第23話 決着
エルとハインが睨み合う。その雰囲気に周囲も静まっていく。
(とりあえず二倍だ。)
魔力による身体強化を施す。二倍というのはトップクラスと言っても過言ではない。ただ英雄クラスには到底届かない、そういう次元だった。しかし目の前のハインが放つ魔力の圧も相当なものだ。
「…。」
「…。」
「「トンッ」」
「キンッ」
二人が同時に踏み込み、剣がハイン寄りに空中で止まる。エルが押し込んだ形だが、何とかハインは食らいついている。これにはエルも驚いてしまう。正直、すぐに終わると思っていたのだ。
(…なかなかやるじゃないか。だが、これでは足りないぞ。)
すぐにエルは怒涛の勢いで打ち込んでいく。はっきり言って剣の攻め方は分からない。それでも相手が躱せないほどのスピードで身体に打ち込めば、相手は対応せざるを得ない。
「どうした、大口叩いてその程度か!」
(よしよし、初めての対人戦にしてはいけてるな。仙人にならなくてもいけそうだ。)
「ハッ」
エルの剣がハインの左腕を深く削る。そして勢いよく出てくる血。それがハインに敗北を意識させる。だが、己は負けられないのだ。負けてはならない、国を背負っているのだから。
「ハイン!」
「あ、あのハインが押されてる。」
「う、うそだろ?」
「そ、そろそろ止めたほうがいいんじゃ…」
「確かに。」
「もうラーウス王国の奴の勝ちでいいだろ。」
「誰か先生呼んで来いよ。」
生々しい流血に何人かの生徒が怖じ気づく。そもそも決闘というのは成人した騎士がやるのではなかったか。
「エル様ってあんな強かったんだ。知ってたか? ジム。」
「いや、知らん。ただ底知れぬ雰囲気はあったが。出力は二倍というところか。」
「さすがアイン様。賭けに勝ったようですね。…いえ、賭けではなかったのでしょうね。」
「…。」
周囲が一気に騒がしくなる。だが、エルにとっては雑音と変わりない。まだ、己は勝っていない。余裕を出すのは戦いが終わった後だ――自分の勝ちで。
打ち合っていく中で徐々に現れる差。ハインの呼吸が乱れているのに対して、エルは軽く運動した程度の余裕。
そして怪我の有無。エルは傷一つ無かったが、ハインは腕と太ももからかなり出血していた。
「お前は弱い!! 俺に負けるようじゃ、何も変えられねぇよ。」
「ドゴッ」
ハインの腹部に強烈な蹴りを見舞う。どれだけ斬られても立っていたハインがとうとう地面に伏せてしまう。
(…終わりか。…よく頑張ったよ。俺だったらここまで戦えていない。)
相手の善戦に嘘偽りない思いを抱く。自分は技で負け、心は無条件で負けている。ただ、身体では大幅に勝っていた。だからこそのこの結末。エルは空虚な思いを抱く。さっきハインに投げかけた言葉は本心なのだ。
エルが周りを見る。
「これは俺の勝ちでいいよな?」
「ま、そうだよな。もう立ててないし。」
「ああ。」
「早く治療した方がいいんじゃないか。」
「医務室まで運ぶぞ。」
一気にエルの勝利だという空気が広がっていく。エルは立ち、ハインは地に伏している。誰の目にも勝敗は明らかである。ただ、一人納得していない者がいた。
「…待てっ」
エルは信じられない思いで目を見開く。まさか、まだ立ち上がるとは。
(何で立てる? もう勝てないのは分かってるだろうが!)
エルは相手の諦め悪さに苛立つ。自分には出来ないことをするハインが心底憎い。
一方、満身創痍ながらもハインは震える身体に活を入れ、奮い立つ。
その様子を見て、また場が盛り上がる。
「君は強いな。」
「ああ。」
エルはそれを聞いて嗤いそうになる。本当に強いなら世界なんぞに屈しなかった。むしろ変えようと奮起しただろう。だが、己は無理だと否定した。人一人の力なんてたかが知れている。…英雄でさえ、いつかは死ぬのだから。
「――でも独りよがりだ。人と戦った経験はあまりないだろう?」
「…ああ。」
エルが硬直する。さっきの剣戟から己を読み取った。自分では見いだせない何かをこの少年は見いだしている。
「その点で僕は君に勝る。僕は恵まれていた。」
「何だ? 自慢話か? 悪いが、そういうのは聞きたくない。」
エルの機嫌が悪くなる。この少年はピンポイントで自分の泣き所を攻撃してくる。もはや口を開かせないほうがいいだろう。
「いいや、違う。改めて、背負うモノを自覚しただけさ。僕は負けない! 皆が僕に期待してくれている、お前なら七虹になれると言ってくれた。それに僕は応えたい!」
ハインの魔力が膨れ上がる。その出力、驚異の2.2倍、自己最高記録更新である。
(…何だよ、それっ! まるで俺が悪役みてぇじゃねえか。)
もはや周囲の雰囲気は反転した。エルの敗北を願うシュプレヒコール、ハインを応援する声で溢れている。これほど人は早く掌を返す。だからこそ――
(あぁ、いいね。思う存分、世界に入れる。)
髪が、瞳が灰色に染まる。――仙人の降臨である。
「「「「ッッ!?」」」」
その雰囲気を感じ取ったずば抜けて優秀な者たちは息を飲む。あまりに隔絶しすぎている。
今までにない圧倒的高みから見下ろされている感覚を覚える。それはハインも例外ではなかった。
「…これは。」
ようやくエルに追いつけたと思った。だが、相手はさらに突き放してきた。その遠さに眩暈がする。まるで七虹を相手にしているようだ。同世代でこの強さ、スペスに来て本当に良かった。国内に閉じこもっていたら、取り返しがつかなくなるところだった。
「さあ、やろうぜ。」
(…これ以上なく灰色だ。…いいね。)
エルはもはや何の感情も持ち合わせていなかった。世界は自分と同調した。なら自分が負ける要素はない。
「望むところだ!」
「ブンッ」
ハインが先ほどよりも速いスピードで斬りかかる。左から右、右から左、上から下、下から上。しかし、かすりもしない。相手は紙一重で避けているというのに当たる気がしない。
(…それじゃあ、俺には勝てない。だが、可能性は無きにしも非ずか。)
すでに見極めは終えた。ここで世界の厚みを教えるべきだろう。それでもう一度這い上がれたのなら認めよう――世界の反逆者として。
「スッ」
エルは触れたか触れていないか分からない絶妙なタッチで相手の剣をそらし、ハインの首元に剣を添える。浅く薄皮が切れ、血が滲み出る。
このとき、この一連の流れが見えていたものはいなかった。気づけばエルの剣がハインの首に添えられていた。それに各々、驚愕、戦慄、畏敬を覚える。中には燃える者も。
「終わりだ。」
「…クッ。…参った、降参だ。」
ハインは潔く敗北を認める。現時点で出せる全力は出した、その上で敗れた。それを認めないのは己の矜持に反する。
ハインは身体の力を抜き、仰向けに寝転がった。本格的に視界がフラフラしてきたのだ。
「ナイスファイトだった。」
エルの雰囲気が元に戻る。
(仙人になる前の俺じゃ勝てなかった。…槍では分からないけどな。)
仙人になってからノーマル状態でも強くなった。己の限界を把握したことで、ギリギリまで実力を引き出せるようになったのだ。その差は大きい。
「フ、まさ、か、君からそんな言葉を聞けるとはね。」
「称賛すべきだから称賛しただけだ。」
「そ、そうかい。」
ハインはその言葉を聞いて微笑む。国同士の仲は悪いが、存外彼とは仲良くできそうだ。それに――
「僕が、すぐに君を倒す。ぼ、僕は七虹になる男だからね。一人にはしないさ。」
エルと打ち合う中で感じた孤独。彼は強いようで弱い。本当は誰かと何かを分かち合いたいのではないか?、一人で背負うには巨大すぎる何かを引き受けているのではないか?、そう思ったのだ。その何かを知るためにもう一度挑もう。己は彼のライバルでいたい、そう思ったから。
「…バカが。さっさと医務室にでもいけ。」
エルが足早にドームへと去っていく。最後の最後で彼は自分の世界を照らそうとしてきた。今はまだ蛍の光にも及ばないが、この先は分からない。
(俺はお
「「「「「……。」」」」」
エルに置いて行かれた周囲は黙ってハインを医務室へと運んでいく。頭に残るのは先ほどの戦い。自分はあそこまで食い下がれるだろうか、そもそもハインに勝てるだろうか?
この先、二人はシード争いに絡んでくるだろう。天才たちはその未来を想って――笑った。
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