第17話 鷹狩へ
「ガチャ」
「お二人とも喧嘩はおやめください!」
エクスが慌てた様子で飛び込んでくる。やはりある程度部屋の状況を把握していると見える。
「騒がしい! ノックぐらいしろ。」
コークスが不愉快そうな面持ちで注意する。父の手駒とは仲良くする気にもなれない。この先ぶつかることもあるかもしれないのだから。
「コークス様、鼻から血が!?」
「あ? すぐ止まる。もう俺は帰る、どけ!」
コークスは治療しましょうと言うエクスを押しのけて強引に部屋を去っていく。その際、チラッとエルの方を見る。
(エクスに気を許すなって、ね。ハイハイ、分かってますよ。)
コークスと話したことで、得るものは色々あった。特にこれまで苛められてきた分の憂さ晴らしができたのは良かった。今日はよく眠れそうだ。
「…エルグランド様、何があったのかお聞かせ願えますか?」
「面倒だから嫌だ。気にするな。」
「しかし…」
「くどい!」
エルもエクスを無視して自室へ戻る。
(どうせ父上に報告するためだろ? お前にとっては仕事の範疇なのかもしれないが、知ったことか。)
なるべく父に情報を流したくない。コークスの味方と言うわけではないが、あの怪物相手にどこまでやれるのか興味がある。そしてそれを抜きにしても父が気に入らない。
(そもそも父上はそこまで権勢を求める? 何か成し遂げたいことがあるのか?)
そうでなければ、あそこまで敵を作る理由が分からない。勝って勝って勝って勝って…、その先には何が待っているのだろうか?
(…まさか父上もコークス兄上のようにロマンチストってわけじゃないだろうし。)
エルが目を瞑る。
今日は国王との謁見に昼食会、そしてとどめのコークスとの対話、疲れるには十分だった。明日は今日よりもマシな一日であることを願う。
今日も今日とて日が昇り、夜が明ける。とうとう王都滞在最終日である。
ただただ王都を去れることが嬉しい。
(王都はやっぱり敵が多いからなぁ、俺のせいじゃないのに。)
武具を買いに行ったときみたいに、いちいちチンピラに絡まれるのはごめんだ。潰すのは後処理も含めて時間がかかる。むしろそれが狙いかもしれない。
「おはようございます、エルグランド様。今日はどうなされますか?」
「今日はノアと鷹狩に行くことになってる。向こうが全部準備してくれるそうだ。」
「なるほど。では我々は護衛に専念すればいいということですね?」
「そうなる。」
「了解いたしました。」
(鷹狩ねぇ。教養でやったきりだな。ま、何とかなるだろ。いざとなれば弓で狩ればいいか…、それじゃ鷹狩の意味なんてないがな。)
とりあえずノアが来るまで買い込んだ本を読むことにする。王都で本を消費してしまうのは嫌だが、かといってすることもないので仕方がない。
(何の刻に来るって言ってたかなぁ? 忘れちった。たぶん9の刻か10の刻だと思うんだけどな。)
そのまま本を読むこと一刻、エルの予想通り9の刻にノアはやって来た。
「おはようございます、エルグランド様。」
「ああ、おはよう。…それが言ってた鷹か?」
ノアの腕にはすでに鷹が乗っていた。なるほど、彼が自慢したくなるのも分かる。その鷹は普通の鷹と違い、真っ白だった。
「そうです、凄いでしょう? たまたま手に入ったんですよ。」
「へー、凄いな。」
(こんな白いのがいるのか。自然界では生きていけなさそうだから、こうやって飼われてる方がいいのかもな。)
エルとしては縛られて生き方を強いられてる鷹に同情していたが、この鷹に関しては認識を改める。
「まぁ、まだ実践に出したことはないので何とも言えないんですけどね。」
ノアは肩を竦めながら答える。しかし、顔は嬉しそうなままだった。
「だとしてもだ、その存在自体に価値があるんじゃないか?」
「そうですね、狩りができなくても観賞用として高く売れそうですし。売るつもりはないんですけどね。…じゃあ、そろそろ行きますか。エルグランド様は馬には乗れますか?」
「ああ。一応最低限の事は叩き込まれてる。」
父は自分に干渉することはなかったが、セバスを通じて大貴族としての最低限の体面を保てるように色々と学ばされたものだ。
「それは良かったです。では、正門までは歩いて行きましょうか。」
「ああ。」
「それにしてもいい天気ですね。気持ちよく鷹を飛ばせそうですよ。」
「…だな。」
(俺が飛びたい気分だよ。翼があればこの煩わしい世界も少しはマシになりそうなんだけどな。)
こんな雲一つない晴天がエルには色あせて見える。それなら曇り空の方がいいと思う。元から灰色なので違和感がないから。
正門に向かう間、色々とノアと話すが、エルには一つ気になることがあった。
「というかノア、俺の事はエルって呼んでいいぞ。いちいちエルグランドって言うのは面倒だろ。」
「…えーと、よろしいんですか?」
ノアの顔に純粋な驚きだけが浮かぶ。これまで諦めずに話しかけてきたが、その努力が実ったように感じられる。
「ああ。さすがに公の場は不味いけど、こういう私的な場なら問題ないだろ。俺は三男だし、家を継がないからな。」
(俺だったら毎回長い名前を呼ばされるのは苦痛だ。それに俺も申し訳ない。)
「…ではエル様、えーと…」
ノアは落ち着いているように振舞うが、すっかり話す内容を忘れてしまった。エルの歩み寄りに嬉しさが止まらない。
「…落ち着け。」
少し距離が縮まった二人は会話を弾ませて歩く。一見その場面だけ見ればほっこりするが、その間も二人を護衛が囲み、遠巻きに人が眺めているのを忘れてはならない。
歩くこと約半刻、とうとう正門に着いた。
「ではエル様はそちらの馬に騎乗してください。私はこっちに乗るので。」
ノアはそう言って鷹を護衛に預け、馬に乗る。さすが名門貴族、馬に乗る姿は様になっていた。
「よし、分かった。」
(…身体強化すれば余裕だな。1.2倍ぐらいでいいか。)
しっかり調教されてるとは思うが、振り落とされないように身体強化をかけておく。貴族としては当然の用心だ。
「じゃあ、行きましょう。」
ノアの護衛が先導し、二人がついていく形になる。
(あ~、忘れてたけど獲物を見つけるまでの時間が苦痛なんだよな。部屋の中でボーっとするのは楽しいんだけどなぁ。)
「エル様、この先にいい狩場があるんですよねぇ。」
「ほう、そいつは楽しみだ。」
すでに家に帰りたくて仕方ないが、せっかく早速誘ってくれたので何とか楽しもうと努力する。しかし、そもそもこんなに晴れていたら太陽の輝きが目を焼く。
(まだ始まったばかりか。…王都最終日っていうのがせめてもの救いだな。……もしかしてスペスでもやるのか?)
恐ろしい未来図に戦慄が走る。
(…大丈夫。さすがにスペスにまでは鷹は持っていかないだろ。)
そんなエルの様子に気づくことなく、ノアが会話を進める。
「そこは我が家の敷地なので気兼ねしなくてもいいですよ。」
「そうなのか…。」
(じゃあ、これが最初で最後か。……きっと他の貴族への接待として使ってるんだろう。)
一気に重荷から解放された気分になり、太陽の明るさも許せそうになる。
「ここがそうです。」
ノアが誇らしげに示した先には綺麗で巨大な水場が広がっていた。あの花畑といい勝負である。だが――
(…やはりこれでも色づかないか。終わってんな。)
「この水場の周囲には少なくとも一匹は獲物がいるんですよ。あとは騎士に任せて待ちましょう。」
ノアの合図で騎士が散っていく。
「本当に何から何まですまないな。」
(ここまでしてもらって早く帰りたいと思ってる俺って人間として最低だよな。)
娯楽というよりノルマとしてしか捉えられない己に嫌気がさす。
(皆にはどういう風に世界が見えてるのだろうか?)
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