願いの果て(2)

 おそらく、ゲドーユニオンが現れた様子だ。

 このかは構えに入って、そして決意を込めた瞳で言葉を紡ぐ。


「この胸にある、幸せと笑顔を守るため。未来を紡いで! チェンジ・ブロッサムドロップ!」


 そのまま、いわゆる魔法少女の変身シーンが始まった。

 衣装がこのかの普段着から、ブロッサムドロップのものへと切り替わる。

 何度も見ていた、セーラー服を改造したような青い衣装に、目元を隠す穴の空いたリボン。

 変身を終えたこのかの顔は、見たことがないくらい真剣なものだった。

 つまり、きっと最後の戦いが始まるのだろう。そう感じた。


「このか、頑張れよ」


「もちろんだよ。待っていてね。すぐに帰ってくるから」


 そう言って、このかは飛び出していく。

 祈りとともに待っていると、しばらくしてから地面がゆれだす。

 そして、近くで戦いが起こっているかのような音が聞こえた。

 なんというか、ものが吹き飛んでどこかに当たったかのような。


 思わず家を飛び出すと、すぐ近くでブロッサムドロップは戦っていた。

 衣装をボロボロにしながら、悠々と立つ黒い怪人に対して。

 つまり、このかは追い詰められている。だけど、何もできることはない。

 魔法少女の力を持ってして、追い詰められる敵。そんな相手との戦いに混ざっても、足を引っ張るだけだ。


 ブロッサムドロップは、怪人を睨みつけながら飛びかかっていく。リボンを右手に。

 だが、ゲドーブラックらしき存在には通じない。リボンを受けたとしても、平気な顔で反撃する。

 殴り飛ばされたブロッサムドロップは、すごい勢いで吹き飛んでいく。

 それでも、また立ち上がって挑みかかる。今度は、黒いリボンを放ちながら。


 だが、それも通用しない。攻撃が当たっているのに、また拳で反撃しているのだ。

 このかの痛みがこちらに伝わってくるような気がして、思わず顔をしかめてしまう。

 やめろ。やめてくれ。逃げ出して良いんだ、このか。

 そう口にしたいけれど、言葉が届いたところで、集中を削ぐだけにしか思えない。

 というか、根本的に逃げられる実力差に思えない。


 だからなのか、ブロッサムドロップは何度も反撃を受けながら、何度も立ち上がる。

 そして、震える足で駆け出していくのだ。

 見ていられなくて、思わず手を伸ばす。自分の無力感を嘆きながら。


 ブロッサムドロップは、きっと勝てない。それでも、諦めようとしていない。

 伸ばした手の先で、またブロッサムドロップは敵に突き進んでいく。泥と血にまみれた姿で。

 手は届くはずもないのに、もっともっとと伸ばしてしまう。

 俺はおそらく、見ているだけなのが悔しいのかもしれない。だからといって、できることなんて……。


 いや、ある。リーベさえいれば。このままだと、このかは死ぬ。

 なら、せめて俺にできることは。たったひとつだけある。

 ここでブロッサムドロップが負けるのならば、この戦いを見ている俺だって死ぬだろう。

 だったらせめて、俺の命を有効活用して、少しでも有利になってくれたのなら。


「リーベ、いないのか! いるのなら返事をしてくれ!」


 俺が叫ぶと、すぐにリーベは隣に現れた。

 いつものように、猫のぬいぐるみの姿。いわゆるマスコットだ。

 だから、このかが戦っている状況でも、直接は戦闘に関わっていない。そう感じたが、正解だったようだ。


「なんの用だい、樹」


「分かっているだろう。俺の命を使え」


「キミが死ねば、このかは悲しむ。分かっているんじゃないのかい?」


「それどころじゃないだろう。俺とこのかが一緒に死ぬか、このかだけが生きるかだ。なら、答えなんて決まっている」


「そうか。キミの覚悟は伝わったよ。なら、ボクに手を差し出すと良い」


 言われた通りに、リーベに向けて手を差し出す。すると、光が右手から体を包み込み、そして、ブロッサムドロップが輝き出した。

 同時に、心臓のあたりが痛みだす。これは、おそらく死ぬ前の痛みなのだろうな。


 だが、まだ目は見える。声も聞こえる。だからせめて、最後にこのかの姿を目に焼き付けたかった。

 ブロッサムドロップとゲドーブラックの戦いを見ると、このかの攻撃が通用するようになっていた。


「なぜだ! 先程まで、死に体だったというのに! おのれ、ブロッサムドロップ!」


「これで、終わりです! ホーリーサンクチュアリ!」


 セイントサンクチュアリから、名前が変わっているな。

 そんなどうでもいいことを考えながら、ブロッサムドロップから放たれた輝く白いリボンを見ていた。

 ゲドーブラックを貫いて、そのままブロッサムドロップのもとに帰っていくリボンを。


「ここまでか……俺の野望は、潰えたのだな……世界を我が手に、収めるはずだった……が……」


 そんな事を言いながら、ゲドーブラックは消え去っていく。

 同時に、俺も地面に倒れ込んだ。そして、視界が薄れていく。

 これで終わりだと思うと、せめてこのかの方を見ていたかった。

 だけど、顔の向きを変えることすらできない。


 ああ、悲しいな。最後に見る景色が、ただの地面だなんて。

 だけど、これで魔法少女の使命は終わったんだ。

 俺が死んだことで悲しむかもしれないが、きっとこのかなら立ち上がれるはずだ。

 だから、しあわせに、なって、くれよ……。

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