9.婚約者はレティシア・ローレン

S side



 会場に戻れば、周囲がどよめいた。皆が、隣に立つレティシアに意識を傾ける。


 ローレン公爵は、壁際付近で公爵夫人と共に様子を伺っていたが、状況を理解し、視線を送る俺に向けて、微笑み返した。



 親公認ってこと良いよな、

 俺はそう捉えますよ



 皆が釘付けになっている理由は、服装だ。


 黒に、アクセサリーなどを深紫で揃えていたレティシアが、会場を去って数十分後、シルバーグレーを基調とし、紺碧で装飾された衣装を見に纏い、再び姿を現した。当然、周囲は驚きを隠せないでいる。何せそれは、“ レティシア・ローレンが、第一王子シオン・アルフォンスに寵愛されていること ”を意味した。


 会場を離れる際、用意するように頼んでいた。



 ぐッ……可愛い!!

 可愛いが過ぎるぞ

 最早もはや、凶器だ



「殿下、宜しいでしょうか」


 可愛さに悶えていると、声をかけられた。



 んだよ、尊さが減るじゃねぇか

 邪魔するなよ



 振り返った拍子に、レティシアをぎゅっと抱き寄せる。“ あっ… ”と甘い声を零したレティシアに、理性が崩れそうになったが、どうにか耐え忍んだ。



 誰か、俺を褒めてくれ



 バレてはない筈、……多分。


「娘が殿下と話したいと。殿下には、アメジストではなくエメラルドが相応しいと思われますが」


 アメジストは紫眼を持つレティシアを、エメラルドは緑眼なリリアナ嬢を表す。要は、レティシアを捨て、リリアナを婚約者にすべきだと、公爵は暗に示していた。


「私はアメジストが好きです。…誰に何と言われようが」


 公爵を含めて、察しが良い貴族達は、その意図を汲み取った。



 “ 第一王子シオン・アルフォンスは、ローレン公爵家レティシア・ローレンを愛している。彼を害しようとすれば、報復を受けることになる ”と。



 公爵は、口惜しそうに苦渋を呑み込んだ。政略的な陰謀か、私的な理由かまでは分からないが、余程 リリアナ嬢を婚約者にしたかったらしい。


 一部始終を目撃していた子息令嬢達は、素直さ故に、宝石について話していると捉えている者が多数派に思えたが、リリアナ嬢は公爵家長女。

 公爵が、数多く存在する宝石の中で“ アメジスト ”と“ エメラルド ”を選んだこと、現場に重苦しい空気が漂っていることを手掛かりに、答えに辿りついたらしく、唇を噛み締めることで、涙を堪えていた。


「では、失礼します」


 物言いたげな公爵と、往生際が悪いリリアナに“ シオン様!! ”と呼び止められたが、答えはしなかった。


「…行かなくて、良いんですか」

「あぁ、気にしなくて良いよ」


 嘆く彼女を心配するレティシアを連れ、人目に付きにくいバルコニーに向かった。



◇◇◇



 扉付近で警備していた護衛騎士に、“ 人を近づけてくれるな “とだけ伝えて、外に出た。群衆で、室温が高くなっていた為か、少し火照っていた頬が外気に晒され、時々吹く涼風が心地良かった。


 だが、気に食わないことが。レティシアが、リリアナ嬢を心配し続けていることだ。確かに、悲痛な声ではあった。苦手なタイプだが、矛先は公爵な訳で…。

 とはいえ、レティシアにとっては、恋敵だ。彼女が、俺を狙っていたことは、皆が気づいていた筈だ。


「レティシアは、俺がリリアナ嬢に優しくして欲しいってことか」

「…え、と」

「優しくすれば、好きになったりして」

「え、」


 俺を独占して欲しくて、嫉妬して欲しくて、咄嗟に、意地悪なことを言った。


 だが、色恋沙汰に疎いレティシアに、それが嘘だとは伝わる訳がなく…、


「そ、そんなぁ…」



 …やべ、やり過ぎた



 そういえば、前世で姉が、


『わざと嫉妬させるようなことをしたり、意地悪なことを言ったり、それが通用するのは恋愛偏差値が高い女だけだ!!分かったか!!!』


 とか何とか、少女漫画を片手に演説してたな。



 姉ちゃん、弟はやってしまいました…



 真面目に聞くべきだった。


「ごめん、嘘だ」

「……本当、ですか」

「その…、嫉妬した。俺を見て欲しくて」

「殿下が、嫉妬…」

「…呆れた?」

「いえ、なんて言うか…可愛いなって」


 ふにゃぁっと無邪気に笑うレティシアに見惚れ、思考回路はショート寸前だった。



 可愛い

 可愛い

 ……可愛い!!!



「……して良いですか」

「あ、ごめん。何か言った?」

「えっと…その、シオン様って呼んで良いですか」



 え、何…可愛過ぎないか


 “ も ”ってことは、

 リリアナ嬢に嫉妬してたってことだよな、?

 少なからずは、意識してたってことだよな、?



 にやけそうになる顔を必死に抑える。


「良いけど、シオンが良いな。“ 様 ”は要らない」

「……だけど、」

「お願い」

「シ、…シオン」



 グハッ……、これは限界値を超えている



「愛称を口にすることを許して欲しい」

「はい、」


 頬に手を添え、許しを乞う。夜空に溶け込む恍惚とした瞳が、レティシアが俺に見惚れていることを裏付けている。


「愛している、レティ」

「僕も…シオンを愛しています」


 月夜に星が煌めいた時、二つの影が重なった。

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