第11話 王城
どんなに劇的な出来事があろうとも、時は無情にも流れていく。それが救いになる時もあれば、絶望となる時もある。
エルにとって今日がやってくることはそこそこ絶望だった。
「おはようございます、エルグランド様。」
「…おはよう。」
「朝食はすでにできております。」
「助かる。」
配膳されているテーブルの席に着く。まだ新しい木の匂いがほんのりと香ってくる。
(しかし…、本当に多いな。というか誰が作ってるんだろう?)
「エルグランド様、今日は陛下との謁見ですが、明日はどうなされますか?」
「そうか、滞在は四日だったな。」
思ったよりも長すぎる滞在期間に、どうやって時間を潰そうか悩む。せっかく王都に来たのに何もせずに部屋に籠るというのはもったいなさすぎるだろう。かといって特にやりたいこともない。
「うーん、そうだなぁ。…一日早く出発するのはどうだ?」
「別に構いませんが、宜しいのですか? もう当分は来れないと思うのですが。」
そう言われると弱い。自分が知らないだけで、きっといろいろ楽しいことがあるのは間違いない。しかし、王都には知り合いがいないのでどうしようもなかった。
「何かお薦めとかあったりするのか?」
「貴族の方は劇場で劇をご覧になったりすることが多いみたいですけどね。」
「劇か、残念だが無しだな。」
何回か劇を見たことがあるが、そのどれもがつまらなかった。大袈裟な演技に、何を言っているのか聞き取る気にもならないセリフ、劇を構成する全てが気に食わなかった。
こう考えてみると娯楽が少なすぎるのだろう。することが無くて暇すぎるというのは贅沢なことだと分かっていても、そう思ってしまう。
「そうですか。」
「ま、気長に考えるさ。とりあえず今日は陛下への謁見があるし、昼食も向こうで食べるんだろ?」
単に学生証の授与と激励だけだと思っていたが、まさかの食事付きとは思ってもいなかった。だからこその10の刻という時間設定。
「そうですね。」
(でもわざわざ食事会を設定するっていうことは、そういうことなんだろう。一応学院では不敬罪が適用されないっていうのが、せめてもの救いだな。)
「ごちそうさまでした。…部屋で本を読んでるから時間になったら呼びに来てくれ。」
「かしこまりました。それと少々お待ちください。」
エクスが奥の部屋へ消え、戻ってきたときには厚く、凄く重そうな服を抱えていた。
「こちらの服にお着替えください。」
「…マジか。」
すっかり忘れてしまっていた。家ではずっとカジュアルな服で居たし、パーティに招待されることも少なかったため、貴族の正装というものに慣れていなかった。
(うげぇ、相変わらず重い。…貴族というのはここまでしないといけないのか。つくづく愚かというほかない。)
だが大事なことではある。伝統を蔑ろにする者は、後ろ指を指されたりするのだ。それにそこまで華美ではないし、隣国のプルウィルスアルクス王国に比べればまだましだろう。あそこの衣装はとにかく派手なのだ。だからラーウス王国と相容れないのかもしれない。
とりあえず部屋に戻って服を着替える。嫌なことは速く終わらすに限る。しかし、今回はそれが裏目に出てしまった。
「おも。ちょっと着るの早すぎたな。最悪だ。」
(どうしてこんな思いまでして、謁見しないといけないんだろう。学生証くらい直接家に送って来いよ。)
内心悪態をつくも、どうしようないことが分かるため、実はそこまで苛立ってなかったりする。
(本でも読もう。)
早速買ってきた本を開く。本に夢中になっている間は全てを忘れられる。まさに救いの一つだった。
しかし楽しい時間というのはあっという間に過ぎてしまう。とうとう王城へ向かう時刻となってしまった。
「コンコン」
「エルグランド様、出発の時間となりました。」
「…分かった。すぐに行く。」
まだ読み切れていない本を渋々片付け、馬車に乗り込む。初めて王城に行くのだが、あまり緊張してなかった。
「はぁ~、問題は王族がハーブルルクスをどう思ってるかだよなぁ。あのチンピラも王都の貴族はハーブルルクスを嫌ってるって言ってたし、結構不味いかもな。ま、でも父上が何も手を打ってないとは思えない…。」
(むしろ王族を取り込んでても驚かないな。ハーブルルクスは軍部には影響力を持たないけど文官には強い影響力があるから、その線でやり過ごしてるんだろうか。)
王家もどこかの家が突出した力を持つのは避けたいだろう。ならここらでストップがかかってもおかしくない。それらの駆け引きを父がどう捌くのか、興味がないと言えば嘘になる。でも――
(ランデス兄上はあの父上の跡を継げるか? あれだけ恨みを買えば揺り返しで家が潰れてもおかしくない。父上が生きてる間は大丈夫だとしても、後の世で断罪されるかもな。)
優秀な者の後継者は非常に苦労する。どこまで行っても前任者と比べられ、あれこれとあげつられてしまう。ランデス兄上も優秀だが、躊躇なく相手を叩きのめせるかと言われたら疑問が残る。
(ま、俺の知ったことじゃない。勝手にしてくれ。)
馬車は滞りなく進み、王城へ入場していく。
「コンコン」
「エルグランド様、到着いたしました。」
「フゥー」
大きく一深呼吸してから降りる。もうここらからは隙を見せられない。
「了解した。」
馬車の外に出ると、王国側の担当官が待っていた。
「今回担当させていただきます、ロック・フォン・カージスと申します。昨日は災難でございましたね。ご無事でよかったです。」
最初に飛び出してきた言葉はこちらの無事を祝うものだったが、あくまで他人事のような口上にイラつく。だから――
「そうですね。お気遣いありがとうございます。あれで少しは王都の治安も改善したことでしょう。」
少し挑発する。するとこちらの意図が伝わったのか、相手の顔が引きつく。
(おーおー、イラっときてるねぇ。でもな、俺はその倍はイラついてるんだわ。)
「かもしれませんね。ではまずは身体検査をさせてもらいます。」
唯一の付添人であるエクスと共に、何か危ないものを持っていないかチェックされる。あらかじめポケットは空にしていたので特には問題なかった。
「…問題ないですね。ではどうぞこちらへ。すでに皆さんお持ちです。」
相手はさらりと話したが、エルには流せない言葉が含まれていた。
(皆さんってどういうことだ? もしかして俺以外の入学生も来てるのか? …そうか、そういうことか。ハーブルルクスの登城日に他の家が合わせたっていうことか。…普通に最悪だな、これは第一印象は終わったと見た方がいい。)
軽くエクスに顔を向けるが、エクスは気まずそうにするだけだった。
(こいつ、俺に伝え忘れたな。それか、昨日の仕打ちに対する意趣返しか。できれば後者はないと思いたいが。)
エルの中でエクスの株が下がる。有用な人物から、それなりに使える人物へと。
担当官に案内されること数分、ある部屋へと通される。中にはおそらく入学生なのだろうという子供たちとその保護者らしき人物たちが椅子に座っていた。
それらが一斉にエルに視線を向ける。大半は歓迎しているものではなく、敵意すら感じられるものまであった。
(おー、なかなか嫌われてるねぇ。でも王国代表に選ばれるっていうことは、それなりに優秀なんだろうな。)
だが家でも腫物扱いされてきたエルにはむしろ懐かしささえ感じられた。それに敵意を向けられた方が潰しやすくてよいというのも、心情的にある。
エルは余裕綽々の表情で全員の顔を見渡す。
「皆さん、お待たせいたしました。こちら、エルグランド・フォン・ハーブルルクス様が到着されました。あともう少しで謁見が開始されるでしょう。今しばらくお待ちください。エルグランド様も空いている席に座ってお待ちください。」
そう言って、担当官が扉の外へ出ていく。
とりあえず立っているのも何なので、空いている奥の席へ座る。序列が上の者が上座に座るのは当然のこと。そうでないと下の者が困る。
(さて、どうなるか。別にどうなってもいいけど、この空気は嫌だな。)
エルはあまり人と話すのは好きではなく、こういう空間は苦手なのだ。だが、その様子は外見からは判断できない。とりあえずは様子見といったところだろう。誰が口火を切るか、なかなか面白そうなゲームになりそうだ。
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