22.国母
S side
「孤児院、ですか?」
辺境を含む王領には、身寄りがない子供達が暮らす孤児院が、数ヶ所存在する。殆どが、王家によって管理されているが、出資額が多額な為、過去に、横領罪で摘発された施設は少なくない。それ故、適切な運営がなされているか、定期的に、視察を行うことになっている。
以前に比べれば、幾分かは、経営を安定させられている為、現在は、出生にかかわらず、夢を追いかけられるように、教育活動に力を入れている。
「良い機会かと思って」
王家に嫁ぐ者として、必然的に、多忙かつ神経質な環境下で過ごすことが、余儀なくされる。
それ故、彼が、心を休められる瞬間は少ない。視察という形だが、王都を離れることで、息抜きができれば、と考えた。
「行きたいです…!」
◇◇◇◇◇
R side
ガチャッ
馬車が停車して、扉が開く。
「はい、ッ」
サッと差し出された手に触れれば、優しく手を取ってくれる。所作一つにしたって“ 王子様 ”な彼に、胸を打たれていると、
「兄ちゃーん、ッ!!」
男の子が、手を大きく振って、パタパタと駆け寄ってくる。
「元気にしてたか、オリヴァー」
「うん!」
ポンッと頭を撫でられ、嬉しそうに頷く。
彼に続いて、馬車に気が付いた子供達が、歓声を上げて、走り出した。
「なまえ、かけるようになったよ!」
「クッキーやいた!たべて!」
「かけっこしようぜ!!」
「まほうみせて!」
思い思いに話す子供達に、圧倒されつつ、
心和む光景が、第一王子 シオン・アルフォンスが皆に愛され、慕われている証となっていた。
キャッキャ、と子供達に囲まれて、身動きが取れないでいると、
「こら、!走ってはいけません!此度は、お越しいただき、ありがとうございます」
「ご機嫌よう。此方は、婚約者のレティシア・ローレン公爵子息だ」
「レティシア・ローレンと申します。視察に同行させていただいています」
不快に思われ…てない、かな
どうしたって、性別は変えられない。
それ故、男という理由で、不快に思われ、婚約者として認められないことは、少なくなかった。胸が、チクッと痛む。
仕方ないか、と俯いたと同時に、ドンッと腰部に衝撃が走った。
「お姫さまだ!!」
「え…、?」
「王子さまとけっこんする人は、お姫さまなんだよ!!」
小さな腕で抱き締められ、キラキラとした眼差しを向けられる。可愛らしい姿に、気を取られていたが、
お、ひめ、さま…?
「兄ちゃんが、いっっつも “ おれは、お姫さまとけっこんするんだ ”って、こ〜んな顔で言ってんだ」
「なッ、///」
そう、得意気に言うと、顔をニヤけさせた。
「ばッ、内緒だって言っただろう…!!」
「にげろ〜!!」
「きゃあ〜!!」
少年を追いかける砕けた姿に、胸が高鳴る。
子供相手に、何を言ってんだが…、
「あらあら、」
見守っていたマダムに、ふふッ、と生温い視線を向けられて、ボッと頬が熱くなった。
「ん、?」
裾をくいッくいッと引かれ、視線を落とせば、にこにこと笑いかけられる。
「どうかしましたか」
「絵本読んで!!」
「良いですよ」
“ やったぁ!”と目を輝かせて、ぐいぐいと手を引いていく。子供らしい強引さに、無意識に口角が上がっていた。
◇◇◇
「公爵子息様、休憩なさっては、」
「ありがとうございます」
シオンが、施設責任者から報告を受けている間、子供達と戯れていた。おままごと、絵本、ボードゲーム、弟な僕にとっては新鮮で、休憩することを忘れて、夢中になっていたらしい。
“ 頂いた菓子を、皆で食べましょう ”という言葉に、わッと歓声が上がった。
◇◇◇
マダムと話しながら、子供達が、シュークリームを口いっぱいに頬張る姿を眺めていると、窓外を ぼーっと見つめている女の子に目がいった。
「あの子…、」
視線を辿れば、施設職員と話すシオンがいた。
ふわりと吹く風が、銀髪を掠う。風景と相俟って、御伽話を彷彿とさせる、幻想的な空間を創り出していた。
恍惚とした表情を浮べる少女に、すべてを悟った。
「ミアは、殿下が初恋なんです」
「それで…、」
幼いながらに失恋を知り、恋敵を前にしたとき…、 僕は逃げ出さずにいられるだろうか。
◇◇◇◇◇
「むらさき、ちょーだい!」
「はい、どうぞ」
休憩を終えて、絵を描き始めた子供達に、隣で色鉛筆、クレヨンを渡す。
俯いた姿勢に、前髪が目にかかって、視界を奪う為、少女は、顔を上げては、髪を耳にかけ直していた。
予算が限られている孤児院では、必然的に優劣がつく。運営費、食費、建設修理費など、生活に不可欠であれば、優先的に資金が費やされるが、玩具、整容などには、費用はかけられない。それが、現状を物語っていた。
「少し 宜しいでしょうか」
・
「わぁッ、凄い!!」
「可愛い〜!!」
「私にもやって!!」
「勿論です。順番に並んで下さいね」
三つ編み、編み込み、ツインテールと、次々に完成させれば、“ 見て見てッ!!”とぴょんぴょんと見せに行く。心が癒やされた。
「わ、……私、」
小さな声に気づき、振り向けば、ミアが恥ずかしそうに俯いていた。
「何にしますか」
ぱぁっと顔を明るくさせて、“ あれが良い、!!”と指差す姿に、思わず、笑みが
◇◇◇◇◇
「長居して すまなかった」
「いえ、子供達と遊んで下さり、ありがとうございました」
視察を終えたシオンが、迎えに来てくれた為、名残惜しいけれど、王都へ戻らなければならない。
馬車に乗り込む際、子供達が、見送りに、外に出てきてくれた。
「兄ちゃん、ばいばい!!」
「また来てね!」
「あぁ、またな」
子供達が、次々に声をかけてくれるなか、ミアが、パタパタと駆け寄ってくる。
「どうかされましたか…?」
「はい…ッ!」
そう言って、薄いピンク色をした花を差し出す。
「…くれるんですか、?」
「うん、!!」
「ッ…、ありがとうございます」
心が、じわっと温かくなった。
◇◇◇◇◇
S side
馬車に揺られ、帰路に立つ。
「ネリネか。花言葉は確か…、“ また会える日を楽しみに ” 」
ミアは、孤児院で暮らすなかで、人付き合いが苦手で、内気だ。周囲と交わらずに、一人で読書をしてることが多い。
彼女が、花言葉を知っていたかは、分からない。だが、内気な少女が、誰かを思い、行動に移したという事実が、嬉しかった。その誰かが、レティシアだということも。
「シオン、」
「ん、?」
「連れていってくれて、ありがとう」
夕日に照らされた横顔に、国母として愛されるであろう未来が重なった。
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