心に至る凍え(3)

 新しい決意を固めて、その次の日。

 樹くんの通っている病院にガベージが襲いかかったってリーベに言われた。

 すぐに、頭が沸騰したような感覚があったよ。

 樹くんが傷つく可能性があるのなら、絶対に許さない。

 どんな手を使っても、何を犠牲にしても、殺し尽くしてやる。そう決めていた。


 全力で病院に向かって、すぐに戦いの準備を終える。


「前を向いて生きようとする人々の邪魔をすることは、このブロッサムドロップが許しません!」


 なんて言いながら、頭の中には樹くんのことしか無かったんだよね。

 人々の存在なんてどうでも良くて、ただ樹くんを傷つけようとする存在が許せなかっただけ。

 こんな感情が知られたら、樹くんには嫌われちゃうかもね。だから、頑張って隠すよ。


 あたりにうろつくガベージ達を素早く始末して、様子を見る。

 どうせ、四天王とやらが出てくるだろうからね。今までの流れで、簡単に想像できる。

 何者が相手だろうと、さっさと片付けるだけ。それだけでいいんだよ。


 それから現れたのは、緑色の怪人。もう見慣れたものだよね。

 正直、どんな能力をしてようが知ったことではないよ。すぐに殺すから。


「オイラはゲドーグリーン。この病院は、ゲドーユニオンが破壊するよー!」


 つまり、樹くんのいる場所に被害を出すってこと。

 そこまで考えがおよんだ時、ゲドーイエローに傷つけられた樹くんの姿が思い浮かんだ。

 あの時と同じようにしようだなんて、死んでも許されない罪だ。

 わたしの中で、強い怒りが吹き上がってくる。殺意だけで心が埋まりそうなくらい。


「そんな事、許しません!」


 ゲドーイエローの時と同じ力が使えると、心で理解できたよ。

 そして、すぐに黒くなったリボンを敵に放つ。

 ゲドーグリーンを包み込んだ後、全力で痛めつけていったんだ。

 全身がボロボロになっていたけれど、当然の報いだよね。

 樹くんを傷つけるなんて罪、どんな地獄を感じようとも許されないよ。


 なんだか悲鳴も聞こえた気がしたけど、どうでもいいかな。

 樹くんは、わたしを心配そうに見ているけれど。

 その気持ちは嬉しいけれど、でも気にしてないんだよね。

 ただ、私が他人をどうでもいいと思っている事実が、樹くんに知られちゃったら。

 もし嫌われたら耐えられないし、不信感を抱かれるだけでもつらいよ。


 樹くんに、人の命をなんとも思ってない人だって見られたら、耐えられない。

 だって、いつでも素敵な存在だと思ってほしいから。

 頼りにならないって思われるのは、仕方なくはあるけれど。

 可愛くないって思われたら、もうおしまいだよ。


「ブラック様、ごめん。ブロッサムドロップには、勝てなかったよ……」


 残りは、ゲドーブラックだけなのだろうね。四天王をすべて倒したんだから。

 何が何でも皆殺しにして、樹くんと穏やかな日々を過ごす。それだけでいい。

 ゲドーユニオンなんて、1人だってこの世に残っていなくて良いんだよ。

 何者かだって、どんな目的があるのかだって興味なんて無い。

 とにかく、わたし達が幸せになるのに邪魔なんだ。それだけで、万死に値するんだよ。


「ゲドーユニオンの悪逆は、私が打ち砕きます」


 生きている事自体が、悪なんだよね。わたしが樹くんとの時間を奪われるんだから。

 だから、必ず葬り去ってあげるね。樹くんとわたしの幸福のために。

 わたし達が結びつくための土台になれるんだから、光栄に思ってほしいな。


 なんだか、樹くんが心配そうな目で見てきている。

 やっぱり、わたしは頼りないのかな。それとも、恐れられちゃったのだろうか。

 どちらにせよ、樹くんの心が離れるのなら、わたしはすべてを失ってしまう。

 その恐怖は、背筋に氷を当てられた時以上の寒気を運んできたんだ。


 結局、樹くんが検査の結果を受け取るのにはついていかず、ひとりで帰ることにした。

 それから、ひとりで今日を振り返っていると、ある考えが思い浮かんだんだ。

 内容は、これから先の未来で樹くんと元の関係に戻れるのかなってこと。

 ふと浮かんだだけなのに、今日感じた強い寒気を、はるかに上回る凍えがやってきた。

 日本から出たことはないけれど、北極や南極はこんな感じなのかなって。


 とにかく怖くて、逃げ出せる場所があるのなら逃げていたよ。

 樹くんと、これから先の関係が結べない。そんな可能性は想像だってしたくないのに。

 だけど、具体的なイメージが浮かんでしまった。

 ちょっとギクシャクしたまま、だんだん遠ざかってしまうような光景が。


 ふと気づくと手のひらに水のような感触があって。

 涙を流したのだと、後から理解できたんだ。

 当たり前のことではあるよね。樹くんを失う可能性が思い浮かんだら、泣いてしまうなんてことは。


 でも、これ以上考えたらダメだ。ゲドーブラックを倒すために、立ち上がれなくなってしまうよ。

 だから、今はこの気持ちにフタをしよう。これからの日々に、希望があると信じて。

 樹くんと結ばれるために、その先の未来を幸せに過ごすために。

 それだけが、わたしの力になってくれるから。


 ねえ、樹くん。お願いだよ。

 たとえふたりの関係が変わったとしても、ずっと好きでいてよ。

 そうじゃないと、わたしは生きていられないんだ。

 わたしが感じる幸せは、ぜんぶ樹くんでできているんだから。


 いま、隣に樹くんがいてくれたのならな。きっと、涙だってこらえられたのに。

 ずっとそばに居てよ。温めてよ。それだけで、生きていけるから。どれだけでも強くなれるから。

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