つながる命(3)

 樹くんの命を取り戻すために、わたし達は命と心を繋げていく。

 これまでの思い出を振り返っていきながら、感じていた想いも伝わるように。


 樹くんが、わたしをからかう男の子たちを、先生に止めさせたこと。

 プールで足がつったわたしを、すぐに助け出してくれたこと。

 ナンパから助けてくれて、樹くんが殴られた時のこと。

 樹くんを追いかけて転んだ時に、助け起こして寄り添ってくれていたこと。


 どれもどれも大切な思い出で、幸福の象徴だったんだよ。

 樹くんが大好きだって想いを作っていった、素晴らしい過去。

 どうしても忘れられない、強い強い幸せだから。


 それらの思い出を注ぎ込んでいくと、樹くんの反応があったんだ。だから、全力で声をかけていく。

 わたしのところに戻ってきてほしいって。わたしと繋がり合ってほしいって。


「樹くん、起きて! 死んじゃ嫌だよ!」


 樹くんが死ぬのなら、わたしも死ぬよ。もう、決めたよ。

 死んだって感じただけで、何もかもが無意味に思えたんだから。

 なら、生きていたって仕方がないよ。当たり前の考えだよね。


「頑張って! わたしもずっと傍に居るから! 諦めないで!」


 全力で想いを込めた言葉を伝えると、樹くんの目が開いていった。

 つまり、成功したってこと。喜びにあふれそうで、冷静さを失いそうだった。

 これまで感じていなかった、樹くんの生を感じて。

 すべての感情がよみがえってくるかのように思えたんだ。

 なんというか、輝いて世界が見えるような。つまり、さっきまでは真っ暗だったんだろうな。


 まあ、当たり前だよね。わたしのすべてを失うところだったんだから。

 感情がなくなるなんて、小さいというか、最低限のこと。

 わたしの生きる理由も、楽しみも、何もかもが樹くんでできているんだから。


 完全に樹くんが目覚めた瞬間、わたしは頭の中で何かが弾けたような気がした。

 なんだろう。嬉しさの仲間なんだろうけど、今まで感じたことがないくらいのものだった。

 まあ、最高の気分なのは当然。だって、さっきまで絶望のふちに居たんだから。それが消えたら、嬉しいに決まっているよね。


「樹くん! 良かった。命を捧げたって聞いて、ビックリしたんだよ」


 ビックリしたなんてものじゃなかったよ。死ぬことすら思い浮かばないくらい、頭が真っ白になったんだから。

 もう二度と、味わいたくない感情だよ。まあ、物理的にありえないんだけどね。

 だって、樹くんが死んだら、わたしも一緒に死ぬんだから。命を分け合うって、そういうこと。

 幸せなことだよね。樹くんがいない世界を生きなくていいなんて。


「そのはずだったのにな。なぜ生きているのやら」


 のんきな風に言っていて、ちょっとどころじゃなく怒っちゃった。

 わたしが、どんなに苦しかったのか。全く理解されていないんだなって。


「なぜ生きているのやら、じゃないよ! 樹くんが死んだのなら、生きる意味なんて無いって言ったのに!」


 思わず声を荒らげてしまったけれど、反省なんてする気はない。

 だって、そうでもしないと分かってもらえそうになかったから。

 わたしが感じた苦しみも、悲しさも、無力感も、虚無感も。

 ぜんぶ伝わらないにしろ、それでも少しは理解してほしかったんだ。

 樹くんをどれほど大事に思っているのか。その想いを。


「悪い。でも、お前が死ぬ未来に、耐えられそうになかったんだ」


 樹くんだって、わたしを大切に思ってくれている。それは嬉しいけれど。

 だからといって代わりに死なれることが、どれほどつらかったか。

 達成感も喜びも全て消え去ったあの感覚は、きっと届かないんだろうな。

 でも、仕方のないことかもしれないね。好きだって想いを、ハッキリ伝えてこなかったから。


「分かるよ。分かるけど! でも、もっと他にあったかもしれないよね!」


「すまない。俺には、何も思い浮かばなかった」


 そう言われて、私も代案がないことは分かった。

 だけど、それでも納得できることではないよ。樹くんが死んで、納得することなんて絶対に無理だけど。

 理由がなんであったって、同じだよね。事故でも、事件でも、病気でも。


「それは……わたしもそうだけど……」


「ところで、どうして俺は生きているんだ? 何か知っているのか?」


 せっかくだから、教えてあげるね。わたしがどれくらい、樹くんのために捧げたのか。

 つまり、どれくらい樹くんを大切に思っていたのかってことを。

 命を分け合えるくらいの関係が、ただの幼馴染なわけないよね?


「簡単だよ。わたしと樹くんで命を共有したから。これで、一心同体だね」


「つまり、俺が死ねば……」


 そうだよ。だから、自分の命を大切にしてよね。

 もしかしたら、樹くんが傷ついたらわたしも傷つくかもしれないんだからね。

 命を捧げるくらい、わたしを大事に思っているんだもん。

 だったら、わたしに危険が及ぶことはできないよね? 信じてるよ、樹くん。


「そういうことだよ。だから、樹くんは、もう無茶しないよね?」


 無茶したら、絶対に許さないんだからね。

 べつに、わたしの命がどうこうじゃない。樹くんが死ぬなんてこと、ダメだから。

 樹くんが傷ついたら、私も悲しいんだよ。大好きなんて言葉じゃ足りないくらい、好きなんだから。


「当たり前だ。このかを死なせる訳にはいかないからな」


 そのために、命まで捧げるくらいだもんね。でも、わたしも同じ気持ちなんだよ。

 樹くんを死なせないためなら、死んだって良い。お互い様ではあるけれど。でも、もうふたりは繋がっているんだから。


「なら、初めから言っておけば良かったかもね。樹くんが死ねばわたしも死ぬって。樹くんのいない人生なんて、生きる価値はないって」


 わたしの、心からの本音だよ。もともと分かっていたけれど。樹くんが倒れていた時、より強く感じたんだ。

 だから、今の状況はとても嬉しいんだ。樹くんが死んだ後、生きなくて良い事実は。


「ごめんな、このか。俺がいなくても、幸せになってくれたら良いと思っていたんだよ」


 樹くんは、わたしと命を共有したことに、罪悪感を持っているみたい。見れば分かる。

 でも、何も心配しなくて良いんだよ。樹くんとわたしの命が繋がっていること、とても幸せなんだ。

 樹くんがわたしの一部で、わたしが樹くんの一部。どんな恋人や夫婦より、深く混ざり合っているんだから。


「樹くんがいなくちゃ、わたしは幸せになれない。ねえ、今だから言えるけど。大好きだよ」


 ゲドーユニオンが倒れた今だからこそ、だね。

 わたしは、樹くんと結ばれて満足する訳にはいかなかった。その幸せが、闘志を奪ってしまう気がしたから。

 だけど、今はどれだけ弱くなったって良い。ただの人になんて、わたしは負けないから。


「俺だって、大好きだ。恋しているし、愛している。お前の幸せだけが、俺の幸せなんだ」


 樹くんの言葉を聞いて、何か上り詰めたような感覚があった。

 わたしの望みが叶ったんだから、当たり前ではあるけれど。

 でも、これまで感じたことがないくらいの幸福かもね。ちょっと、おかしくなっちゃいそうなくらい。


「嬉しい……! わたしも、同じ気持ちだよ。樹くんが居てくれる時間だけが、わたしの幸せなんだ」


「なら、俺達はずっと幸福で居られるだろうな。お互いに、ずっと一緒にいられるんだから」


 つまり、樹くんもわたしと一緒なら幸せって言ってくれているんだ。

 両思いだから、当然のことではあるけれど。でも、嬉しいよ。心の奥がポカポカするくらい。


「そうだね。どんな未来でも、絶対に幸せだよ。樹くんは、わたしから離れないからね」


 そう言って、樹くんに抱きついた。相手の方からも抱き返してくれて、頭がボーッとしちゃった。

 樹くんのたくましさ、力強さ、そして優しさ。いろいろと伝わってくる抱きしめ方で、幸せでいっぱいだよ。

 やっぱり、樹くんの何を感じても、わたしは良い気分になれるんだ。それがよく分かったよ。


「これから、大変なこともあるだろうな。命の共有なんて、何が起こるか分からないのだし」


「そうかもね。でも、きっと大丈夫だよ。わたしと樹くんなら、どんな試練だって乗り越えられるはずだよ」


 絶対に、間違いのないことだよ。ふたりなら、何だってできるんだ。樹くんが、そばに居てくれるなら。

 命で繋がっているふたりなんだから。いや、そうじゃなくても最高のふたりなんだから。


「このか、これから先も、よろしくな」


「もちろんだよ。これから先も、ずっと、永遠に、よろしくね」


「ああ、そうだな。どんな未来でだって、ずっと一緒だ」


 最高の言葉だよ。これから先ずっと、樹くんと一緒。それだけで、絶対に幸せだから。

 樹くんが、わたしに恋してくれた。愛してくれた。その喜びは、永遠に消えないから。


「ふふっ。嬉しいな。樹くんとずっと一緒なのは。昔から、樹くんとは結ばれたかったから。いずれ結婚して、子供も作って、孫にも囲まれようね」


 きっと、わたし達の子供は可愛いんだろうな。樹くんに似ていたら、絶対に優しいよ。

 わたしに似ていたら、どうなんだろう。でも、樹くんが可愛がるに決まっているよね。なにせ、樹くんはわたしが好きなんだから。


「ああ、そんな未来が訪れたら良いな」


 わたしも、待ち望んでいる未来だよ。樹くんと同じ未来を夢見る幸せも良いけれど、おなじ幸福を共有するのもきっと最高だから。

 どっちにせよ、わたし達ふたりなら、無限に幸せになれるよね。それは決まりきったことだよ。


「違うよ。わたし達の手で、望む未来を作るんだよ。樹くんとなら、どんなことだってできるから」


「ふたりで、いい人生を過ごそうな。俺達なら、できるはずだ」


 うん。樹くんがいてくれる限り、わたしは無敵だから。つながっている命を感じる限り、世界で一番だから。

 いい人生になるなんてこと、確定した未来なんだよ。樹くんがいるのなら。


「そうだね。絶対に、離れない。そんなふたりになろうね」


 絶対に、壊れない。何があっても、達成される。そんな約束をしたんだ。

 ねえ、樹くん。これまでの戦いで、苦しいことも悲しいこともあったよ。

 だけど、それらの不幸を塗りつぶすくらい、大きな幸せを作ろうね。

 わたし達ふたりなら、お互いに幸福を分け与えられるから。悲しみもふたつにできるから。


 出会ってくれてありがとう。一緒に居てくれてありがとう。わたし、いま、幸せだよ。

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戦える魔法少女このかちゃんと戦えない樹くんの共依存スパイラル marica @marica284

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