灰色の仙人

@sasuraibito

第1話 遭遇

「…少年、済まない、少しその食事を分けてもらえないだろうか。」

プラチナブロンドの髪を揺らしながら少年は昼食を食べるため、いつも通りの場所へとやってきた。しかし、そこには先客がいた。

「…嫌だ。」

「…嫌!?、…そこを曲げてどうか頼む。もう三日もご飯を食べていないんだ。このままでは死んでしまう。」

「…。」

(ここは俺のものなのに。)

自分だけのお気に入りの場所に他人がいるという現実、それが少年を苛立たせる。

「じゃあ、こうしよう。君に面白い事を教えてあげるから、その対価として食事を分けてほしい。」

「…面白い事?」

「ああ。だから半分でいい。そのバスケットの中のご飯を分けてほしい。」

「本当に面白いのか?」

「それは保証しよう。」

そう言った男は先程までの情けない雰囲気から厳かな雰囲気へと急に変じた。その様子に少年は少なくない興味を持つ。

「…はぁ、分かった。半分だけあげるよ。」

「少年!! ありがとう、恩に着る。」

バスケットの中はサンドイッチだった。大きな木の下で最高の景色を眺めながら食べるには丁度いい。

「いただきます。」

「いただきます。」

二人はそれぞれ黙々と食べていくが、男はよっぽどお腹が空いていたのか、早く食べ終わる。

「…そんなに見てももうあげないぞ。」

「…さようで。…ところで少年はなんという名前なんだ?」

「…エル。…おっさんは?」

「おっさん!?、失礼な、まだ若いだろ?」

そう言われてエルは目の前の人物をじっとみる。しかし、見れば見るほど実年齢が分からなくなる。見た目は青年、だが瞳は年齢に釣り合わないほど深さを帯びていた。それに薄い緑の髪に一部水色が混じっている。

「何歳なの?」

「いい事を教えてあげよう。人にむやみに歳を尋ねないことだ。もし私が女性だったら少年の命はなかった。」

どこか遠くを見つめながら語る男には不思議な説得力があった。

「分かったよ。」

その後、食べ続けること少し、ようやくエルも食べ終わった。


「……ごちそうさまでした。」

「食べ終えたか。では約束通り面白い事を教えてやろう。」

「何?」

そう尋ねながらもエルはあまり期待していなかった。期待すれば裏切られたときに辛いだけ。理性がブレーキをかけていた。

「世界の綺麗さを。」

ふわりと男の雰囲気が変じる。瞳が水色に染まり、髪の水色部分も少し拡張される。

エルは何が起こっているかは分からなかったが、独自の感性で把握していた。己の知覚、五感が広がり、気づけば何もない世界に自分は立っていた。そこ世界は水色に澄んでいた。直観する、ここは男の領域なのだと。

「…これは?」

「やっぱり感じ取っているか。いい感性をしているぞ、エル。」

そこで男が元の雰囲気へと戻る。

「今のは何!?」

エルは久々に心からワクワクしていた。見方が変われば世界が変わることを知った。世界は思ったよりも綺麗なのではないかと。あれに至ることができれば、この世の醜い部分も気にならなくなるのではないかと。

「その質問に答えるにはまずは仙気を理解しないといけない。」

「仙気? 魔力じゃなくて?」

魔力。それは全ての人間が持ち、その量、扱いで優劣が決まるもの。エルはそんな世界をつまらないと思っている。

「ああ。魔力とは少し違うんだ。何ていうかな、魔力は何もしなくても感じ取れるだろ? だが仙気は違う。魔力のその先にある。」

「…じゃあ、本質的には魔力ということか?」

「うーん、少し違う、かな。魔力の先にあるから魔力そのものではないんだ。」

「…難しい。それでどうすれば魔力が仙気になるんだ?」

「具体的な方法はないんだ。仙気を会得することは世界と繋がることと同義だからな。」

「世界とつながる…?」

「さっき体験しただろ? あれは俺の世界。ひとりひとりそれぞれの景色がある。だから俺の感覚がお前に当てはまるわけではないんだ。」

「…じゃあ、どうしようもないってこと?」

エルの心に失望が広がる。やっぱり期待すべきじゃなかった、そんな思いが胸を満たす。

「そうでもない。世界に至りやすい姿勢ってのがある。座禅って言うんだ。」

「座禅。」

「そう。教えてやるからやってみろ。」

男のアドバイスの通り、座禅の姿勢を取る。

「…地味にしんどいんだけど。」

「それぐらい我慢しろ。雑念があれば至れないぞ。」

「分かったよ。」

「さぁ、目を瞑って。己と対話するんだ。」

「自分と対話って何?」

「え?、だからそれは…、これまでの自分の生きざまとか、世界に対する価値観とか、そういうのを受け入れたうえで自分の望む世界を思い描くんだ。」

「生きざまって、俺まだ十歳なんだけど。」

「十歳でそこまで口達者なら大丈夫だ。ほら、やってみろ。」


エルは目を瞑り、これまでの己の人生を振り返っていく。だが――

(俺が生まれたせいで母上は死んで、兄上は俺を苛めてくる。しかも父上は権力にしか興味なくて、セバスに全てを丸投げして俺を放置。で、家庭教師も俺に嫌がらせをしてくるから、書庫にある本を読んで時間を潰していると。…なんて悲しい人生だ、つまんな。)

思い浮かんできたのは、この上なく面白くない現実。かといって自分では覆すほどの力はない。


その後も、しばらく己との対話とやらを試すが、うまくいきそうにない。

「…やっぱり無理だった。」

「なら何度でも試せばいいさ。時間ならあるだろ?」

「まぁ、そうだけど。なあ、もう一回やって見せて。」

「しょうがないな。」

それから男が世界を見せたり、エルが試行錯誤したりしているうちに日が暮れる時間となった。

「今日はもう遅い。また明日もここへ来なさい。」

「…」

「嫌か?」

「昼ご飯はちゃんと自分で用意してよ? 俺、半分しか食べてないからお腹すいてるんだよ。」

「…分かった。」

「じゃあ、バイバイ。」

「ああ。」


男は少年が走り去っていく後姿を眺める。

「何となくこの街に惹かれると思ったらあの子が引き寄せたのか。随分と大きいものを持っている。…彼もまた至るのだろうが、果たしてそれは望むものだろうか? …今考えても仕方ないか。」

魔力のその先にある仙気を体得し、己の世界を構築した者。古でも至るものは少なかったが、現代にいたってはほぼいない。

かつては仙人と呼ばれたが、現在その呼称は伝承されていない。しかしその存在までもが絶えたわけではない。この男もまた仙人の一人。まさか自分が弟子を取るとは思わなかったが、それはそれで面白いと思う。

「ま、訳ありっぽいし、しばらくここにいるのもいいか。」

男は目の前に広がる港町を眺めて、目を細める。





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