第41話 新世界

その後も試合が消化されていき、全員がそれぞれ一回ずつ戦い終えた。

「これで一回戦の結果は全て出尽くした!! よって、第二回戦を開始する。名前を呼ばれた選手は舞台に上がりなさい。エルグランド・フォン・ハーブルルクス!」



「「「「オオオオオーーーー」」」」


エルグランドの名が呼ばれた瞬間、ドームが揺れるほどの歓声が沸き上がる。そろそろ深夜に近いということもあって皆のテンションが高い。


(元気な奴らだ。まぁ、観てる分には気楽で楽しいんだろうがな、何も背負っていないから。)

だが、それは己に対しても当てはまる。自分はハーブルルクスの人間だが、ハーブルルクスを代表している自覚はないし、ラーウス王国を背負っているつもりもない。ただただ流れに身を任せていたらここまで来ていたというだけの話。

(…ここでしたい事でも見つかればいいんだが、無理だろうな。もはやそういう次元の話じゃないし。)

この世界に希望はない。漫然とつまらない日々を死ぬまで送る。これはもう決定事項なのだ。どう足掻いたところで何も変わらない。

(――だからその目はやめろ。見ていて不快だ。)

緩やかに苛立つエルの視線の先に居るのは――


「――そして、もう一人はレース・ノワエ!」


「「「「「……」」」」」

エルの対戦相手の名が呼ばれるが、今度は盛り上がらない。逆に静寂が広がるぐらいだ。露骨に否定的な野次を飛ばす者はいないが、どの生徒の顔も曇っている。


「レース・ノワエか。ここまで勝ち上がってきたのは凄いな。彼女はどこ出身だ?」

「さあ? どこだろうねー。でも、あの様子を見る分にはスペス出身っぽいけど。」

「なるほど、この街で育った者か。…もうそれぐらいの年月が経ったんだな。」

ここスペスが設立されたのはおよそ二十年ほど前。ならば、新たにこの街で育った者が大人になり始めていてもおかしくない。しかし、それで良くない流れが生じているように感じられるのも事実。

「…平民が勢いづくのは好ましくないのにねー。」

「ここには表向き貴族がいないからな。それが悪い方向に作用しているのかもしれない。」

「その可能性は大いにあるな。最近では評議会が腐敗しているという噂まである。まったく、嘆かわしいことだ。評議会の連中は分かっているのか? 下手すれば泥沼の戦争が始まりかねないということを。」

ジムが憤慨した様子でジュースを呷る。スペスに関して聞こえてくる話はどれもきな臭い。七大国の貴族が議員を務めている以上、色々思惑が重なるのは仕方ないのかもしれないが、平民が評議会の議員に対して献金を行い、様々な便宜を図ってもらっているという噂はさすがに看過できないものであった。本当なら真偽を確かめるべく、調査官を派遣すべきなのだが、評議会自体がそれを拒否しているときた。

「きっと緩んでるんだろうねー。そういうのが一番危ないんだけどね。」

(平民を自由にして良かったことが一度もないのは歴史が証明している。もう少しスペスを作る段階で制度をしっかり練りこんでおくべきだったのにね。まぁ、それでも血が流れるよりはマシっていう判断なんだろうけど。)

この地で戦争を起こさないという先祖の取り組みは、今の所機能している。しかし代わりと言っては何だが、商会のシェア争いがとてつもなく激しい。それぞれ各商会は母国から支援を受け、もはや金で殴り合う代理戦争の様相を呈している。それがまたスペスの発展に寄与していることは否めないが、少々行き過ぎているようにも感じられる。

(一番問題なのは、平民がそれで大儲けしている点なんだよねぇ。)

中立スペスで安くなった商品を買い、他国で売りさばく。それだけで莫大な利益が生じる。その問題点はすでに評議会で認知されているが、動き出す気配はない。きっとそういうことなのだろう。

「流石に同じような泥沼の戦争はごめんだぞ。御爺様によると相当悲惨なようだったからな。」

「七大国が一斉に争ったんだもんな。想像するだけで恐ろしいよ。」

「そうだねー。英雄が出張ったらもうちょい早く終結したのかもしれないけど、保有国は出すのを渋ったからねー。」

「仕方あるまい。敵味方が入り混じる戦場など何があるか分からんからな。それに英雄同士で優劣をつけるのも嫌がったのだろう。」

「確かに。世の中曖昧なままの方がいい事もあるさ。」

「複雑だよね、政治って。」

三人は複雑な色を宿した瞳でレース・ノワエを見下ろす。まだ学院にいる間はいい。どんなに暴れようとも学院が守るだろう。だが、卒業しても暴れるなら話は変わってくる。きっと各国の貴族は許さない。世界が彼女を殺すだろう。


(――そうなる前に俺が止めてやろう。徹底的に打ちのめせば諦めるだろう、パンサーのように。)

エルは他の試合が続いている間、ずっとパンサーが諦めた理由を考察していた。彼は心が折れつつも、一度は世界に抗おうとした。その決意は確かなもののはずだったのだ。だが、結局は膝を折ってしまった。

(主因は俺が圧倒したことだろう。なら繰り返すまで。)

力ある平民は混乱の原因となりかねない。それが世界秩序の崩壊に繋がるのであれば、エルは躊躇わず武器を手に取る。小を切り捨て大を取る、そうやって世界は続いてきたのだ。


「では、双方構えて――始め!!」


「フッ」


審判の合図と共にレースが姿勢を低くしてエルに突貫する。攻めて攻めて潰す。主導権は渡さない。

(私は勝つ!! 貴族だけには負けられない!)

圧倒的な熱意。それが剣に乗り、エルにまで届く。


「キンッ」


「…暑苦しいな。」

(素晴らしい熱量だ。イグニスとは違う熱さ。これはこれで好きな者は多いだろうな。)

諦めるな、上を向け、立ち上がれ――そういう彼女の想いをエルは感じ取ってしまう、感受性が豊かなゆえに。

(実に気に食わない。お前も俺のように灰色に染まれ。)


「ゴウゥ」


エルの槍が全てを穿つように唸るが、少し精彩を欠いてしまう。レースは難なくそれをよけ、少し距離を取る。


「…暑苦しいのは嫌いか?」

「嫌いだな。不愉快だ。」

「ふ、そう悪いものではないぞ? 勢いに任せるというのも。」

「だが、それでは何も変わらないだろう?」

エルの口元に冷笑が浮かぶ。この夢想家はまだ何も現実を知らないと見た。平民にしては裕福な家に産まれ、挫折を知らないのだろう。そうでなくばこんな自信に満ち溢れているはずがない――こんな楽観的であるはずがない。なぜならこの世は残酷で悲惨で無情で絶望に満ちているのだから。

「いいや、変わるさ。これまでの流れを変えるには別の流れを作るしかないが、的確なタイミングで勢いをつければ、新たな流れができる。あとはそれを育てるだけだ。新たな流れが既存の流れを飲み込むことがあるのは、この地が証明しているだろう?」

エルの口角が少し下がる。思ったよりも敵は物事の本質を捉えているようだ。もしかしたら火種程度にはなるかもしれない。それは大火にはならないかもしれないが、無視はできない。エルは相反する感情を抱いているのを自覚しながらレースに尋ねる。

「――お前は何を目指す?」

「エルグランド・フォン・ハーブルルクス。貴族の申し子よ、もう予感しているのであろう?」

「お前の口から聞きたいのさ。」

その返答にレースは微笑み、制服の上着を上に放り投げる。大半の生徒がそちらに視線を誘導される中、エルの瞳はレースの口が動いているのをはっきりと視認した。


「――し・ん・せ・か・い。」










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