24.我が主

L side


「ふぅ、ッ……大丈夫、か」


 光が反射して、鏡になっている ショーウィンドウで、身なりを整える。かれこれ、これで五度目だ。


 変に目立つことを避ける為、ベージュ、深緑といった落ち着いた色で纏められた装い。外出前、侍女が“ お似合いです ”とは言ってくれた。だが、着慣れない格好に、不安でしかない。


 ガタガタガタ、キッ


 指定されて場所で待っていると、向かい側に馬車が停車した。扉には、エドガー侯爵家を示す紋章が刻まれていて、ゆっくりと開いた。


「ルカス、」


 低く、ハスキーがかった声に呼ばれ、優越感に酔いしれる。


「リナ、会いたかったです」

「ふふッ、私も会いたかった」


 ピンクバイオレットな髪色に、レモンイエローに、淡く色づいていた瞳が 印象的な彼女は、夜会に、深い色をしたドレスで参加することが多い。


 だが、今日は、パールブルーなワンピースといった、可愛らしい町娘風だ。


 見慣れない姿に、咄嗟に視線を外した。



 可愛いぃぃぃい…!!



 心臓が、ドキドキと早鐘を打つ。緊張で、目が合わせられない。


「迎えに行かなくて、良かったんですか」


 普段は、俺が、エドガー侯爵家に迎えに行っているが、返事には、“ 広場で 待っていて欲しい ”と書かれていた。


「えぇ、親しくさせていただいている方が、以前、婚約者様と“ 待ち合わせ ”をしたと、仰って…いまして…///」

「なッ、///」



 可愛い…!!



 頬をぽっと紅潮させて、恥じらう姿に、胸がぎゅっと締め付けられる。



 日々、婚約者論争を勃発させている訳だが、意見が一致する時だってある。



◇◇◇



『可愛いは、凶器だと思わないか』


 “ 可愛さを目前にすれば、会議など どうだっていいだろう ”

 公務を片付けながら、問いかけるシオン。


『同感です。最近、相槌が適当になっているだとか、信憑性がないと言われました』


 同じく、公務を片付けながら、答えるルカス。


『殿下、会議に集中して下さい。ルカス、それは、貴方が話を聞いていないだけでは?』


 呆れた様子で突っ込む ディルク。



◇◇◇



 脳裏を過よぎった記憶に、口元が緩む。


「どうかした?」

「え、?」


 声をかけられ、現実に戻った。サブリナが、悪戯に顔を覗かせている。


「何だが、嬉しそうだったから」

「殿下が、バカなことをしてた時を思い出しまして」

「ふふッ、聞かせて」

「勿論。店に向かいましょうか」


 さっ、と腕を差し出す。控えめに絡められた腕に、距離が、ぐっと近付いた。




◇◇◇◇◇




 俺は、幼いながらに、第一王子付き、所謂いわゆる“ 側近 ”となった。


 我が、トーリ侯爵家は、先祖代々 王家に仕えている。社交界デビューした時には、既に 兄が侯爵家を継ぐことが決まっていた為、俺が側近になることは、確定事項だったといえる。


 だが、当時 俺は十歳。


 権力に塗れた、狡猾な大人達に囲まれ、白い目を向けられる環境下に、いつしか…心を閉ざすようになった。心を許せば、足元をすくわれる。


 …彼と会う迄は、そう、信じて……疑わなかった。



◇◇◇



 コンコンッ


「はい、」


 ガチャッ


「よ、!」

「殿下…ッ、どうか、されましたか」


 王城に設けられた執務室で、総務課に頼まれていた資料を作成している時に、彼は ふらっと現れた。


「いや、特には。ただ…」


 続けられた言葉に、咄嗟に声が出なかった。


「いつもありがとな、ルカス」


 臣下として、仕えることに見返りは求めるな、と言いつけられて、育った。



 ……あり得ない、



 一部下に対して、それを伝える為に……、不敬を承知で伺いを立てた。


「人に尽くされて…当然な貴方様が…、どうして、一臣下に、感謝それを伝える為に…此処へ…?」


 それに対して、彼は“ 何言ってんだ? ”と 物言いたげな顔を浮かべ、


「頑張ってくれてんだから、当たり前だろ」


 そう、悪戯に笑った。




◇◇◇◇◇




 翌日、第一王子室に向かえば、騎士ディルクと話す彼がいた。


「おはようございます」

「おはよう。……で、どうだった?」


 そう、自信満々に聞く姿に確証を得た。


始めから、俺に譲ることが目的で、予約は取られていた。


 全く、“ シオン・アルフォンス ”という人間は、どこまで お人好し なんだろうか。


「何がです?」

「は、?とぼけんな。デートだよ、デート」

「…良かったですよ」


 立場は違えど、旧友二人に、にやにやと生温い視線を向けられ、徐々に羞恥心が煽られていく。


「仕事しますよ」


 “ はい、はい ”と悪戯に笑う。



 彼が思い、描く未来を実現させる為、俺は、彼に着いていく。




◇◇◇◇◇




? side


「すべきことは分かっているな、」

「はい、必ず」

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