願いの果て(1)

 このかの最後の戦いが近づく足音が聞こえるような気がする。

 だが、俺にできることはなにも無いだろう。本当に、腹立たしい。胃の奥に、ドロドロとしたものがたまるような感覚がある。

 このかは強くなった。知ってはいるが、何もできないのは苦しい。変わりのない事実だ。


 そもそも、このかの力の根源は負の感情。つまり、それだけ傷ついているという証なんだ。

 もしかしたら、いずれ憎悪に飲み込まれてしまうかもしれない。そんな不安すらある。

 諦めると約束したが、手段があるのなら、俺は手を伸ばすだろうな。


 まあ、現実には何も手がない。それは変わらないだろう。

 だから、なんとかして、このかには楽に勝ってほしい。

 そうであるのならば、俺は安心して見守ることができるのだから。

 ゲドーブラックも、グリーンのように簡単に倒されてくれればな。そう思う。


 相手はゲドーユニオンの首領だろうと思える。相応に強いのだろうという気はするが。

 だからこそ、役に立つ手段など無いのだろうな。ゲドーイエローは、四天王でしかなかった。それでも、何も通じなかったのだから。

 つまり、このかが勝てない場合、ただ見ていることしかできない。

 どうすれば良いのだろうな。いや、何もできないが正解なのだが。我慢するしか無いのだが。


 悔しくて仕方がない。力を手に入れる手段があるのなら、手を汚してしまいそうなほどに。

 だが、手段を選ばなければ、俺はこのかの隣にいられない。人々を真剣に案じる人なのだから。

 つまり、八方塞がりということだ。どうしようもないな。


 最後の手段として、命を捧げるという方法はある。

 だけど、このかはきっと泣くだろう。それを思えば、簡単に取れる選択ではない。

 俺の望みは、このかが笑っている未来なのだから。


 いくらなんでも、このかが俺を大切に思ってくれていることくらいわかる。

 だから、自己犠牲は避けるべき選択のはずだ。もっと早く、理解できていれば良かったのだがな。

 このかのためと言いながら、結局は自己満足で行動していたころの俺が。

 そうすれば、俺のせいでこのかが傷つくなんていう、最低の状況を味わわなくて済んだのに。


 なんだかんだと言いながら、俺は何も満足できていないし、納得もできていないのだろう。

 このかに任せるしかないと、理屈では分かっているはずなのだが。

 だって、俺にできることは、足を引っ張ることだけなのだから。

 どうしようもないと分かっていても、何かがしたい。だけど、無理なんだ。


 ゲドーブラックが倒されるまで我慢すれば、それでいい話のはず。

 なのに、どうしても耐えきれる気がしない。

 俺は、このかの助けになりたかった。力になりたかった。それだけだったのに。叶うことはない。


 ひとりで考えはまとまらなくて、次の日はこのかの家にいた。

 なにか、話していたら気がまぎれるんじゃないかと考えた結果だ。

 俺が向かうと、このかは笑顔で出迎えてくれた。相変わらず可愛らしくて、いつまでも見たくなる顔だ。

 もしかしたら、この先見られなくなるかもしれない顔でもある。だから、しっかりと目に焼き付けた。


「樹くん、いらっしゃい。わたしに会いにきてくれたの? 嬉しいな」


 なんて言いながら微笑む姿は、とても心を落ち着かせてくれる。

 同時に、今みたいな顔が似合っているのにという考えも浮かんだ。

 戦っている時の厳しそうな表情も、俺が傷ついた時の悲しい顔も、もう見たくはない。


「そうだな。お前の顔を見たら、何か気持ちが落ち着く気がするんだ」


「ねえ、それって……ううん、なんでもない。いつでも、会いにきてくれていいからね」


 なにか、引っかかる所でもあっただろうか。このかは、俺にとっては日常の象徴。

 だから、顔を見たら嬉しくなるのは当然のことだと思う。

 それに、このかのことは大好きだからな。むしろ、良い気分にならない方がおかしい。


「このかが歓迎してくれる限り、こまめに会いに来るよ」


「ありがとう。樹くんが会いにきてくれるなら、わたしも元気をもらえるんだ」


 単純な言葉ではあるが、胸が高鳴る様な気がする。

 やはり、このかに少しでも良い影響を与えられているのなら、それは嬉しいよな。

 俺は、このかの力になりたい。なりたかった。それは、確かな事実なのだから。


 せめて、ゲドーユニオンの事件が終わった先で、このかを支えていけたのなら。それ以上はないよな。

 もう、俺が戦いに関わることは、無意味だと知っている。それでも、このかの笑顔を作りたいんだ。


「なら、何度でも会いにこないとな。このかが元気になってくれるのなら、生きている価値がある」


「樹くんは、ただ樹くんでいるだけで価値があるんだよ。少なくとも、わたしにとってはね」


 このかの表情は柔らかくて温かいものだから、きっと本音のはずだ。

 だからこそ、ただ生きるだけの人生ではダメなんだ。

 俺を大切に感じてくれるこのかが、もっと良い人生だと思えるように。それこそが、俺の人生の意味なのだから。


「このかだって、ただ生きているだけで、それだけで最高なんだ。忘れないでくれよ」


「樹くんには、ずっと助けられるだけだったのにね」


 そうだとしても、このかの存在が俺の幸せだった。

 間違いなく、このか自身が魅力的だったから、助けたいと思ったはずなんだ。

 だから、今のこのかの暗い顔は、見ていたくない。幸せな顔だけ、見ていたいんだ。

 それでも、俺がこのかを笑顔にする手段が思いつかない。これまでなら、すぐに分かったのにな。

 ゲドーユニオンが現れてから、歯車が狂い続けている気がする。悔しいな。目の前の望みに手が届かないのは。


「そんなことはない。このかが居ることで、俺だって元気をもらっていたんだ」


「ありがとう。だけどね。わたしは樹くんに恩返しがしたいんだ。だから、頑張るよ」


 両手の拳を胸の前で握るこのかは、とてもやる気にあふれて見える。

 おそらくは、ゲドーユニオンとの戦いなのだろうな。恩返しなんかで命をかけさせて、情けない限りだ。

 俺は、このかが幸せでいてくれれば、それだけで良かったのにな。


「絶対に無事で居てくれよ。このかが居ない未来には、何の価値もないんだから」


「お互い様だね。わたしだって、樹くんの居ない未来に意味はないって思っているよ」


 強い目をしているから、本気なのかもしれない。

 お互いに同じことを思っているのなら、どちらかしか助からない時に、どうすれば良いのだろう。

 間違いなく、俺はこのかが無事でいられる方を選ぶだろうが。

 だって、このかが死んだ先でまで、生きていたくないのだから。


「なら、お互いに頑張って生きないとな」


「そうだね。ふたり一緒なら、どんな未来でだって幸せなはずだから」


 俺だって、同じことを考えている。

 だからこそ、このかの力になれないことが悔しくて仕方がない。

 どちらかひとりが、ただ助けるだけの関係。そんなものは理想から程遠いのだから。

 俺は、このかに守られるだけの存在だ。その事実が、震えそうなくらいに絶望的なんだ。


「ゲドーユニオンが倒されたら、ふたりでゆっくりしたいよな」


「わたしは、樹くんに言いたいことがあるんだ。まだ、伝えられないけれど」


 このかは頬を染めている。つまりは。

 いつかの勘違いが、現実になる日が来たのかもしれない。それは、楽しみどころじゃないな。にやけてしまいそうなくらいだ。

 俺だって、このかと付き合えるのなら、嬉しいどころじゃない。間違いなく、幸福の絶頂に至れるだろう。


「なら、俺だって言いたいことがある。ただひとり、このかだけに」


「ふふ、楽しみだね。だから、全力で頑張るね。わたしにとっては、待ち遠しい瞬間だから」


 そのためには、ゲドーブラックを倒さなければならない。

 このかの力は、通じるのだろうか。分からない。だが、俺には何もできないんだよな。

 力になれる手段があるのなら、なんだって実行してしまいそうだ。

 だが、このかは誰かを犠牲にすることなんて望まないはず。

 つまりは、俺に取れる手段なんてない。ただ見ているだけなんだろうな。


「俺だって、楽しみにしている。これから先に続くであろう未来をな」


「そうだね。わたし達が、当たり前に手に入れられるはずだった未来を」


 確かに、ゲドーユニオンなんてものが居なければ、収まるところに収まっていただろう。

 今だって、俺の方から好意を伝えても良かったはずだ。

 魔法少女としての力に、どんな影響があるか。それが怖くて言えないだけなのだから。


「だから、このか。ゲドーユニオンなんかに、苦戦しないでくれよ」


「当たり前だよ。樹くんとの未来のために、絶対に負けないんだから」


 俺も、全力でこのかを応援しよう。そう決意を固めたときだった。目の前で、このかが動き始める。そして、変身の構えへと入っていった。

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