20.断罪

S side


 冒頭に戻れば、少女が断罪劇を続けていた。


 レティシア・ローレンが断罪されると思っているらしいが、対象者は、ヒロイン エマ・フォスターだ。


 本人は、それに気付かずに、ああだこうだと訴えている。滑稽としか言いようがない。



 ………すげぇな、まじで…、はは



「私は、レティシア様に虐められました!!」


 “ 分かってくれるよね ”と

 瞳をウルウルさせて、見つめられる。



 分かる訳ねぇだろうが、



 それに、俺は名前を呼んで良いと、許可を出した覚えはない。


 声高らかに、キャンキャンと喚く女と、彼女を囲うように誑かされた男達。12、3人が対峙するなか、そこには、誰一人として、攻略対象は含まれていなかった。


 前世とは違い、この世界には、所謂“ イケメン “が五万といる。見境なく、容姿が良い令息に近づいては、甘い言葉で誘惑したんだろう。


 それで満足すれば良かったが、彼女は、早々に他三人を諦めた癖に、俺には執着し続けた。


 ……そう言えば、姉と妹が


 『きゃぁ!シオンが溺愛とか何!!』

 『せ・つ・じ・つ・に!ヒロインになりたい…』

 『流石人気No. 1』などと騒いでいた気がする。


 俺とレティシアを婚約破棄させる為に、男共を利用し、色々と策を講じていたが、通用しない。拉致監禁事件を除いて、すべて未遂に終わった。


「殿下!レティシア様は、嫉妬に駆られ、エマを虐めた末に、終には、彼女を階段から突き落としました!!」

「そのような悪人を、次期王妃とする訳にはいきません!」

「心優しいエマこそ、殿下の婚約者となるに相応しい女性です!」


 生徒会主催によって開催される記念パーティー。


 貴族社会において、相手の色を見に纏うことは、互いを強く想い合っていることを意味する。

 俺が贈った深い青に染まったタキシードを纏い、アクセサリーをシルバーで揃えたレティシアと、


 彼に寄り添い、黒を基調としたタキシードに、アクセサリーはアメジストを主として着飾っている俺。


 その姿に、俺とレティシアが愛し合っていることは一目瞭然。主張には、矛盾が生じていた。


 だが、会場に足を踏み入れれば、碧眼を想像させる藍色を身に纏うエマがいた。周囲に、混乱の波が生じる。


 ご丁寧に、第一王子ルートで、シオンが、ヒロインに贈っていたドレスを再現したらしい。


「レティ。私は君を信じているけれど、証言が在る以上、一応確認させて貰うよ。彼等が言ったことは事実か、?」

「いえ、そのような事実はありません」

「嘘です!!レティシア様!!ご自分がなさったことを認めて下さい!」

「存在しない事実を認めることはできません」


 俺色に着飾ったレティシアが、凛とした態度で断言する。

 その姿に、思わず我を忘れて、甘やかしたい衝動に駆られる。流石、俺のレティシア。


 前世で、誰かを好きになったことがない俺にとって、彼は初恋だった。



 はぁ…好き

 可愛い

 抱き締めたい、



「レティはこう言っているが」

「騙されないで!嘘よ!!」

「何を証拠に、嘘だと言い切れる」

「それは…」


 有りもしない事実を並べ、根拠を問われれば、黙り込む。それは、周囲に真実を伝えているも同然で、エマ・フォスターが悪名高いことを知ってか、皆が状況を把握し始めた。


「レ、レティシア様が、エマを虐めていないという証拠はありません!」

「そ、そうよ!!」


 彼女を守る為か、控えていた男が言い放つ。彼女は、咄嗟に同調し、レティシアを指差した。


「はぁ…レティ。イヤーカフを貸してくれる?」

「これ、ですか」


 面倒だと訴えるように溜め息を吐き、隣に立つ最愛に、イヤーカフを渡すように指示する。言い付けを守って、肌身離さず身に付けていてくれていたレティシアに感謝して、予め仕込んでいた魔法陣を発動させた。



 ” デ ィ フ ィ ー “



 サファイアには、位置情報に加えて、記録魔法を組み込んでいる。レティシアに対して悪意を持った人間が発した言葉を、一言一句記録して、証拠とする為に。

 裏事情を知らないレティは、首をコテンッと傾げた。



 うん、可愛い



 詠唱後、女の声が会場に響き始めた。



[邪魔すんなッ]

[お前、転生者だろッ! シオンは私が攻略すんだよッ]

[悪役は悪役らしく断罪されろよッ!」



 荒れ狂うエマ・フォスターの声だった。


「エ、エマ…嘘、だよな…」

「…違う、…私じゃない!シオン!!」


 男達は疑いようがない事実に気付き、距離を取り始めた。


 彼らは、裏で彼女がレティシアに悪態を吐いていることを知らなかったらしく、信じられないといった顔で青褪めている。


 裏庭で起こった一件で、俺と想いが通じ合っていると勘違いした彼女は、縋るような目を向けた。だが、容赦はしない。冷徹だと評判な碧眼で見下ろす。



 性格悪いな、俺



 場を覆せないと悟ったか、エマ・フォスターはレティシアに向かって、殴りかかった。勿論、俺が守ったが。


「ヒロインは私だろうが!!!返せ!シオンは私のモノなんだよ!!悪役は悪役らしく散れッ!!」

「私はレティシア一筋だ。君を想うことはない」

「離せッ!!」

「私に執着した報いだ。……スチル回収はさせてやっただろう」


 種明かしをするように、台詞を続ける。


 それは、この世界が、ゲームであることを知っていないと辻褄が合わない言葉。


 刹那、ヒロインが顔色を変えた。


 怒りに真っ赤だった顔が、徐々に青白くなっていく。今まで巡っていた考察が、ガラガラと音を立てて崩れて、散らばっていたピースがピタリと嵌まっていく。



 おい、倒れんなよ



「嘘……そんなこと、ある訳…」

「俺は、何があろうとシナリオに抗い続ける。レティシアだけを愛すると誓ったんだ」

「殿下、しなりお…とは?」

「気にしないで。もう終わったから」

「……嘘よ!!噓噓嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘ッ!!」

「修道院でゆっくり考えると良い。連れて行け」


 髪を乱れさせて、必死に抵抗するが、屈強な護衛騎士に敵う訳がなく、ヒロインは身柄を拘束された。



 前世では、残虐な処刑が認められていなかった故に、修道院に送ることにした。




 物語は完結した。婚約者に裏切られ、周囲に疎まれ、愛に飢えていた悪役令息は存在しない。


 破滅を運命付けられた悪役令息は、第一王子が愛を囁く唯一無二となった。


「レティ」

「……ッん」

「愛してる」


 乙女ゲームに転生したけど、シナリオに抗い、悪役令息を溺愛します。


 …誰に何を言われようと。















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