10.始動

R side


 三日後、妃教育が再開された。


「違います」



「間違っています」



「やり直しです」



「貴方に婚約者は務まりません」



 指導は、より一層、辛辣さを強めていた。けれど、不思議と恐怖心はなかった。


 何を言われたって、誰に嫌われたって構わない。彼と生きていくと誓った。


 コンッコンッ


「はい」


 ガチャッ


 部屋を訪れた人物を確認した彼女は、熱心に指導してた口を閉ざして、深々と頭を下げた。


「殿下…!!どうされましたか」

「紅茶を用意して貰ったんだ。レティシア、話し相手になってくれないか」

「レティシア様はまだ、」


 誘いに応えようとすれば、凄まじい形相で間に入られ、言葉を阻まれた。


「レティシアは、十分頑張ってると思うけど。現に、これは半年後に予定されていた範囲だ。何か違っているか」


 彼女を制した後、優しく僕に寄り添い、手を取ってくれる。その仕草に、心が満たされた。



 …好き…//



 横切る時、何か伝えていた。内容までは分からなかったけれど、彼女はゾッとした様子で、顔色を変えた。




◇◇◇◇◇




S side



 妃教育が再開された。


 王宮で教えを乞うレティシアを迎えに行けば、指導役を担う女が、慌てた様子で退室を求めた。


 雇い主に急かされた、或いは解雇宣告をされたか。詳細は分からないが、彼女は、相当焦っている。


「今後、此処へは来るな」

「そんな、」

「婚約者を虐げるような人間を、俺が見逃すと思ったか。処罰は追って下す」


 レティシアを伴い、横切る際に強く言い付けた。…決して、レティシアには聞こえないように。

 無垢な彼は知らなくて良い。薄汚く、歪な裏側なんて。




◇◇◇◇◇




 数分前。レティシアを迎えに行く途中で、アルベルト公爵と” 偶然 “出会でくわした。


 怪訝そうな表情を浮かべて、侍女と何かを話している。


「公爵」

「ッ…、殿下」

「どうかしましたか」

「いえ、」

「そうですか」


 彼自身、俺が疑いをかけていることには気づいているだろう。


 だが、公爵にすれば、俺なんてガキに過ぎない。確証までは掴まれていないと考えている筈だ。


「そう言えば、レティシアに妃教育を付けていた教師、専属侍女、侍従達は、公爵が選定したと伺いました。選定時、彼等に何か余計なことを言いましたか。“ レティシア・ローレンを虐げろ ”…とか」

「……いえ、そのようなことは、」

「そうですか。事実であれば、どうしてくれようかと」


 無垢な笑顔で言って退けた。


 前世で“ 怖い ”と有名だった教師が、冷静かつ確実に怒りを伝えるように生徒を叱っていたことを思い出した。


「では、私はこれで失礼し…」

「例え許しを請われようと、俺は、レティシアを傷つけた者を許しません。貴族社会で生きたければ、余計な真似はしない方が賢明かと」


 刹那、足早に立ち去ろうとする公爵が動きを止めた。


 これ以上、公爵が干渉してくることはないだろう。すべてを悟った彼は、足を止めることなく王宮を後にした。





◇◇◇◇◇





 正式に婚約が結ばれて、七年が経った。


 俺は王立学園高等部に進学し、レティシアは中等部三年になった。現在、高等部では、義兄ルーク・ローレンが、高等部二年にして生徒会長を務めている。


 コンコンッ


「失礼します」

「どうかした、レティ」

「例年に比べ、領地で穀物が育たない為、対策を講じて欲しいと依頼がありました」

「穀物に適した気候を整えられるよう、術式は開発済だよ」

「では、」

「孤児院には、追加資金を出すように手配してる。他には?」


 騒動以降、妃教育を可能な限り、王太子教育と共に行うようにカリキュラムを変更させた。


 学術、魔術、礼儀作法などについては、大した差異がなかった為、スケジュールは、容易に調整し直すことができた。


 指導係を含め、王太子妃専属侍女達については、解雇となった数名を除いて、遠方に位置する王領へ左遷となった。


 アルベルト公爵は、釘を刺したことが効いたらしく、それ以降、余計な干渉はない。リリアナ嬢とは、夜会で顔を合わせる程度だ。先日、貿易商を担う侯爵家に嫁ぐことが決まったと令嬢達に話していた。


「ありません」


 漆黒に靡く黒髪に、キリッとした大きな紫眼。前世で見た、他を圧倒する凛とした姿が、そこにはあった。無表情で冷徹、決して、隙を与えるような真似はしない。



 “ 氷の女神 ”



 しかし、ゲームとは違って、


「おいで」

「……ん」


 侍女達がいないことを確認すると、身に付けていた仮面を外し、俺に抱きつく。


 そう、七年間 愛を囁き続けた結果、レティシアは、俺と二人になった時だけは、こうして甘えてくれている。


「お疲れ、レティ」

「……うん、シオン……大好き」



 調教、…じゃなかった、

 教育って素晴らしい、!



 すっかり定位置になった膝の上で、レティシアが幸せそうに笑う。


 ヒロインが現れるまで、あと一年。強制力が生じようが、関係ない。


 俺は、シナリオに抗い、レティシアを溺愛すると決めた。




 ゲームは、これからだ

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