失意の中で(2)

 このかに呼び出されて、リーベがやってきた。

 ふよふよと猫のぬいぐるみが浮かぶ姿は、とても面白い。

 まあ、このかを巻き込んだ張本人だと思うと、あまり好きにはなれないのだが。

 以前はそこまで気にしていなかったのにな。状況が悪くなっただけでこれか。


「樹、何の用だい?」


「いや、特に用と言うほどではないのだがな。このかが危険そうなら、どうにか逃がしてもらえないか」


「ダメだよ! わたしが負けるような状況なら、この街にいる樹くんも危ないんだから!」


「実際のところ、特別な力で逃がすことはできないよ。このか自身の力でどうにかするしかない」


 なら、結局このかは危険な戦いを続けるわけか。どうにか、最低限の安全を確保できればと思ったのだが。難しいな。

 だが、ないものねだりをしても仕方がない。何か、このかの力になれるような。そうだ、魔法少女の力は、何かで増やせないのか?


「例えば、魔法少女の力が増える条件があったりしないのか?」


「命を捧げるのは、絶対にダメだからね! 樹くんが生きてくれなきゃ、何のために戦っているのか分からないよ!」


 もちろん、俺だって命を捨てる気はない。このかと一緒に生きていきたいからな。

 それに、ただ腕を折っただけで、とても悲しんでいたのだから。俺が死んだら、もっと嘆くだろう。容易に想像がつく。


「当たり前だ。俺だって死にたいわけじゃない。ゲドーユニオンと戦ったのだって、死ぬと思ってなかったからだからな。バカなことだが」


「樹くんが無事なのは、奇跡なんだからね。絶対、もう危ないことはしないでね」


「同感だね。ゲドーユニオンの脅威は、思い知っただろう? 無茶な真似はしないことだよ」


「ああ、分かっている。自分の限界は、もうわきまえたつもりだ」


 実際のところ、ゲドーイエローより強い相手ならば、俺は何もできないだろう。

 それなのに協力しようとすれば、ただ邪魔をしているだけなのだから。

 このかの安全が、最も大切なことなのだから。それを優先するべきだよな。

 そもそも、このか以外がブロッサムドロップだったのなら、気にもしていなかっただろうが。


 どうして、このかだったのだろうな。そうじゃなければ、お互い傷つくこともなかっただろうに。

 今さらではあるが、改めて考えてしまう。過去に戻れない以上、どうにもならないのだが。


「本当に、樹くんが無事で良かった。ゲドーイエローに攻撃された時は、頭が真っ白になったから」


 それほど、このかを傷つけていたということ。今の段階でも、しっかりと理解できていなかったのだな。

 何度でも何度でも、俺の愚かさを思い知らされる。このかを守っているつもりで、傷つける。それが愚かでないはず無いのだが。


「話を戻すけれど、魔法少女の力を増すために必要なのは、感情だ。樹。キミは、どうやってこのかの感情に触れる?」


 感情。それは、怒りでもなのだろうな。ゲドーイエローの時の、黒いリボンも。

 あの攻撃によって、敵はボロボロになっていた。それほどに、強い怒りだったのだろう。

 つまり、このかは俺をよほど大事に考えてくれていた。今の状況で不謹慎ではあるが、嬉しさもあるな。


 とはいえ、どうすれば良いのだろう。このかの感情に触れる言葉や行動。

 このかは俺に好意を持ってくれているだろう。だからといって、良いものが思い浮かばない。

 流石に、キスは論外だろうからな。いくら好かれていても、いきなりだとおかしい。


 単純な言葉だと、効果が薄そうな気がするからな。大きな感情がほしいのだから。

 そうなると、本当に難しい。告白でもすれば、意味はあるか?

 いくらなんでも、打算で告白するのは問題な気がする。このかにも、きっと気付かれるだろう。


 それでも、何か言いたい。行動でも良い。せめて、ほんの少しでも力になれたのなら。

 俺の心の中に、どんなものがある? このかが好きなのは間違いない。それだけで、足りるだろうか。恋かも愛かも分からない、今の感情を伝えるだけで。

 そもそも、どんな行動をすれば良いのだろうか。何を言えば良いのだろうか。思い浮かばない。


 俺のこのかへの感情は、とにかく好きだというだけ。守りたいというのもあったが、今では無理だ。

 そうなると、好きと伝える? でも、どんな好きかまで表現しなくて良いのか?

 悩ましいが、何もしないよりマシだと信じたい。いや、ゲドーユニオンに挑むくらいなら、何もしないほうが正解だった。


 今のまま、このかのことを信じていれば良いのか。なにか、思いを伝える行動をすれば良いのか。

 言葉が思い浮かばないのなら、なにか行動。例えば、手をつなぐとかどうだ? これまで、あまり経験がない気がする。

 効果の程がどれなのかは分からない。それでも、少しでも、思いが伝わったのなら。


「このか、手をつながないか?」


「うん、嬉しいよ。だけど、どうして? なんてね。話は聞こえているんだから」


 正直に言って、すごく恥ずかしい。この持ちかけ方で良かったのか? もうちょっと、うまい流れがあったんじゃないか?

 そんな考えもあるけれど、行動してしまったからには仕方ない。もう、戻れない。

 いや、そんな大げさな話でもないんだがな。手をつなぐだけだ。


 このかに右手を差し出すと、相手の方からつないできた。

 小さくて、柔らかくて、暖かい手。いかにも女の子という感じで、この手に色々なものが乗っかっているのだと思うと、悲しくなった。

 本当なら、もっと学生生活を楽しんでいられただろうに。


 このかの方を見ると、こちらに向けて微笑んだ。そして、俺の手を頬の方へと持っていく。

 とても幸せそうにしていて、思わず見とれそうになった。吸い込まれそうな感覚があったんだ。

 やはり、このかは可愛いよな。まあ、身内びいきみたいな気持ちはあるかもしれないが。

 とにかく、いつでもどこでも一緒に居たからな。相応の情はある。


「樹くんの手、あったかいね。また、こんな時間を作りたいな」


「いつでも、何度でも、構わない。お前が望む限りは、絶対に」


「約束だよ。ウソだったら、わたしはおかしくなっちゃうかも」


「それは嫌だな。このかが苦しむ姿は、もう見たくない」


 実際、2回も泣かせているからな。

 ゲドーレッドの時、ガベージにボコボコにされて。

 次は、ゲドーイエローの技でボロボロになって。

 どちらも、俺を心配して泣いていたんだ。もっと早く、理解できていたのならな。

 いや、無理か。俺は、得体のしれない自信を持っていたからな。自分でも、何かができるという。


「わたしだって、樹くんがケガする姿なんて、二度と見たくないよ」


「ああ、気をつけるよ。これから、ちゃんと身の程をわきまえるから」


 手痛い出費ではあったが、命があるし後遺症もない。問題はあるが、最悪ではない。取り戻せる範囲だ。

 それでも、苦しさはあるのだがな。仕方のないことだ。無力で愚かだったのが悪い。

 結局のところ、今の行為だって、大した意味はないのだろう。このかの力になるという意味では。

 俺としては、このかとの日常の大切さを感じる機会ではあった。死んでいたら、もう過ごせなかった時間の。


「樹くんが無事なら、何でも良いんだけどね」


「ボクとしては、このかは分かりやすいね。樹の安全が、何より大切らしい」


 それなら、俺の行動は。このかの何より大切なものを傷つける行為。

 だとしたら、俺はどれほどこのかの感情を軽んじていたのだろう。

 結局のところ、自分の感性がすべてだと思っていたのだろうな。バカバカしい。


「それなら、ちゃんと安全なところにいる。それで、いいだろう?」


「うん。樹くん、ずっと一緒にいようね」


 このかの感情に、何か影響を与えることができただろうか。

 いずれにせよ、いま以上の行動は難しい。自分の発想の貧困さが嫌になるな。

 だが、どうしようもないことだ。休んでいる間、何か考えることはできるが。

 以前はゲドーユニオンに対抗する手段を探っていた。今度は、このかの感情により良い影響を与える手段を探すだけだ。


 それから、このか達は去っていき、俺はひとり残された。

 ひとりになると、改めて悔しさが湧き上がってくる。歯を食いしばりながら、我慢していたが。

 当然のことだが、俺は戦えない。それだけのことが、重くのしかかってくる。

 このかが好きだからこそ、危ない戦いからは離れてほしかったのに。むしろ送り出したような形になっている。


 今の体では、なにかに八つ当たりすることすらできない。

 だから、頑張って考えをそらそうとした。このかの感情を、どうにかする手段なんかに。

 このかは、俺を大事に考えてくれている。それは確かだ。

 だからといって、全く頼られていない。そんな考えが浮かんだ。

 俺はネガティブばかりだな。自覚して、思わず笑ってしまう。


 結局、もやもやした思考ばかりを思い浮かべて、その日は終わった。

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