隣国編

21.弱さ

S side


「人前では…辞めて下さいと言った筈で…」


 口をむっと尖らせ、瞳を逸らす。

 その初々しい仕草に、胸が高鳴った。


「レティが可愛くて、したくなっちゃった」

「なッ、///」


 不意を突かれ、驚く彼を引き寄せて、瞼にそっ、と口づける。



 …可愛いな、



 俺は、好きな子は、とことん甘やかしたいたちらしい。俺自身でさえ 知らなかった部分を、最愛レティシアに暴かれていくことに、愛しさが溢れる。


 周囲では、令嬢達が黄色い歓声を上げていた。


「皆を混乱させて、申し訳なかった。これより先は、私が保証する。存分に楽しんで欲しい」


 戸惑う生徒達に声を掛けた後、壁際で演奏を止めていた指揮に視線を送る。

 それを合図に、クラシックが、優雅に響き始めた。次第に、夜会は賑やかさを取り戻していった。


「レティ。俺と踊ってくれますか」

「ふふ、勿論です」


 重ねられた手をそっと握り締めて、フロアを移す。


 “ 氷の女神 ”と呼ばれ、毅然とした姿勢で、第一王子妃候補として 努力を惜しまない彼に、憧れを抱く者は少なくない。


 彼に愛されている優越感と、独占欲に支配されていく。



 ……どうか、俺にしか甘えない君でいて




◇◇◇◇◇




 ……終わったん、だよな



 ステップを踏む度に靡く、艶やかな黒髪と、神秘さを纏う紫眼。凜とした美しさに、周囲は釘付けだった。


 意図せず、視線を絡ませれば、ふっと表情を緩ませて、目尻が下げられる。その仕草が、幸せだと訴えているようで、途端に、目頭が熱くなった。



 ……何だかんだ、限界だったんだ



 前世では、平々凡々で、

誰かにとって、“ 特別 ”といえるような存在には、なれなかった。無論、家族で、だが。


 大抵が、友達と呼ぶには距離が遠くて、

 恋人いない歴=年齢。


 『そう言えば…、居たな』と忘れられている。その程度にしか思われていない存在。


 それに対して、シオン・アルフォンスは、どう考えたって“ 光 ”だろう。


 突然、前世と正反対な環境に囲まれ、第一王子として、全うすべき重責に追われ、愛しい存在を守る為に、翻弄することを余儀なくされた。


 無意識に、心に鞭を打っていたんだろう。緊張が解けた途端、ボロボロと感傷的になっていく。


 ゲームは終わった。



 これからは…、彼と幸せになる為に




◇◇◇◇◇




R side


 頃合いを見計らって、シオンを休憩室に連れ出した。


 それは、顔を歪めるような仕草を取った彼を心配してだった。


 何が、彼をそうさせたんだろうか。

 不安で、胸が締め付けられる。


「ッ……シ、オン?」


 扉が閉まると同時に、後ろから抱き締められる。その腕に、そっと触れると、抱き締める力は、より一層強くなった。


「どうかしたんですか」

「……レティが、傍にいてくれて…、それが嬉しくて…」


 途切れ途切れに紡がれた言葉に、愛しさが込み上げる。


 第一王子として、周囲から向けられる期待に、拉致監禁事件。彼を襲う負担は計り知れない。到底理解し難いことだ。


 けれど、いつだって言葉で、行動で伝えてくれた、支えてくれた…愛しい人。抱き締める腕を解いて、彼と向き合う。


「僕は、シオンが大好きです。愛してます。決して、傍を離れません」


 視線を逸らさないように、両頬をむぎゅっと掴んで口づける。


 僕からしたキスは、これが初めてだった。驚いていたが、すぐに顔を綻ばせて、



「…俺もレティから離れない。愛してる」



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