第24話 交渉

「どうして決闘なんて馬鹿なことをやったんだ。そんな軽はずみでやっていいものじゃないんだ。」


あのあとエルは教師に呼び出され、当然のごとく叱られていた。入学式から問題が起きるのはこれまでもあったが、さすがに決闘という行き過ぎたのはなかった。それがこの対応にも繋がっている。

エルは何人もの教師に囲まれ、同じような質問を繰り返しされていた。


(だりぃ。別に死んでないからいいじゃんか。)

ただ、エルに反省の気持ちはなかった。喧嘩を売ってきたのは向こうだし、決闘を仕掛けてきたのも向こう。およそ、貴族の論理では責められるべき点は一つもない。だって嵌められた方が悪い、勝った者が正しいのだから。


「だからさっきから言ってますよね、向こうが全部仕掛けてきたと。」

「だが、君が挑発していたという証言も出ているぞ?」

「挑発というのはあくまで主観的な表現ですから、言葉尻を捕らえればそう思われても仕方ありませんね。」

エルはのらりくらりと教師たちの追及をかわす。彼らとしては二人を罰し、決闘を無効としたいのだろう。だが、そうはさせない。せっかくラーウス王国金貨二千枚が容易く入ってくるのだ。妥協する意味が分からない。


「そもそも我々はまだ入学してませんからね。あれは生徒同士の戦いではなく、個人的な決闘というべきでしょう。そうである以上、あなた方が介入するのは筋違いですよ。」

エルの言っていることは正しい。入学式は今、行われているのだ。まだ入学式が終わっていない以上、生徒とは言えない。


「それは…。」

教師たちが返答に詰まる。相手はラーウス王国一の貴族の子供、彼の家は評議会にも大きな影響力を持っているかもしれない。下手に失言できない。


「――まあまあ、そんなに彼らを苛めないでやってくれ。仕事でやっていることだからさ。」

開いた扉から若い男性が入ってくる。一見普通のように見えるが、エルの鋭い目は異変を察知する。


(こいつ、魔力をうまく隠している。魔力操作が完璧な証拠だ。それに身体のバランスが異常なくらい整っている。)

普通なら身体は右か左かのどちらかに傾くのだ。だが、この男は全く傾いていない。恐ろしいボディコントロールだ。


「学院長。」

「もう君たちは業務に戻りたまえ。あとは私が対応しよう。」

「…分かりました。失礼します。」


学院長だけを残し、教師たちが去っていく。二人以外に誰もいなくなった所で学院長が扉を閉め、エルの目の前の席に着く。


「…さて、初めまして。私の名はオーランド・フォン・レイハ。ソル王国出身だよ。」

「初めまして。エルグランド・フォン・ハーブルルクスです。」

「なるほど。君はハーブルルクス家の子か。確か上の兄弟もこの学院にいるよね?」

何かを納得したのか、何回も頷くオーランド。

「はい、います。」

「だよね。彼らはとても優秀だから知っているよ。」


(ランデス兄上たちはそんなに優秀なのか。…仙人に至らずにそれは凄いな。)

父上の子供だからだろうか? やはり優秀な者の子は優秀なのかもしれない。


「それで今回の話なんだけどね、大体予想はついていると思うけど、どうか決闘をなかったことにしてほしい。無論、決闘で賭けてた物は私が補填しよう。あとはなるべくこの学院にいる間、便宜を図るようにもしよう。それで手打ちとしてほしい。」

「…。」

「ここスペスは七大国の絶妙なバランスで成り立っているのは知ってるね。それを崩すわけにはいかないんだよ。」

真摯な光を瞳に宿し、語り掛けてくる。ここスペスは七大国全てが接する大陸の中央部。かつてこの地を巡って泥沼の戦争が起きた。あの惨劇は二度と起こしてはならない。そのためにはどんな小さな火種でさえも掻き消す必要がある。


(…条件はそう悪くない、か。それにこのままいけばプルウィウスアルクス王国との関係を悪くしたとも言われかねないな。)

本国ではハーブルルクスの躍進を快く思わない貴族が大勢いる。彼らに正論は通じない。少しでも隙あらば攻撃材料としてくるだろう。

「…分かりました。学院で便宜図ってくれるんですね?」

「ああ、約束しよう。もっともできる範囲だけどね。」

「分かりました。ではその条件でお願いします。」

「君ならそう言ってくれると思ってたよ。夜までにお金を用意しておく。都合のいい時にでも学院長室に取りに来てくれたまえ。」

「了解です。」

「ではもう下がっていいよ。」

「失礼します。」


エルは会議室から去る間、ずっと背後から視線を感じていた。相手も隠す気はないのだろう。

(オーランド・フォン・レイハ。日照になれなかった男。あれより強い奴が居るのか。恐ろしいな。)

各国にはそれぞれ代表する称号がある。ソル王国では日照。かつて学院長は日照の座を巡って現日照と争い、敗れた。そして結果として、オルトゥス学院にやって来たのは有名な話だ。

だが、彼は見た感じ圧倒的強者。仙人にならなければ瞬殺されるだろう。

(七虹は七人だけど、日照は一人だもんな。…恐ろしいよ。)


とりあえずエルはドームへ向かうことにした。まだ入学式をやっているのかは不明だが、他に行くところもないのだ。どこへ行けばいいか教えてくれなかった学院長に軽い不満を抱く。

(ちゃんと後始末はしようぜ、そういうフォローができないから日照になれなかったんじゃないの?)



歩くこと少し、ドームへ到着した。しかし、どこも扉が開いていない。仕方なく一番後ろの扉を開ける。


「ガチャ」


「――であるからして…」


まだ、壇上では誰かが話しているようだ。すでにかなりの時間が経っているというのに。

(うへー、長すぎんだろ。正直、もう終わってるかなぁって思ってたのに。)


「君、どこの国出身だね?」


扉が開いたのに気づいた近くの教師が話しかけてくる。遅刻したと思われているのか、顔が険しい。エルとしては非常に不本意である。

(めんどくさいな。学院長、便宜はどうした?)


「ラーウス王国のエルグランド・フォン・ラーウスです。決闘してて遅れました。」

「ああ、なるほど。…あそこがラーウス王国の場所だ。早く座りなさい。」

事情はすでに広まっているのか、少し嫌そうな顔をした後に場所を教えてくれる。


「はい…」

(あー、なんで来ちゃったんだろ。普通にさぼればよかった。…いや、第一シードになるまでやめた方がいいか。)

人生ままならない。死ぬまでにあと何回溜息をつくのだろうか。


「エル様、おそかったですね。」

ラーウス王国専用エリアへ行くと、ノアが小声で話しかけてくる。随分退屈だったのか、あくびをかみ殺している。

「まあな。色々話しててさ。」

「なるほど。」

「お二人とも式の途中です。静かにされたほうがよろしいかと。」

小声で話していると言っても、周囲にはそれなりに聞こえている。教師が近づけばすぐにバレるだろう。そう思っての忠告だったが、逆に責められる。


「あいかわらず、堅いな。ジム、お前には柔軟性が必要だ。」

「右に同じです。ジム、せっかく国外に来たんだ。ちょっとくらい羽を伸ばしても罰は当たらないだろ?」


「そーだよ。」


聞きなれぬ声が横から割って入ってくる。顔を向けると、退屈そうな雰囲気を醸し出した黒髪の少年がこちらを向いていた。

「どうも。」

「君は確か…テオドールだったっけ?」

(王城でやる気なさそうに挨拶していたな。)

なるべく貴族の名前と顔は一致するように記憶している。そしてこの少年は――敵対派閥の家の子だったはず。

エルは相手を値踏みするような眼を向ける。


「覚えていただき光栄です、エルグランド様。…そう睨まないでください。確かに我が家はハーブルルクス家の派閥ではありませんでしたが、今ではハーブルルクス家の派閥なんですよ?」


「…そうなのか?」

エルは単純に驚く。一応、父の動向には気を付けていた。だが、そんな情報知らない。目の前の彼が嘘をついている可能性もあるが、限りなく低いだろう。

目くばせで傍にいるジムへと尋ねる。最新情報なら彼が抑えているはずだ。彼の情報通は今に始まったことではない。

「彼の言ってることは正しいです。エルグランド様が出発した後に、シーメンス家はハーブルルクス家に恭順しています。」

「ふーん。」

「はい、その通りです。具体的に言うと、我が家は正式に三日ほど前にパピスビル家の派閥から離脱いたしました。勝ち馬には乗るべきですから。随分アイン様には絞られましたけどね。でもそのお陰で我が家は半世紀は安泰でしょう。」

肩を竦めながら淡々と言うテオドール。まだ成人していないというのに、彼は先を見通しているかのような発言をする。きっと優秀なのだろう。それでいてやる気のなさそうな様子にエルは興味を抱く。


(…俺が出発した後にハーブルルクス家の派閥に入ったということは、裏約束があったと見ていいな。直前で裏切らせてハーブルルクス家の派閥の特別枠を増やし、他の派閥の席を減らす。…やり方がえげつない。絶対また敵が増えたぞ。きっと父上にしては準備できなかったんだろうな。)

もしかしたらゴッドステラの望みを知ったのは最近だったのかもしれない。


「…なるほどな。そういうことならよろしく、テオドール。…テオって呼んでもいいか?」

「構いませんよ。私もエル様って呼んでもよろしいですか?」

「なっ!?」

テオドールの申し出に一番驚いたのはジム。いくら何でも距離の詰め方が異常すぎる、というのは建前で、本音は自分ですら呼べていないのに、という羨望が心の中を占めていた。

「ああ、いいぞ。そもそも敬語もいらないんだけどな。この学院では序列が全てだろ?」

「本当にいいんですか?」

「公的な場でちゃんとしてくれたらいいさ。お前らもエルでいいぞ。」

一応ノアとジムにも言っておく。彼らからすれば難しいかもしれないが、エルとしては気の置けない仲になりたいと思っているのだ。なんやかんや、彼らとは付き合いが長いから。

「そっか。じゃあよろしく、エル。」

「こちらこそ、テオ。」















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