた彼が実は爪を隠していた。それ自体は驚きではないが、勝利を微塵も疑っていない彼に動揺を隠せない。そこまで第一シードというのは安くないというのに、こちらまで彼なら獲ってしまいそうに思えてくる。
「お前らはどうするんだ?」
エルが三人に向かって問いかける。単純に興味を抱いたのだ。彼らの未来がラーウス王国の未来だから。その姿勢次第で国の在り方も決まるだろう。
「うーん、僕はやめとこうかな。まずは様子見で。」
「お前らしいな、テオ。」
まあ、この少年ならそういう返答だろうとは思っていた。
「自分は参加しま…する、よ? だってせっかくスペスに来たのに挑戦しないのはもったないからね。」
「私もだ。家族に楽しんで来いと背中をおされたからな。なら好きなようにしてみたい。」
どうやらラーウス王国の未来は総じて明るいようだ。そのことにエルは微笑む。まだまだ捨てたものではないと思えたから。だが、そんな思いもすぐに消えてしまう。
(俺も君たちと一緒に未来を創れたらどんなによかっただろうか?)
己は現実に潰され、キラキラした未来の事なんか考えられない。そんな人間が国を導くべきではない。きっと大勢の人を不幸にする。
「私も出ますよ、エル。」
「…え?」
(この声は?)
エルは恐る恐る後ろへ振り返る。もはやこの世で会いたくない人のトップ3に入るだろう。ここ最近で一気にランクインだ。
「それよりもどうして早く行ってしまうんですか。一緒に昼食を食べましょうと言ったのに。」
(あの口パクはそういうことか。…いや、分かるわけねぇじゃん。)
理不尽にも程がある。だが抗議したところで受け流されるのは目に見えている。静かに溜息をついて時間が流れるのを待つしかないのだ。
(時の流れに感謝だな。まさに神に等しい。)
「…それは悪かった。じゃあ、一緒に食堂でも行くか?」
もう敬語は使わない。おそらくこの少女もそれを望んでいるはず。敬意を払われ続けるのはしんどいから、と勝手に理由をつけて押し通す。
それにあながち間違っていないような気もする。あれだけのカリスマ性だ、彼女の立場も相まって周囲が勝手に持てはやすだろう。…彼女も孤独のはずだ。
「…!、はい!」
ゴッドステラが満面の笑みで頷く。どうやら対応は間違っていないようだ。周囲の人間はいい顔をしていないが。
それを見てエルはこのスタンスで行くことを決意した。
「で、シード争いに出るって大丈夫なのか?」
「ふふ、心配してくれているのですか?」
「まあ…。ゴッドステラは王族だし、何かあれば問題だろ?」
そう、もし自分と彼女が戦うことになれば面倒なことになる。ハーブルルクスが王族に勝つ、それだけでスキャンダルになりそうな気がする。父上の望みからも外れるだろう。それはそれで面白そうだが、喧嘩を売る動機がなかった。
「大丈夫ですよ。誓約書にはサインしていますし、父にも大人しますと伝えていますから。」
「大人しくしてないじゃん…。」
「私の中では大人しくしているので問題ないのです!」
「いや、胸張って言うことじゃないし。まったく…」
ふと自分たち以外に誰も話していないことに気づく。
「どうした、静かだな。ノア?」
「いや…、ちょっと話題に入るタイミングが分からなくて。」
「ふーん。ま、今はオルトゥス学院の学生なんだ。あまり細かい事はなしで行こう。なぁ、ゴッドステラ?」
「ええ。公的な場でない限り、ここでは同級生なのですから敬語でなくても構いません。」
「そういうお…、あなたは敬語だけどな。」
危ない危ない、思わずお前と言ってしまうところだった。しばらくはラインを見定めないといけないだろう。
「もうっ。私はこの話し方に慣れているのでこれでいいんです。」
「そうかい。」
ラーウス王国の未来となる若者が集団で食堂へ行く。
その背中を見つめる他国の者たち。今年のラーウス王国はプルウィウスアルクス王国よりも上かもしれないという認識があの決闘で育まれつつある。ラーウス王国の生徒全員が圧倒的に強いとは思わない。ただ少なくともエルグランドは強い。今日の午後には序列が決まる。――絶対に負けられない、自分の国こそがナンバーワンだと示さなければいけないのだから。
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