第18話 鷹狩
「ではエル様。エル様の鷹はこちらです、ソラって言うんですよ。」
ノアから渡されたのは立派すぎる茶色の鷹。少し身体強化しなければならないだろう。それぐらいの重さがあった。
(よく調教されている。やはり狩場に複数の鷹を持っているということは、ノアの家は本当に鷹狩が好きなんだろうなぁ。)
エルはノアから合図を教えられ、ソラと意思疎通を図る。しばらく戯れることで信頼関係が形成されるのだ。
「バサバサッ」
「…もう大丈夫そうですかね、あとは実践をこなしましょう。まずは私が手本を見せますよ。」
そう言ってノアが笛を吹く。
(ああ、とうとう始まってしまう。獲物を追う鷹を俺が追う、実に滑稽じゃないか。)
もうその絵面を想像するだけで笑ってしまいそうになる。しかも当の本人はやる気が全くないのだ。もはや演劇としての役割を務めているのだと言われたほうが納得できる。
(ただまぁ、俺の性格上、誰かに誘われなければ自分ではやらないから、良い経験ではあるのかな。)
こんな自分にも関わろうとしてくれる存在がいる。それがありがたく、申し訳ない。どれだけ尽くされても世界は色褪せたままなのだから。
ノアが合図を出したことで散らばった騎士がそれぞれ動き出す。
「ピィー」
早速遠くの方から騎士の吹く笛の音が聞こえてくる。獲物を見つけ、追い立てているのだろう。
「来ました! 行きますよ、着いてきてください。」
ノアが馬を走らせる。予め獲物を追い込む場所は決めてある。あとはタイミングが合うかどうか。
やがて少し開けた場所に到着する。
「さぁ、来るとしたらそろそろですね。」
「ドッドッド」
ノアの予想は正しかった。重々しい馬蹄の音が近づいてくる。
(可哀想に。前も思ったけど、ほんと小動物を狩るのに大げさだなぁ。費用対効果が釣り合ってなさすぎる。…たがら父上はやらないのか。)
徹底した父の姿勢には呆れを通り越して尊敬さえ覚える。自分はそこまで努力できない、する気にもならない。――しても意味がない、そう思ってしまう。
「スノー、ゴー!」
「バサバサッ」
ノアの掛け声で白い鷹が飛び立つ。鷹が獲物を捕らえるより早く、エルは視認していた。
(…あれは狐か。…食べる気にはならないな。)
必死に逃げる様子に憐れみを禁じ得ない。食物連鎖の結末ならまだしも、ただ娯楽のためだけに殺されるのだ。救いがなさすぎるにも程がある。
(…生きる価値があるかどうかは生かす側が決める、ってね。…だから父は権力を追い求めるのか? 相手の生殺与奪を握るために。)
それならまだ理解できる気がする。誰も好んで殺されたくはないだろう。だが、それにしては恨みを買いすぎている。そこだけが引っかかる。
(…ハッ、人の心なんて自分にしか分からないか。)
「よーし、よくやった、スノー。…見てくださいよ、狐です。」
「初めての実践で成功はすごいな。…狐は食べるのか?」
「流石に食べませんよ。食べるとしても下民ぐらいでしょう。ま、利用価値があるのは毛皮ぐらいですかね〜。」
「ふーん。」
(こいつの価値は毛皮だけか。こっちまで哀しくなってくる。)
この世の物は市場価値で、その物の価値までもが決まる、決まってしまう。だとしたら己はいくらになるのだろうか? そう考えたところで思考を止める。いい結果にならないのはすぐに想像がつく。
「では、今度はエル様の番ですね。」
「…了解。」
(ま、ノアのするところを見てたし、何とかなるだろ。)
騎士が配置につくのに十分な時間を見計らって再びノアが笛を鳴らす。
「さて、我々も配置に付きますか。」
「ああ。」
待つことしばらく、再び騎士の笛が鳴る。獲物を見つけたという合図だ。
(さて、何が来るか。)
「ピィー」
「来ます!」
段々と笛の音が近づいてくる。
(見えた!)
「ゴー、ソラ!」
力強くソラが飛んでいく。なるほど、鷹が力強さの象徴になるはずだ。これは凄い。
エルは即座に馬を走らせ、ソラから獲物を取り上げる。
(なかなかのサイズの兎だ。…これは食えそうだ。)
「ね? やってみれば案外大したことないでしょう。」
「確かに。」
(ただそのやる気が出ないのが問題なんだよなぁ。やる気さえあればってところなんだが。)
いくら能力があろうとも発揮できなければ意味がない。エルには主体性という大きな物が欠けていた。それを自覚しつつも、直せない。
(こればっかりはどうしようもない。やる気ってのは自然と湧き上がってくるものだからな。むりやり取り繕っても意味はない。)
その後も交代して鷹狩を楽しむ。たまに昼食休憩なんかを挟んだりしていると結構いい時間となった。
「では、そろそろ戻りましょうか?」
「ああ。…そういや、ノアはいつスペスに向かうんだ?」
「うちは明後日ですね。多分、順番で行くのでしょう。」
「そうか。」
(ならゴッドステラはもう出発してそうだ。…中立都市ねぇ。まだ国内よりはマシであることを願うしかないな。)
中立都市スペスには各国のエリートが集まる。そしてそれぞれが国の威信を背負っている。きっと衝突も起こるだろう。ただでさえ明確にシードとかいう制度が存在しているのだから。
(俺たちの場合はプルウィルスアルクス王国か。…俺が絡まずとも向こうから絡んできそうだ。…仕方がない、必要な犠牲だ。第一シードになるには一通り各国の奴らとやり合わないといけないだろうし。)
あっちでは実技が何より求められる。武力が最も分かりやすいゆえに。
(ま、要は勝てばいいだけだ。父上のように。)
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