8.再確認
S side
夜会当日を迎えた。
「新調したんです」
「お似合いだと思いますよ」
・
「私と話しませんか」
「えぇ」
・
「お慕いしていますわ」
「社交辞令として、受け取りますね」
煩い、
面倒、
…疲れた、
行く先々を阻むように取り囲む子息令嬢達に、第一王子として応えていれば、
「…レティシア、」
白眼視が、幼い少年に突き刺さる。誹謗中傷が、波となって会場を押し寄せた。
それに耐えられる術はない。レティシアは、逃げるように走り去っていった。
「レティ、」
「殿下」
「………アルベルト公爵」
…んだよ、
内心イラッとしたが、流石に無視する訳にはいかず、感情を理性で抑え込んで、仮面を被り直した。
「娘と踊っていただけませんか」
夜会には、多かれ少なかれルールが存在する。
“ ファーストダンスは、婚約者と ”
“ ダンスを申し込む際は、相手の婚約者を前に申し込む ”
一部に過ぎないが、殆どは不貞防止を目的に、過去に設けられた。
本来であれば、俺はレティシアと踊る筈だった。だが、
…何してくれてんだよ、
表向きは、政略的な婚約とされている為、俺とレティシアが、互いに望んで、結ばれた婚約だということを、公爵は知らない。
真に惚れている相手は、娘 リリアナだと信じて疑わない。勝ち誇った様子で、他を牽制してるが、俺言ったよな。……あぁ、伝わってなかったんだな。
実際、俺は一度だって踊っていない。此処でリリアナと踊れば、必然的に“ ファーストダンス ”。
それは、最悪な副作用を生じさせる。レティシアが不在となった今、婚約者有力候補、いや…次期王妃はリリアナだと、周囲は認識するだろう。
「私と踊っていただけますか」
無理だって、こういう女
アルベルト公爵は、俺にとって不都合な存在ではあるが、階級的政治的に、王家として蔑ろに扱うことはできない。
だが、レティシアを陥れようとした犯人は、十中八九彼に違いないだろう。
レティシアは、国で王家に次ぐ公爵家だ。ローレン公爵が失脚すれば、誰が利益を得るか。それを考えれば、自ずと答えは見えてくる。王政に深く干渉したい彼にとって、王家が信頼を寄せるローレン公爵は、邪魔でしかない。実際、父とローレン公爵は旧友な為、政治的な関与をなくして、重宝される存在だ。
嫌がらせに、何か仕掛けてやろうかと思ったが、暗に言葉で制せば、十分か。
全属性を扱える魔術師は、そうそう存在しない。現時点では、俺一人。他者にとっては、警戒すべき存在だ。
設定上、水魔法しか使えないことになっていたが、俺は
だが、隠れて練習してた筈が、俺を探していた侍従達に知られ、今では国境を越え、他国にまで、第一王子として一般的に認識されている情報に加え、要注意事項としてリストアップされているとか。まぁ、厄介事にさえならなければ、容疑者だろうが、危険人物だろうが、それで構わない。他国に婿入りさせられるとかさ。
そういう訳で、俺はアルベルト公爵に対して“ 婚約者が絡むと何をするか分からないが、良いんだな ”とさえ認識させれば良い。実行性がない脅迫と軽視される可能性はあるが、現に俺は容赦しない。
売られた喧嘩は、言い値で買ってやるよ
「申し訳ありません。私には婚約者が居ります故、彼を前に申していただけますか」
「殿下には婚約者など、」
「今、連れて参ります」
俺には、正式な婚約者は居ないと言いたいんだろうが、有無は言わせない。レティシアは、俺が幸せにすると誓った。
腕を絡ませそうと、手を伸ばしていたリリアナ嬢には気づかないフリをして、先を急ぐ。
「準備を」
「承知致しました」
傍に控えていた侍女に伝言を残して。
◇◇◇◇◇
R side
会場に足を踏み入れた瞬間、ゾッとした。視線を逸らさずにはいられなかった。
「殿下…」
そこに、子息令嬢と言葉を交わす彼が居た。
◇◇◇
「…ぅ、ぅぅ」
思い知らされた。顔を伏せ、泣き続けた。
「レティシア」
幻聴まで…聞こえ始めちゃっ、た
「え…」
ふわりと、甘く爽やかなスイートオレンジが香る。優しく抱き締められ、伝わってくる温かさに、それが、虚像ではないことに気づく。
「ど、して…」
「迎えに来た」
「僕は、もう…」
「ごめんね。気付いてあげられなくて、一人にして。気が済むまで罵倒してくれ」
「僕が…、」
「……けど、好きなんだ」
“ 手放せない ”
続いた言葉に息を呑んだ。
殿下は僕を嫌いになった…、って
「僕を、嫌い…に、なったんじゃ…」
「好きだよ。信じて」
信じられる訳がない。だけど、表情が、瞳が物語っている。…それが本心だと。
「…レティシア」
“ 好き ”が溢れ出した。
「…好きです。僕は、殿下が、好きなんです…」
「愛しているよ、レティシア」
言葉が、スッと胸に溶け込んでいった。
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