2.完璧な王子様

R side


「……レ、レティシア・ローレンと、申します。ほ、本日は、殿下にお会いする事ができ、とても嬉しいで…嬉しく、思います」


 白銀に輝く髪色に、夜空を彷彿させる深い碧眼。将来を約束された地位と、完璧な容姿。


 その姿は正真正銘、王子様だった。



◇◇◇



「レティ。二週間後に王宮で御茶会がある。そこで第一王子 シオン・アルフォンス殿下に挨拶させていただく予定だ。粗相がないよう、礼儀作法を練習しておくこと。分かったかい?」

「はい、父様」


 二週間前、魔法に関する本を兄に読んで貰っていると、父が部屋に入って、そう告げた。


「父上。レティは…、」

「あぁ、内密だが」

「アルベルト公爵家が黙っているとは思えませんが、大丈夫でしょうか」

「妨害を謀るだろう。だが、王家はこれ以上、アルベルト公爵に王政を左右されることは避けたいらしい」


 “ 彼は何かと強引ですからね ” と兄が続けた。



 何を話しているんだろうか



「兄様…?」

「大丈夫だよ、レティ。スレンダ、レティに礼儀作法を教えてあげて」

「承知致しました」


 考え込む兄に声を掛ければ、ふわっと微笑んで、傍に控えていた侍女・スレンダに、そう伝えた。



◇◇◇



 そして、翌日以降、スレンダを先生に、練習を続けていた。



 上手に言えてたんだけどな…、



 殿下に会った途端、頭が真っ白になった。叩き込んだ台詞が、何一つ出てこない。やっと思い出せた言葉は、ボロボロだった。


「シオン・アルフォンスだ。会えて嬉しいよ、レティシア様」


 胸が、じわぁっと温かくなる。


「レティシア様。少し話しませんか」

「は、はい!」


 子息令嬢に囲まれていた殿下に、そっと手を引かれ、会場を後にする。



 嬉しい…!

 殿下が…僕を誘ってくれた

 …けれど、周囲が僕に向ける視線が痛い

 怖い



 “ 男では、殿下に釣り合わないでしょうに ”

 “ 次期王妃となる存在は女であるべきだ ”

 “ 男では愛らしさがないわ ”

 “ リリアナ様は麗しく、王太子妃に相応しい令嬢だな ”


 時折、聞こえてくる言葉には、はっきりとした悪意が込められている。声がする方へ視線を向ければ、ふいっと逸らされる。多大な権力を有する父様を敵に回すことはしたくないらしい。


 リリアナ・アルベルト。

 ローレン公爵家に次いで権力を有すアルベルト公爵家長女にして、婚約者候補筆頭。

 淡い亜麻色をしたロングヘアは、毛先がふわっと巻かれ、大きな瞳はエメラルドに煌めき、華やかな印象を与える。幼少であるにもかかわらず、その美貌は、殿下同様、完成されていた。


 御茶会では、殿下に寄り添い、話しかける彼女を、誰もが恍惚と見つめていた。


 確かに、彼女は綺麗だ。“ 相応しい ”という表現に間違いはなかった。その事実に、目頭が熱くなった。



 僕じゃ…殿下に相応しくない



◇◇◇



「レティシア様。どうかしましたか」

「い、いえ!」

「私は魔導書を読むことが多いんですが、レティシア様は、読書はなさりますか」

「あ、えっと…兄様に、魔導書を読んでいただくことが多いです。一人では…れ、恋愛本が好きで、よく読みます」

「恋愛ですか。私も幾つか読んだことがありますよ」


 学術や体術、趣味など、殿下と話している時間は有意義で、幸せだった。話せば、心地良く相槌を打ってくれて、優しく微笑みかけてくれる。その度に、胸が締め付けられた。



 傍で控えていた侍女が、空になったカップに紅茶を注ぎ、壁際に戻る。それを一口飲んだ後、告げられた言葉に息を呑んだ。


「レティシア様、私と婚約していただけますか」


 その瞳が余りに真剣で、目を逸らせなかった。


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