3.確認事項

S side


「面倒だな、これ」



◇◇◇



 御茶会が始まれば、我先に挨拶に来る貴族達。殆どが、着飾った娘、息子を連れていて、私利私欲に塗れていた。



 王子様って大変だな、



 どうにか取り入れようと試行錯誤する子息令嬢には、第一王子としてそれ相応に相手をし、


 他方で、明らかに好意を持って媚びた態度を取る者には、意思表示として話を切り上げ、距離を取った。前世では無縁だった“ 肉食系 ”が多くて、戸惑いが隠せない。



 俺には無理だ〜、



 前世と今世に存在するギャップに、現実逃避しそうになっていると、会場口付近で、ローレン公爵が、誰かに話しかけていた。

 視線をズラすと、漆黒に輝く黒髪に、キリッとした紫眼が特徴的な美少年が、緊張した様子で応えている姿が目に入った。



 レティシア…!



 沈み切っていた感情が、途端に浮上する。


「シオン・アルフォンス第一王子殿下、」


 現れた最愛レティシアに視線を囚われていると、名前を呼ばれ、現実に引き戻された。



 …ぅ"ッ、アルベルト公爵、



「本日はご招待、ありがとうございます。我が娘、リリアナにございます」

「アルベルト公爵家長女、リリアナにございます。殿下にお会いすることができ、光栄です」

「シオン・アルフォンスです。リリアナ嬢、本日はお越しいただき、ありがとうございます」


 “ では ” そう言って、離れようと思った。


 彼女の瞳には、他の子息令嬢とは比べられない程に、色欲が潜んでいた。脳内で ビーッビーッ と警告音が鳴り響く。



 危機感知、ってこれか…、はは、



「殿下。リリアナは美しいと評判ですし、水魔法を得意とする殿下には、風魔法に優れている娘こそが、相応しいと」



 今、離れようとしたよな…ッ!!



 自意識過剰な方は、遠慮したい。キラッキラに期待して、“ 自分こそが!“って、何一つ疑わない。蝶よ、花よと育てられた結果が見て取れた。


「風は炎と相性が良いと学びましたが」


 暗に“ 他を当たって下さい ”と伝える。……伝わるかどうかは別だが。


「本日はご招待いただき、感謝申し上げます」


 行先を阻まれていると、ローレン公爵がレティシアを連れて、挨拶に来た。



 ……助かった、



「ご機嫌よう、ローレン公爵」

「我が息子、レティシア・ローレンにございます。レティ、殿下にご挨拶を」

「…レッ、レティシア・ローレンと、申します。ほ、本日は、殿下にお会いする事ができ、とても嬉しいで…、嬉しく思います」



 うッッ、可愛い

 天使か、?

 天使だな、



「シオン・アルフォンスだ。会えて嬉しいよ、レティシア様」

「は、はい!」


 懸命に言い繋ぐ彼が可愛くて、気づけば、第一王子として取り繕っていた人物像が剥がれていた。

 恋情が溢れ、自然と口角が上がる。途端、周囲がざわついた。そうだよな。俺は、他者に隙を見せることが、許されない立場。それ故、上部でしか笑わない。感情が表に現れる様な、頬が緩む笑顔を見せたことはなかった。


 微笑み返せば、レティシアは、傷痕一つない白雪肌を、ぽわっと染めた。

 瞳孔が、少し開いている。



 これ…、恋しちゃった顔だよな、?

 …この顔に生まれて良かった…!



「これはこれは、ローレン公爵。ご機嫌よう」

「アルベルト公爵ではありませんか。気が付かず、申し訳ありません」


 存分に嫌味を含ませた言い方で、言葉を投げかけるアルベルト公爵に、これまた、嫌味を込めて応えるローレン公爵。


 貴族社会において、二人が不仲なことなど、有名な話だ。けどさ、流石に不仲すぎないか。他が震え上がってます。下級貴族に至っては、青褪めてます。



 …喧嘩は、他所でやってくれ



「シオン様。彼方あちらでお話し致しませんか」

「申し訳ありません」

「え、」


 断られるとは思っていなかったリリアナ嬢は放って、若干、放心状態になっているレティシアに歩み寄った。


「レティシア様。少し話しませんか」

「は、はぃ…///」


 ローレン公爵に許可を得た後、レティシアを連れ、中庭へ向かう。アルベルト公爵とリリアナ嬢は不服そうだったが、関係ない。



◇◇◇



 中庭は、御茶会が開かれている会場と離れている為、誰かに邪魔される心配はない。安心して、レティシアと向き合うことができた。


 用意して貰った紅茶を飲みつつ、他愛もない話をして、二人で笑い合った。


 この時間が、ずっと続けば良いと思う程に、俺はレティシアに惹かれていた。


「レティシア様は、闇魔法が得意だと聞きました。ルーク様に教わっているんですか」

「はい、…兄様が、教えてくれます」


 懸命に言葉を探しつつ、応えるレティシアが可愛くて仕方がない。

 基本的には、無表情に徹している侍女でさえ、純粋で、無垢なレティシアに胸を打たれていた。


 宝石、ドレス、化粧、何を使えど、純真な美しさには叶わない。彼を蔑む者は、視力が低いんだろうな。



◇◇◇



 瞳に惹かれ、声色に癒され、素直さに恋をした。


 彼と過ごすなかで、笑顔に心を奪われ、直向きさに愛を知った。


 王家に打診された婚約。やむを得ない事情がなければ、ローレン公爵は受け入れる他ない。

 だが、婚約には、それ相応にリスクが伴う。況してや、相手は王族。婚約者にかかる負荷は計り知れない。


「レティシア様、私と婚約していただけますか」



 “ 最初から俺と婚約さえしなければ、断罪されることはない ”


 レティシアが幸せになれる方法を考えれば、どうしたって、そこに行き立つ。


 婚約者になれば、強制力が働くんじゃないか。

 レティシアを傷つけるんじゃないか。


 …可能性を否定できなかった。


 婚約者にさえならなければ、俺と関わらなければ、ヒロインと出会い、精神を左右させられることはない。


 幸せにすると誓った。それは、嘘偽りない事実だ。…けれど、レティシアに、彼が望む未来に、” 俺はいない “と言われれば、潔く身を引く。


 ヒロイン至上主義な為に、

男では、婚約者に相応しくないと非難され、

想い続けていた相手には冷遇され、

突然現れた少女には婚約者を奪われた。


 すべてに裏切られた彼は、嫉妬に駆られ、ヒロインに矛先を向けた。……そうするしかなかった。


 だが、此れは現実だ。彼には、選ぶ権利がある。……悪役令息だった彼が、幸せになる為に。


「……良いん、ですか。男で、可愛くない僕が、傍に居て」

「…なッ、」


 利己的に考えず、相手を思い、気遣う言葉。


 優しい性格は、貴族社会では稀だ。性別と容姿を口にした要因は、貴族達が、陰で叩いていた不平不満を聞いてしまったことだろう。


 けれど、俺にとっては、愛おしくて堪らなかった。


「私と婚約すれば、厳しい妃教育が待っています。辛く、逃げ出したくなるでしょう。だが、私は……、」

「……殿下、?」

「俺は…、レティシアが良い。レティシアじゃなきゃ、ダメなんだ」

「え…、」

「強制はしない。君が選んで良い」



 “ 俺と共に生きてくれないか ”



 今世は勿論、前世に至っては、初恋でさえ記憶にない恋愛初心者にしては、正直重いと思うが、本心だった。


 レティシアは、決心した様に小さく頷いた。


「僕は、殿下と共に生きていきたい」


 満開に咲かせた笑顔には、涙が浮かんでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る