14.ヒロイン

S side


 王立学園では、生徒限定だが、定期的に夜会が企画されている。

 殆どは、生徒会が抱える負担を軽減する為に、高等部で、準備が進められていた。


「綺麗だ、レティ」

「…ありがとうございます//」


 耳元につけられた髪飾りは、以前王都で購入した品だ。



◇◇◇



『……ぁ、』


 洒落しゃれた雑貨屋を通りかかった時、歩みを止めたレティシアが、じっとショーウィンドウを見入っていた。


 視線を辿れば、蒼い宝石が目を引く可憐なデザインに、パールが散らされ、清廉さを纏まとった髪飾りが飾られていた。


『気に入った?』

『うん、……綺麗』


 そっとこぼした声に、自然に身体が動いていた。



『…良いん、ですか』

『勿論。夜会で身に付けてくれると嬉しいな』

『ありがと…///』


 髪飾りを大切に抱え、微笑む。陽光ようこうに照らされた姿は、息を呑む程に美しかった。



◇◇◇



 装飾された蒼玉が、漆黒で纏められた姿に、華を添えている。

 少し崩れた黒髪を、そっと耳に掛けると、ぽわっと赤く染まった頬を隠すように俯く。初々しい姿に、思考が奪われそうになった。



 可愛い

 天使だな

 ………早急に連れて帰りたい



「シオン・アルフォンス第一王子殿下、並びにご婚約者 レティシア・ローレン公爵子息様」


 声高々に呼び上げられ、見失っていた思考を取り戻す。


 扉が開かれ、煌びやかな雰囲気に圧倒される。クラシック演奏が、ダンスに彩りを与え、会場は、主に舞台などで使用されている術式によって、壮大に演出されていた。


 名門とはいえ主催者は生徒。本来であれば、豪華絢爛な夜会を計画することは、不可能だろう。

 ……では、何故実現できたか。


 無論、乙女ゲームで必要不可欠だからである。




 【一瞬の永遠を、キミと 〜 聖なる魔法と恋人達ラバーズ 〜】では、ゲーム序盤でルート選択をする。


 【バルコニー】を選択すれば、

 第一王子:シオン・アルフォンス


 【化粧室】を選択すれば、

 側近:ルカス・トーリ


 【庭園】を選択すれば、

 護衛騎士:ディルク・オスト


 【壁際】を選択すれば、

 悪役令息の兄:ルーク・ローレン


 それによって、夜会以降は、個別にルートが解禁され、各対象者を攻略することが可能になる。


 前世では、姉がルカスを、妹がシオンを推していたらしく、各々クリアしては、リセットを繰り返していた。“ よく続けられるな ”と呆れていたが、今は、執拗に語り続けていた姉と妹に感謝しなければならない。……気に食わねぇけど。


「行こうか」

「はい」


 レティシアをエスコートしつつ、周囲を観察する。ヒロイン、エマ・フォスターがいる筈だ。


 “ キャァァ ”と歓声を上げる者、

 “ チッ… ”と怒りを露にする者、

 うっとりと魅せられる者


 尊敬、羨望、憎悪。【シオン・アルフォンス】に向けられる感情は、様々だ。


 第一王子という地位に、端正な容貌。恋情を抱かれることは、少なくない。それ故、好意を寄せる相手が、俺を好いているなどという理由で、一方的に苛立たれている。


 だが、前世は冴えない三軍男子。哀しい程に、青春モテとは無縁だった。どうか、物騒な事は考えず、穏便に事を済ませて欲しい。



 転生先が、完全無欠王子シオン・アルフォンスとか、知らなかったんだって



「…………ッ、!!」


 刹那、一際重い恋情を察した。


 視線を移せば、そこには、騒然とする子息令嬢に紛れて、熱視線を送る令嬢がいた。


 淡い桃髪に、水眼。見間違える筈がない。



 ……まじかよ、



 目が合い、頬を紅潮させる姿に、疑念が確信に変わる。


「大丈夫ですか」

「え、あ…大丈夫だよ」

「ですが…、」

「何でもないよ。心配してくれてありがとう」

「……何かあれば、すぐに仰って下さい」

「分かった、約束する」






 数分後、バルコニーに向かう彼女に気づき、ショックで、気を失いかけた。




◇◇◇◇◇




 ……妙だ、



 意図的ではあるが、此方が避け続けていれば、彼女と関わらずに済む筈だった。


 それが、夜会以降は、行く先々にエマ・フォスターが現れる。どう考えたって変だろう。


「シオン様ぁ」



「一緒に行って良いですかぁ」



「探しましたよ!!」



 無理

 無理だって、…んで居んだよッ!!




◇◇◇◇◇




「あぁぁぁぁッ!!!」

「殿下!!急に叫ばないで下さい!」

「あ、ごめん…」


 公務中、咄嗟に蘇った記憶をかき消す。


 隣で作業を進めていたルカスを驚かせ、叱責されたが、故意に驚かせようとした訳じゃない。不可抗力だ。


「レティシア様と喧嘩したんですか」

「いや、……なぁルカス」

「何でしょう」

「意図的に避けている相手と立て続けに出会でくわすことって…、普通はないよな」

「確率は低いでしょうね。相手が、故意に此方と遭遇しようとしていない限りは」

「相手が…、故意に…」


 脳裏をよぎった仮説に、背筋が凍る。

 

「事情は知りませんが、何かあれば仰って下さい」

「あぁ」



 ……転生…、んな訳ないよな

 考え過ぎか




◇◇◇◇◇




「どうして話してくれないんですかぁ」

「立場を弁えなさい」

「ふふ、ルカスってば嫉妬?」

「な、」



 ……考え過ぎじゃねぇな、これ



 ヒロインが、転生者だと仮定すれば、辻褄が合う。


 彼女が、シナリオに忠実ならば、俺は意図的に避けてさえいれば、出会わない。だが、内容を知っていれば、攻略しようとする。……脳内花畑であれば。


 無意識に、一世界に転生者は一人だと決めつけていた。


「聞いてますかぁ」


 語尾に♡を付けたような媚びた声に、嫌気が差す。


 彼女は、第一王子 シオン・アルフォンスが婚約者を捨て、ヒロイン…要は、自分を選ぶと信じて疑わない。

 当然だ。彼女にとって、この世界はゲームなんだから。


「フォスター子爵令嬢、」

「はいッ」

「通してくれないか」

「え…、」


 過剰な期待を抱いていた彼女には、想定外だろう。


 ヒロイン至上主義な世界に、自分を嫌う攻略対象はいない。必要ない。誰もが自分に愛を乞う。彼女が望む世界は、そういう世界だ。


「行くぞ」


 呆然と立ち尽くすヒロインを放って、先を急いだ。




◇◇◇◇◇











「……許さないんだから」



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