12.懸念事項

S side


「高等部は、夜会準備に忙しいと伺いました」

「あぁ。だけど、生徒会に比べれば、余裕はあるよ」


 時折風が吹く中庭は、想いを確かめ合った場所。それ故、特別な空間を創り出していた。


 婚約者論争を一時休戦し、レティシアを連れ東屋へ。傍には侍女が数名控え、正面には、完璧な所作で紅茶を口にする婚約者が。

 大抵が、楽な姿勢で、誰かと喋りながら飲む前世に、彼以上に、上品に紅茶を飲む人はいないと思えた。


 穏やかな雰囲気に何一つ不満がない……とは言い切れない。言動から見て取れるように、レティシアは、二人でないと砕けた口調で話さない。勿論、侍女達には感謝しているが、それとこれとは、話は別だ。

 何せ、公務が続いていた俺には、甘えるレティシアが特効薬な訳で、どうにかして不足分を補給しなくてはならない。これは、由々しき事態だ。


 しかし、数刻後には、公務が控えている。ルカスを含めて、侍女達は、俺がレティシアと二人になれば、完全にプライベートモードに切り替わることを知っている。以前、


『次期王妃として相応しくあろうと努めていらっしゃるレティシア様を思うと心苦しいですが、ルカス様に控えているよう、仰せつかっております』


 と断言された。



 知ってます

 俺が悪いです

 だけどさ、仕方なくない…?

 天使だよ、天使



「週末、王宮に仕立て屋が来ることになっているから、夜会に向けた礼服を一緒に選ばないか、?」

「勿論です」


 コンコンッ


「殿下、お迎えに参りました」

「…………今行く」

「何ですか、その間は」

「…レティといた、」

「殿下」

「…分かった、分かった。行くよ…」



 ディルク・オスト。赤髪赤眼で、鍛え上げられた身体が逞しい此奴は、無論、攻略対象者だ。


 本来であれば、第一王子付き護衛騎士は、伯爵以上が務めるが、ディルクは、男爵家出身者。体術・剣術に加え、主人に対する忠誠心が評価され、三年前、第一王子直轄騎士団に配属された。


 彼を妬む者は少なくなかったが、その疑いようがない実力に、配属されて二ヶ月が過ぎようとしてた頃には、文句を言う奴は、殆どいなくなっていた。流石、攻略対象。他者に有無を言わせない。


 ルカス同様、事前に婚約者を…と思ったが、残念ながら断られた。今は、職務にまっとうしたいんだと。


「行きますよ。ルカスに叱られます」

「……レティ、」

「殿下。ディルクが困っています」

「…明日、迎えに行く」

「待ってます」


 二人に促され、渋々部屋を後にした。



 これ以上は、ルカスが殴り込みに来る気がした。




◇◇◇◇◇




「遅いです」

「……少しじゃねぇか」

「何か言いましたか」

「……悪かった」


 第一王子室に戻れば、明らかに不機嫌なルカスが、報告書を纏めていた。


「見つかったか」

「えぇ、三ヶ月前にフォスター家が養子として迎え入れたと」


 渡された書類に視線を移す。



 【エマ・フォスター】

 平民出身

 約三ヶ月前、フォスター子爵家に養子として迎えられる

 桃髪水眼

 光属性魔法を得意とする

 一週間後、王立学園に編入予定で------


「は、」

「どうかされましたか」



 どういうことだ…

 編入時期が違う

 1年後じゃねぇ、1週間…、

 どう考えたってバグが…


 …待てよ、



 前提として、ヒロインは、誰かプレイヤーが操作することによって、対象者を攻略していく。


 だが、此処は、現実世界だ。無機的な存在とは相反した、血が通う実像。彼女が、ヒロインとしてではなく、自己意思に従って行動していれば、ゲームは始まらない。


 それに、彼女が、無意識にシナリオに倣った言動をしたとして、結末は…?


 ヒロインは、常に選択肢に従い、行動する。オートモード…いや、重課金者だった姉が書き記していた“ 自称完全攻略ノート ”には、選択肢が出現しないルートなんて存在しなかった。


「殿下、大丈夫ですか」

「あ、あぁ…何でもない」


 予定が狂い、完全に何処かへ行っていた。いずれにせよ、確認する必要があるな。


「何故彼女を、?」

「王都へ行った際、平民で、光属性を有する者がいると噂されていた。それが事実ならば、利用しようと企てる貴族が現れると思ってな」



 “ 前世が、”なんて言える訳がない



 “ 何言ってんだ ”と冷めた視線を向けられるか、

 “ 公務で頭が… ”って心配されるか、同情されるだけだ。取り敢えず、憶えている範囲で整理するか。




◇◇◇◇◇





?side


「………待っててね、シオン様…」


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