第26話 寮
「エル、これからあなたはどうしますか?」
「うーん、そうだなぁ…」
(昼食も食ったし、集合時間まであと一の刻もあるからなぁ。)
「とりあえず部屋に戻ろうと思う。荷物がちゃんと運ばれてるか確認したいし。」
「そうですか。ではいったんここでお別れですね。」
「ああ。」
一旦男性陣と女性陣に別れる。さすがに男女間で寮が分けられているのだ。貴族は特に何かあれば間違いでは終わらないので、神経質にならざるを得ないのだ。
(だんだんゴッドステラの対応にも慣れてきたな。…何事も慣れればどうってことはない、か。)
また一つ世界の真理を得てしまった。どんなに心躍ろうとも、徐々にその感動は色褪せていく、薄れていく。もはや人間である以上、それは仕方がないのかもしれない。否、そうだからこそ真理なのだ。
(やはり最終的には世界は色褪せてしまうのか。…いいね、安心する。)
結局、どう転んでも己の世界は壊れない。誰も世界は変えられない。
「じゃあ、行くか。部屋の番号とか知っているのか?」
「確か寮の受付で教えてもらえると言ってたかな? 鍵もそこでもらえるんだよな?」
ノアがジムに向かって尋ねる。未だにエルに対して敬語を使わないのは慣れない。でも当の本人が望んでいないため、頑張ってタメ口で話している。
「そうだ。学生証を見せる必要がある。三人は持っているのか?」
「ああ。」
「僕も持ってるよ~。」
「俺も。」
「じゃあ、問題ない。」
四人は男子寮に入り、受付で鍵をもらう。
(まさか、こいつらと同じ部屋とはな。…父上が間違いなく噛んでるな。ここは素直に感謝しておこう。)
このためにテオドールの家も派閥に招き入れたのかもしれない。四人一部屋だから。
「ここが俺たちの部屋か。」
「ガチャ」
「お~、結構広いんだねぇ。」
「それはそうだろう。基本的には貴族の子弟が滞在するのだからな。」
「エルはどこのベッドにする?」
「そうだな…、一番奥のベッドにするか。」
一番奥なら近くの窓から夜中にでも散歩にいけるかもしれない。たまに実家に居た時もこっそり抜け出して、月明かりに照らされた港町を見下ろしたものだ。
(…たぶん卒業したら結婚させられるだろう。回避するか、受け入れるか、どちらにせよ、時間が無くなるのは間違いない。学生のうちに色々と見て回らないとな。)
ランデスは父の指示で世界各国を回っているようだが、それは彼が優秀で後継者だからだ。そうでなければそこまで特別扱いなどされまい。
「おっ、こっちにも部屋がある。ここに荷物があるのか。」
ノアが明けた扉の先には荷物がそれぞれの所有者ごとに置かれていた。
「エルはたくさん本を持ってきたのだな。ふむ、もしよければ私にも貸してほしいのだが。」
「いいぞ。ジムも何か読むものは持ってきてないのか?」
と言いつつ、ジムの荷物を目視で確認するが、本らしきものはなかった。その代わりに武器類が異常なほど置いてある。
(…戦争でもする気か? ジムは。やっぱりちょっとずれてるんだよな。)
エルも武具は持ってきているが、あくまでも最低限だ。そもそも学校がそういう備品は用意していると聞いていた。
「すまない。本は嵩張るから持ってきていないんだ。」
「そうなのか。」
「あっ、俺は持ってるぞ。これなんかどうだ?」
ノアから手渡されたのは『ウェルテクス山踏破までの軌跡』。おおよそエルの興味のある題名ではない。エルは軍記物が一番好きなのだ。なるべく失望した様子を見せないように感謝する。
「ありがとう。今夜にでも読んでみるかな。」
「それは一番おススメだから、ぜひ読んでほしいなぁ。俺は何回も読んだからさ。」
「へー。」
(ノアがそこまで言うなら本当に読んでみるか。食わず嫌いっていうのは良くないしな。)
エルはスープ状の料理が嫌いなので基本的に手を付けずに残すのだが、一度だけおいしいスープ料理が出たことがあった。それ以来、見た目が悪い料理であっても、一応一度は口にするようにしているのだ。
(あのカレーって料理、凄い美味かったもんなぁ。一度ソル王国に本場のカレーを食べに行きたいよ。あとは見た目が良ければ最高なんだけどなぁ。)
「なあ、そういやシード争いって鎧とか着けていいのか?」
「駄目だよー。武器も学院が用意したやつじゃないと駄目らしいし。」
「マジかよ。」
せっかく灰色の槍で蹂躙してやろうと思っていたのに、早速計画が狂う。
「ま、当然だ。学院としても生徒に命までは危険に晒せないだろう。それこそオルトゥス学院の存在意義に関わる。」
「…シード争いか、ちょっと怖いな。」
(…ハアーア、灰色の槍で戦えないのか。やる気無くすわ。…あれは実戦までお預けかよ。)
できれば戦場になんて行きたくないが、もし結婚という道を拒否するならば軍人になるというのは現実的な選択肢だろう。今更、平民の生活水準に下がるのは無理だし、金を持ち逃げしたところでいつまで逃げられるか分からない。
(灰人の座でも狙ってみるか。灰色の俺にぴったりといえばぴったりだし。)
ラーウス王国の最強の座は灰人。今はフェーベル家の派閥の人間が君臨していたはず。灰人の座だけはさすがの父も手が出せない。最強の人間が手駒にいるかどうかは巡り合わせなのだから。
(…ククク、そういう点で父上の子供として俺が生まれたのは必然だったのか? 俺が成長してその気になれば灰人になれるだろう、なれない理由が分からない。だが、もしそうなれば、もはや王族の影響力さえもハーブルルクスには勝てなくなる。その先に待っているのは――)
ハーブルルクスによる国盗りか、内戦かの二択だ。
(…まあ、未来の事は未来に考えればいいさ。父が急死すれば全て藻屑の泡だ。)
とりあえず集合時刻まで四人でトランプをして時間を潰す。ノアがいろいろ娯楽道具を持ってきてくれて助かった。彼は長男だけあって、非常にしっかりしていた。
「…そろそろ時間かなー。」
「だな。」
「いざ、出陣なり。」
「ハハッ、何だよ、ジム、それは。」
「ム、戦いの前はこうやって士気を上げるのだろ?」
「いや、違うでしょ。」
(ジム、やっぱりお前はズレてるぞ。)
エルは三人のふざけ合う姿を見て頬を緩める。彼らといる間は何やかんや世界のくだらなさに目が向かなくなっている気がする。できれば、ずっとこんな時間が続いてほしい。心の奥底でそう思っていることに気づき、エルは少し照れ臭く思うのだった。
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