シナリオに抗い、悪役令息を溺愛します。

15.イヤーカフ

S side

　上下関係が重視される貴族社会。下位貴族が、許可されていないにもかかわらず、上位貴族に対して、声をかけることは、マナー違反だ。

　王立学園では、平民、貴族といった身分で区別されることはない。校訓によって、王族を含む全生徒を、平等に評価しなければならないことが明記されている。

　だが、偏（ひとえ）に“ 平等 ”といえど、人間には、限界がある。

　編入当初は、光属性を扱い、可憐な容姿をしたエマ・フォスターに、周囲は興味を示した。

　だが、彼女は、紳士、淑女として求められる最低限なマナーでさえ 備えていなかった。それ故、世間体を傷付けられない為に、周囲は、彼女から距離を置くようになった。

　結果的に、諭す者がいなくなったことで、行動はエスカレートしていった。

「シオン様ぁ、！！レティシア様が、私に意地悪するんですよ！！」

・

「レティシア様は、シオン様に相応しくありませんｯ！！」

・

「シオン様だって、女の子が良いですよね、？」

・

「私とかぁ、良いと思いませんか」

　ラノベ界隈では、悪役令嬢、悪役令息＝転生者という設定が多い。

　それを知ってか、標的が、レティシアに変わった。

　転生ヒロインが、攻略対象に愛され、

　悪役令嬢にざまぁ！……的なことを考えてるんだろう。

　…んなことさせねぇけど、

　厳格で、言葉一つ一つに責任が伴う貴族社会。

　天真爛漫なエマ・フォスターは、“ 庇護欲を唆（そそ）る可憐な少女 ”として知名度を高めていたが、無論、洗練された淑女達には、“ 礼儀がなっていない愚か者 ”と認識されている。本人は、気付いていないようだが。特に、婚約者を誘惑された令嬢達は、被害を被ったと大激怒だ。

　我が婚約者に至っては、俺が、彼女を好きにならないかと、不安で不安で仕方がないらしい。

　可愛い…！！

　好き！！

　報告してくれた護衛騎士には、後程報酬を支払うとして。

　大抵が、異性婚又は異性愛者であること。そして、エマ・フォスターが、俺に対して、露骨に好意を示す態度が、思考を悪い方へと導いていく。

　…レティにしか興味ないんだけどな、

　日々、声を掛けられて、時間を奪われ、ベタベタと触れられて、不愉快でしかない。上目遣いをすれば、俺が惚れると思ってるらしい。

　…んなことねぇよ、

「シオン様ぁ、どこ行くんですか。私も連れて行って下さい！！」

「離れろ！」

「フォスター子爵令嬢。そのように殿下に戯れることが、どれ程失礼か、分かりませんか」

「ふん！シオン様ぁ、ディルクとルカスが意地悪言うぅ」

「離れてくれないか。私は、婚約者にしか触れることを許していないんだ」

　放課後。ディルクとルカスを連れ、正門に向かう俺を、甘ったるい声が阻んだ。

　…またかよ、

　一日に最低三回。就業前、昼休憩、放課後。

　ゲームとは違う展開に、目に見えて焦り始めたヒロイン。仕方ないか。

　ゲームでは、

　編入初日に裏庭で第一王子と

　翌日は、生徒会室で側近ルカス、

　訓練場で護衛騎士ディルク、

　校門では悪役令息の兄ルークと出会い、イベントが発生することになっているが、実際には、誰一人として、ヒロインと出会っていない。

　それに加えて、ルカスには、既に婚約者が居て、弟を忌み嫌っていたルークは、弟を思う良き兄に成長済。

　シナリオに差異が生じたとはいえ、時間は十分にあった。策を図らない方がバカだろう。

「私がシオン様と仲が良いことに嫉妬して…、酷いです！！」

　“ レティシア様に言わされてるんですね！”と勘違いする始末。言葉が通じないか、……相当頭が弱いらしい。

「何事ですか」

　校門で立ち往生していると、瞳が、愛しい姿を捉えた。

「レティ、会いたかった」

「殿下。他生徒が困っています」

「皆、騒がせて申し訳なかった」

　腕に絡められた手を振り解き、彼が居る方へ足を運ぶ。

　白く、肌荒れ一つない綺麗な頬に手を添え、囁く。

　気づけば、注目を集めていたようで、周囲に動揺を誘い、申し訳ないことをした。

「殿下。王城へ行かれなくて宜しいのですか」

「すぐに向かう。レティ、一緒に来てくれないか」

「勿論です」

　華奢な腰を抱き寄せ、歩き始めれば、周囲からは、“ キャー！”と歓声が上がった。

「美しいぃ…///」

　噂によれば、“ 第一王子（シオン・アルフォンス）と婚約者（レティシア・ローレン）を見守る会 ”というファンクラブが結成されているとか…、

　非公式を憂いて、内々に活動しているらしいが、存分に活動してくれ。

◇◇◇◇◇

「ルカス。レティと二人になりたい」

「分かりました。今日は書類も少ないですし、問題ありません」

「助かる」

　王城へ到着後、迷わずにレティシアを連れて、自室に向かう。

　公には、毅然とした態度で対応していたレティシアだが、二人になった途端、溜め込んでいた感情が、一気に爆発した。

「シオン、シオン…、好き。僕のこと捨てないで…」

・

「やだぁ…嫌だ。婚約者は僕だもん…、シオンは僕のだもん。……うわぁぁん！！」

　…熱烈だなぁ、

　にやけそうになった顔を引き締め、愛に応える。

「そうだよ。俺はレティの婚約者で、俺達は夫婦（めおと）になるんだよ」

「グスッ…、うん」

「愛してるよ、レティだけを愛してる」

「僕も…グスッ、愛、してる…グスッ」

　はぁ…、可愛過ぎだ

　好きで好きで堪らないと伝えるように、ぎゅっと抱きついて、俺の膝の上で、泣きじゃくりながら、懸命に言葉を紡いでくれる。

　…誰か、理性を保った俺を褒めてくれ

◇◇◇

「レティ」

「……なぁに」

　不安を吐き出し終えたレティシアを、膝の上に座った状態は維持して、撫で続けていた。幸せそうに、ふにゃぁっと笑う姿に、胸が高鳴る。

　今後、ヒロインは、レティシアを嵌めようとするだろう。追い詰められた彼女が、闇魔法を扱うレティシアを陥れる為に、禁忌に手を出すことだって考えられる。何せ、相手は、シナリオを知った転生者だ。

　それに、強制力が働く可能性だって、まだ否定できない。

「はい、」

「わぁ、綺麗…」

　制服に潜めていたイヤーカフを差し出す。

　シルバーを基調とし、アクセントにサファイアを使った、世界に一つとして類似品が存在しない一級品。

「気に入ってくれた、？」

「うん！ありがとう、大切にするね」

　はぁ…、婚約者が可愛い

　幸せそうな顔しちゃってさ…、

　雷に打たれたかと思った

　…可愛いが過ぎるな、

　ヒロインに誑かされた挙句、婚約者を蔑ろにして断罪とか、……バカだな

　逆ハーレムエンドを狙うようなヒロインと、

　一途に一人を想い続けるレティシア。

　何方（どちら）を選ぶべきかは、明白だろうが。

「俺は、レティしか好きになれない。不安にさせて…、ごめん」

　溢れるように『大好き…』と呟いた後、レティシアは、俺に身体を預けるように寄り添った。

　ヒロインであろうが、関係ない。

　誰にだって、この幸せは奪わせない。

　……絶対に。