18.決意

S side



「やだ、ばかシオン」



 え…、どうしよ




◇◇◇◇◇




 コンコンッ


「失礼します。此方を」


 自室で、公務を片付けていると、ローレン公爵から俺宛に連絡が入った。



 公爵家に到着すれば、公爵に代わって、ルークが出迎えてくれた。


「弟は、私室で拗ねています。部屋には入れてくれないでしょう。強引に入って下さい」

「分かった。急な訪問で、申し訳ない」

「いえ。弟が落ち込む要因は、殿下しかあり得ませんし、貴方様が来ることを望んでいますから」


 弟に対して無関心だったルークが、彼を理解し、思っている。


 ゲームでは、証拠がないにもかかわらず、“ ヒロインが言った ”という理由で、弟を責め立て、断罪劇に加わっていたルークだが、今世は、証拠もなしに、弟を突き放す真似はしないと言い切れる。



◇◇◇



「レティシア、入って良いか」

「ダメです」


 ガチャッ


「レティ、」


 裏庭で、ヒロインと接触したことがバレた。


「やだ、ばかシオン」


 “ レティシアが拗ねている。どうにかしろ ”と連絡を受け、急遽 ローレン公爵家に。


 誰かが、裏庭で騒ぎが起き、そこに悪名高いエマ・フォスターと、第一王子殿下が居合わせた、と噂する声を聞いたんだろう。



 …チッ、…口止めしとくべきだった、



「レティ…」

「ばか…、ばかばか。僕、嫌だって言った」


 作戦とはいえ、近づく必要はあったか、彼女に対して、甘い言葉を与える意味はあったか、と御咎めを喰らう。


「事前に説明しておくべきだった」

「……、」


 薄暗い部屋の隅で、体育座りをして拗ねるレティシアを、膝の上に座るように促すが、ふるふると首を振られ、断られる。


 きっと、公務を放って訪れた俺に、我が儘だったと、迷惑をかけたと、自己嫌悪に陥って、素直になれない。


 唇を、ぐっと噛んでいるレティシアに、再度声をかける。


「おいで、レティシア」

「…………シオン…、グスッ」


 ふらつくレティシアを引き寄せ、抱き締めた。想いが伝わるように。


「ごめん。俺は、レティを泣かせてばっかだ…」

「僕が…、僕が弱いから…、」


 レティシアは、“ 男では次期王妃に相応しくない ”と言われ続けたことで、自己肯定感が低い。


 余計な心配をかけない為に、裏で動いたことが仇になった。



 …何してんだ、、俺



「僕が…ダメ、」

「レティ」

「…んッ」


 自己否定を続けようと必死だが、それを制するように口づけた。


「…シ、オン」

「レティは、俺が唯一好きになった子だ。それ以上、悪く言わないで」

「だって僕は…、」

「またキスするよ?あ、して欲しいんだ」


 揶揄うように覗き込むと、顔を真っ赤にさせて、


「…言わない。けど……、キスはして欲しい///」

「…ッ、//」


 何処まで好きにさせる気だ、

 可愛い

 可愛いが過ぎる、!


「…愛してるよ」




◇◇◇◇◇




R side


「裏庭で-----------」

「-------がエマ・フォスターに------」

「第一王子殿下が彼女を助け------」



 シオンが、どうして彼女を…、

 違う、何か意図が…理由がある筈、



 頭を鈍器で殴られたような衝撃に、思考が正常に動いてくれない。1%の不安が、確固とした信頼を蝕んでいく。




◇◇◇◇◇




「大丈夫…、大丈夫…」


 どういう経緯で帰宅して、部屋に入り、座り込んでいるかは分からない。


 ただ、不安に押し潰され、苦しかった。


「レティシア様。紅茶を淹れましたが、如何なさいますか」

「……ありがと、そこに、置いておいて」

「何かあれば、仰って下さい」


 カチッ、と食器が触れ合う音がした。


「…シオン…、」


 薄暗い空間に可視化された愛しい姿は、都合良く現れた幻想に過ぎない。


「………会いたい」


 刻々と、時間は過ぎていった。



◇◇◇



 コンコンッ


「レティシア、入って良いか」



 …ッ、…どうして



 間違えようがない声色に、じわぁっと涙が滲む。


「ダメです」


 だけど、気付かないフリをした。

 シオンは第一王子で、他と比べられない程に忙しくて…



 僕が足枷になっちゃいけな…、



 ガチャッ


「レティ、」

「やだ、ばかシオン」

「レティ…」

「ばか…、ばかばか。僕、嫌だって言った」



 黒い感情が、どっと溢れ出ていく。


 “ 来てくれて 嬉しい ”って素直に伝えられたら、少しは可愛いと思ってもらえただろうか。


「事前に説明しておくべきだった」

「……、」


 そこに、すべてを見透かす絶対的王者はいなかった。後悔に俯く姿に心が痛む。


「おいで、レティシア」


 優しい声に、瞳に囚われ、抑え込んでいた感情が溢れて、思考を奪っていく。



  抱きしめて欲しい

 撫でで欲しい

 甘やかして欲しい

 僕を…、僕だけを見て欲しい



「…………シオン…、グス」


 ぐいっと腕を引かれ、気づけば、抱き締められていた。涙で、視界が歪む。


「ごめん。俺はレティを泣かせてばっかだな」



 違う、謝らせたい訳じゃない

 僕が悪いんだ



「僕が…僕が弱いから…、」

「レティ」


 言葉を阻むように口づけられる。それ以上は言わせない、と言い聞かされているような気がした。


「…んッ。…シ、オン」


 頬をむぎゅっと掴まれ、目線を逸らせられない。


「レティは、俺が唯一好きになった子だ。それ以上、悪く言わないで」

「だって僕は…、」

「またキスするよ?あ、して欲しいんだ」


 完全に僕を揶揄って、そう言っていることが気に食わなくて、少しは素直になろうと思った。


「…言わない。けど……キスはして欲しい……」


 どうにか、伝えられた本音に、予想していなかった彼は、少し驚いていたけれど、嬉しそうに笑った。心が、キュンと鳴った。


「…愛してるよ」


 誰に何を言われようと、彼だけは譲らない。

 渡さない。


 もう二度と…、不安で心を見失わない。

 彼と生きていく為に。

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