心に至る凍え(2)

 樹くんに頼まれてリーベを呼んで、すぐにやってきた。

 本音のところでは、来てほしくはなかったんだけど。仕方ないよね。妨害はできないんだから。


「樹、何の用だい?」


「いや、特に用と言うほどではないのだがな。このかが危険そうなら、どうにか逃がしてもらえないか」


 樹くんは、わたしが危ない局面でどうするのだろう。その考えがある限り、きっと逃げたりしないだろうね。

 だって、樹くんを守ることだけが、わたしが戦う理由なんだから。

 樹くんを置き去りにして逃げて、そんなことをして拾った命には、なんの意味もないよ。


「ダメだよ! わたしが負けるような状況なら、この街にいる樹くんも危ないんだから!」


「実際のところ、特別な力で逃がすことはできないよ。このか自身の力でどうにかするしかない」


 逃げられたところで、樹くんの安全が確保できないのなら、実行する気はない。

 まあ、考えることが減る分、楽なだけだよね。全力で敵を倒せばいいだけ。

 樹くんの命を守れるのなら、どんな道筋でも同じなんだから。


「例えば、魔法少女の力が増える条件があったりしないのか?」


 即座に、樹くんが命を捧げるビジョンが浮かんでしまった。

 樹くんの命を対価にした力で敵を倒して、樹くんのいない未来を生きる。

 想像でしかないのに、震えてしまいそうなくらい怖い。だって、どんな空虚な人生になるか分かるんだから。

 いっそ、死んでしまったほうがマシだと思うよ。それくらいには、苦しい未来だよ。


「命を捧げるのは、絶対にダメだからね! 樹くんが生きてくれなきゃ、何のために戦っているのか分からないよ!」


「当たり前だ。俺だって死にたいわけじゃない。ゲドーユニオンと戦ったのだって、死ぬと思ってなかったからだからな。バカなことだが」


 バカなのは否定できないかな。それでも、樹くんの心は尊いものだよ。わたしを助けようとしてくれたことは。

 だから、自分を追い詰めすぎないでほしいよ。わたしは、樹くんを苦しめたくなんてないよ。

 それでも、もう二度とケガしてほしくはない。だから、戦いは止めるけれど。

 樹くんが傷つくことは、わたしが傷つく以上に痛いんだよ。分かってよ。


「樹くんが無事なのは、奇跡なんだからね。絶対、もう危ないことはしないでね」


「同感だね。ゲドーユニオンの脅威は、思い知っただろう? 無茶な真似はしないことだよ」


 同じ意見なのに、リーベから言われると腹が立ってしまう。

 樹くんの何を知っているのだろうか。心からわたしを心配してくれた人なのに。

 ただでさえ追い込まれている樹くんに、余計なことを言わないでよ。


「ああ、分かっている。自分の限界は、もうわきまえたつもりだ」


 樹くんは弱々しい雰囲気になってしまっている。

 わたしは、ただ樹くんに安全なところに居てほしいだけなのに。

 きっと、自分が情けないって感じているんだよね。

 大丈夫なのに。ただ生きているだけで、わたしの力になってくれるんだから。


「本当に、樹くんが無事で良かった。ゲドーイエローに攻撃された時は、頭が真っ白になったから」


 その後は、とても強い怒りに支配されていた。よく覚えているよ。

 あの時から、完全に殺すことに抵抗が無くなった気がする。

 もし樹くんを傷つける人がいるのなら、死なせても構わない。そんな感情が生まれたんだ。


「話を戻すけれど、魔法少女の力を増すために必要なのは、感情だ。樹。キミは、どうやってこのかの感情に触れる?」


 リーベの言葉に、樹くんは考え込んでいる様子。

 もしかして、告白とかしてくれちゃったりするかな。なんて期待しちゃったりもして。

 わたしが樹くんのことが好きなのは、流石に気づかれていると思うから。

 下手したら、キスなんかされちゃったりして。もちろん、受け入れるよ。


「このか、手をつながないか?」


 そう言われた時、樹くんも手をつないだ記憶を大事にしてくれているのかなって感じた。

 もし違ったとしても、嬉しいことには変わりないんだけどね。

 わたしの心の中には、樹くんの手の感触が残っている。それは、大切に抱えた思い出だから。

 樹くんからしたら、いつも通りにわたしを助けてくれただけかもしれないけれど。

 それでも、思い出すたびに胸が暖かくなるようなエピソードだから。


「うん、嬉しいよ。だけど、どうして? なんてね。話は聞こえているんだから」


 冗談めかして笑ったら、樹くんはしばらくこちらを眺めた後、ゆっくりと手を伸ばしてきた。

 もちろん、手をつなぐよ。左手もつなげたら、もっと良かったんだけどね。

 わたしが弱かったばっかりに、折れちゃった樹くんの左手。罪の証ではあるけれど、今は手の感触で頭がいっぱい。


 ごつごつしてて、暖かくて、大きくて、力強い。

 何度もわたしを助けてくれた手なんだよね。いつも引っ張ってくれて、支えてくれて。

 だから、本人以上に大切なものかもしれない。ずっとずっと、大事にしていきたいものだよ。


 樹くんの暖かさを感じていたら、もっと芯まで味わいたくなったんだ。

 だから頬まで、樹くんの右手を持っていく。包み込まれるような温度が伝わって、胸の奥がじんわりと暖かくなった。

 やっぱり、樹くんは何度でもわたしを幸せにしてくれるね。


 ただの体温だけでも、頭がビリビリするくらいの幸福を味わえる。

 いずれ結ばれることになったら、どんな未来でだって思い出せる記憶になるだろうな。

 きっと、あらゆる感触、匂い、音。何もかもが大切な思い出になるはずだよ。


「樹くんの手、あったかいね。また、こんな時間を作りたいな」


「いつでも、何度でも、構わない。お前が望む限りは、絶対に」


 なら、これから先だってずっと幸せで居られるはず。

 ゲドーユニオンを根絶さえしてしまえば、樹くんとは何だってできるんだから。

 手をつなぐだけで、素敵な気持ちでいっぱいになったんだから。

 告白したその先はきっと、輝いているなんてものじゃないよね。


「約束だよ。ウソだったら、わたしはおかしくなっちゃうかも」


 本当の気持ちだ。樹くんから遠ざけられる苦しみは、きっとどんな不幸よりも深い。

 わたしの幸せは、樹くんだけ。ただそれだけなんだから。

 奪う人は、誰であったとしても許さない。樹くんだとしても。

 ねえ、わたしを裏切ったりしないでよね?


「それは嫌だな。このかが苦しむ姿は、もう見たくない」


 樹くんは、本気でわたしのことを大切にしてくれている。それは伝わるよ。

 だけど、わたしが苦しむ理由は、いつだって樹くんなんだよ。

 いや、樹くんのせいでは無いんだけどね。ただ、樹くんが居ないと、わたしはどうにかなっちゃうだけで。

 樹くんを失う恐怖は、きっと本人にだって分からない。それくらい、大好きなんだ。


「わたしだって、樹くんがケガする姿なんて、二度と見たくないよ」


「ああ、気をつけるよ。これから、ちゃんと身の程をわきまえるから」


 樹くんがダメだなんて、わたしは思っていないけれど。

 だから、自分を悪く言う樹くんは、あまり見たくないんだ。

 わたしにとっては、やっぱりヒーローだよ。だから、ゲドーユニオンが居なくなった後の未来では、自信を取り戻してほしいな。

 だって、わたしを幸せにできるのは、樹くんただひとりなんだからね。


「樹くんが無事なら、何でも良いんだけどね」


「ボクとしては、このかは分かりやすいね。樹の安全が、何より大切らしい」


 当たっているけれど、リーベに言われたらなんとなく腹が立つんだよね。

 まあ、原因には心当たりがあるけれど。ハッキリ言ってしまえば、樹くんが苦しむきっかけを作ったから。

 わたしは、樹くんと幸せに過ごせればそれで良かったんだから。

 根本的な原因はゲドーユニオンだって、分かってはいるんだけどね。感情というのは難しいよ。


「それなら、ちゃんと安全なところにいる。それで、いいだろう?」


 樹くんが安全な場所で待っていてくれるのなら、どれだけだって頑張れる。

 わたしのモチベーションは、すべて樹くんなんだから。

 ただ、樹くんと穏やかな時間を過ごすこと。それができるのなら、他のなにもいらないよ。


「うん。樹くん、ずっと一緒にいようね」


 樹くんは、当たり前のように受け入れてくれるよ。

 だから、樹くんが無事でさえあれば、私の幸せは確定したのと同じなんだ。

 どんな未来でも、樹くんが隣にいる。ただそれだけでいいよ。


 それから帰って少しして。

 樹くんはずっと元気がなかったなって気づいた。

 わたしは手をつなげて幸せだったけれど、樹くんは違うのかなって。

 仕方のないことだとは思うよ。初めての挫折なんだろうし。

 でも、樹くんを悲しませてまで戦う理由ってなんなのかなって、ふと思ったんだ。


 結局のところ、わたしが戦わなきゃ、樹くんだって危ない。それだけの話ではあるけれど。

 でも、戦いの果てに樹くんが遠ざかるのなら、何のために戦っているのか分からない。

 私の望む未来は、樹くんと幸せに過ごす未来だけだから。


 だから、樹くんは絶対に手放さない。

 それでも、彼の方から近づいてきてほしいよ。逃げるなんてことは、許さないけどね。

 わたしのそばにずっといた責任は、取ってもらうからね。

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