無謀の代償(2)
今日は、このかとふたりで過ごしていた。このかの家で。
魔法少女としての力があるとはいえ、ふたりきりなんて、よほど信頼されているのだろうな。あらためて感じた。
俺はこのかを傷つけたりしない。そう思われている。だから、期待には応えたい。
「樹くん、こうしてゆっくりできるのは久しぶりだね。魔法少女になってからは、どうしても難しかったから」
このかはくつろいでいる様子だ。完全に安心しきっている。ありがたいな。このかの好意を感じて、胸が暖かくなる。
やはり、俺はこのかが大好きみたいだ。恋なのか愛なのか、それ以外の感情なのか、そんな事はどうでもいいほどに。
このかが死んでしまえば、俺が生きる理由はなくなるかもしれない。それくらいには、大事な人なんだ。
「そうだな。ゲドーユニオンはいつでもどこでも現れるからな。このかも大変だったよな」
「でも、樹くんとの時間があるなら、また頑張れるよ!」
元気いっぱいに拳を握っている。気合十分って感じだな。
だから、俺も元気をもらえそうだ。このかの笑顔も仕草も、とても見ていて癒やされる。
やはり、俺の守りたい者は今ここにある。このかの笑顔こそが、何よりも大事なんだ。
「ありがとう。俺を活力にしてくれるのなら、そばに居る甲斐があるよ」
「樹くんなら、いつでもどこでも一緒に居てくれて良いからね!」
このかから恋愛的な好意を持たれているのではないかと思ってしまう。
そういえば、魔法少女だって告白された時も、愛の告白だと勘違いしていたんだよな。
実際のところ、どちらなのだろうな。人間的に好かれていることは、間違いないが。
魔法少女だと伝えてもいいし、部屋でふたりきりになっても良い。その程度の好意はある。
まあ、このかが俺にどんな感情を持っていようが、守るという決意に変わりない。
流石に、ゴミくらいに思われていたら揺らぐかもしれないが。ありえないことだからな。
「それは嬉しいな。俺も、お前が一緒に居ると楽しいよ」
「わたしの方が、もっと楽しいって感じているよ。絶対にね」
胸を張っているこのかも、なんというか可愛らしい。
俺と出会ってから、ずっと傍にいたこのかだが。なんとなく、新しい一面を知った気がした。
いや、気づいたと言うべきか。同じような表情は、何度も見たことがあるはずだ。
「ありがたいことだ。このかを楽しませられているのなら、俺の人生にも価値がある」
「大げさだよ。樹くんは樹くんでいるだけで、とっても素敵なんだからね」
このかの方こそ、とても大げさな気がするが。思わず肩をすくめてしまう。
「あーっ! ウソだって思ってるんでしょ! ひどいよ!」
こうして元気いっぱいなこのかを見ていると、嬉しくなるな。
どうしても、最近は悲しい顔ばかりを見ていたような気がするから。
ブロッサムドロップとして、ゲドーユニオンと戦っている。その影響だろうが。
やはり、すぐにでもゲドーユニオンは倒してしまいたい。
そうすれば、またこのかの輝くような笑顔が見られるはずだから。その瞬間が楽しみだ。
「このかの事はいつだって信じているよ。いまさら疑ったりしない」
「ふふっ、嬉しいな。わたしも、樹くんの事は何があっても信じるよ」
まあ、精神的にはといった所か。俺がゲドーユニオンを倒せると言っても、絶対にこのかは信じない。それが悔しいんだ。このかが目の前にいるのに、拳を握りそうになるくらいには。歯を食いしばっているくらいには。
俺だって、このかの代わりに戦えたのならな。それなら、もっと良かったのに。
そもそも、このかが戦わなくて済んだのなら、最高だったのだがな。
「ありがとう。このかと、これからも平和に過ごしたいものだな」
「わたしも同じ気持ちだよ。樹くん、ありがとう。わたしとの時間を大事に思ってくれて」
「当たり前のことだ。このかは、大事な幼馴染なんだからな」
「……そうだね。わたしにとっても、樹くんは大事な幼馴染だよ。これからも、ずっと一緒だからね」
「ああ、約束だ。前にも言った気がするけどな」
「何度でも、約束しようよ。わたしたちは、ずっと隣同士なんだって」
このかと隣同士になる未来なら、最高だな。
俺としても、全力でその未来に進んでいきたいところだ。絶対に、守りたい誓いだ。
やはり、このかとの時間は落ち着く。どれだけ時が過ぎても、この気持ちは変わらないだろう。
「ああ、そうだな。この約束は、何度したって大事なものから変わらないからな」
「うん。わたし達の関係だって、何度でもつなぎ直したいんだ」
まあ、距離ができることだってあるかもしれない。それでも、また結びつけるのなら最高だよな。
これまでの俺達は、幸いなことに、あまりケンカもしてこなかった。
だけど、これから先にケンカをする未来だってあるかもしれない。
それでも、この関係を続けることができるのなら、理想的だ。
「俺達なら、きっとできるはずだ。最高の関係だって、言っていいだろう」
「なら、嬉しいな。樹くんとの関係が最高なんて、当たり前だけどね」
本当に当たり前のことなら、これ以上はないよな。
やはり、俺はこのかでいっぱいなんだよな。分かり切っていたことだが。
いずれ何があったとしても、このかとの関係だけは壊したくない。それだけは、確かな感情だ。
俺が他の誰かに恋をしたとしても、きっとこのかは忘れないよな。
「だから、さっさとゲドーユニオンには消えてもらいたいな。そうすれば、平和に過ごせるんだから」
「そうだね。樹くんと、平和に過ごしたい。それは、わたしだって同じだから。そのために、全力で頑張るんだ」
このかは穏やかな表情だ。俺との時間を大事に感じてくれている証だよな。
だからこそ、どんな手段を使ってでもこのかを助ける。俺の望みは、それだけだ。
これから先も、このかと一緒に笑っていられるように。知恵と力を尽くして戦うだけ。
そうすれば、ゲドーユニオンのいない未来で楽しい日常を過ごせるだろう。
「俺だって、どうにかしてみせる。このかが傷つくなんて、絶対に嫌だからな」
「やめて。前にも言ったけど、ゲドーユニオンは危険なんだよ。ただの人じゃ、勝てないんだよ」
必死に訴えかけられている。それは分かる。でも、そんな危険な相手にこのかは挑むんだ。だから、何をしてでも力になりたい。
俺は、このかのいない未来になんて価値を感じていない。だから、無事でいてほしいんだ。
「それでも、このかだって危ないじゃないか。それが嫌なんだよ」
「わたしには、ブロッサムドロップの力がある。樹くんには、何もないんだよ!」
確かに、現実だ。俺には何の力もない。それが悔しくて苦しくて、でも何かがしたかった。
それが、ゲドーレッドの時の消火器で、ゲドーブルーの時のハッタリなんだ。
俺だって、このかの力になりたい。そうして、できるだけ楽に勝ってほしいんだ。
「だとしても、何かできるはずだ。ゲドーレッドにも、ゲドーブルーにも、何も手が打てなかった訳じゃない」
「そんなの、奇跡でしかないよ! 樹くんは弱いんだから、引っ込んでてよ!」
俺を心配しての言葉なのは分かる。それでも、胃から何かが零れそうな感覚があった。
このかに弱いものだと扱われるのが、とても嫌だ。俺が守られるだけの存在だと思われているのが、悲しくて仕方がない。
ちょっと、冷静さを失ってしまいそうな感覚すらあった。
それでも、このかは俺のために言葉を発してくれている。それを忘れる訳にはいかない。
努めて心を落ち着けようとして、軽く深呼吸した。そうでもしないと、強い言葉を投げかけてしまいそうで。
俺は弱い。確かに事実だ。それでも、頼られる存在でいたかったのに。
このかに守られるという事実を、受け入れたくない。それだけなんだろうな。
結局のところ、戦いたいというのは俺のエゴだ。このかを傷つけているのは事実なんだから。
それでも、どうしても何かがしたい。ただ見ていたくない。それは罪なのだろうか。
だって、このかは戦っているのに。たったひとりででも。俺は見ているだけ。
「それでも、このかを一人にしたくないんだ」
「わたしは一人でいいよ! 樹くんを巻き込むくらいなら! どうして分かってくれないの!」
「俺だって、お前が戦うのは嫌なんだ。せめて、少しでも楽をしてほしいんだ」
「それで樹くんがケガしたら、何の意味もないんだよ!」
「大丈夫だ。俺は死なない。絶対に。約束するから」
「信じられないよ! ゲドーユニオンのことを甘く見ているだけの言葉なんて!」
信じられないと言われた時、息が止まったような気がした。何か、頭の中で爆発したかのような感覚まであった。
俺は弱いと思われているのは知っていた。強さも活躍も信用されていないことも。
それでも、直接言葉にされることがこんなに響くなんて。全く想像していなかった。
「お、俺は……このか……」
何も言葉が浮かんでこなかった。このかの表情も見ることができない。
俺はどうにかしてしまったのだろうか。なにも分からない。頭がまとまらない。
「ち、違うよ。樹くんが信じられない訳じゃなくて! いつでも信頼しているからね?」
「そうだな……」
俺は傷ついているのだろうか。苦しんでいるのだろうか。このかはどんな顔をしているのだろうか。
全然なにも分からなくて、言葉も思いつかない。
このかが傷ついているのなら、元気づけてやるべきなのに。どうなのかも判断できない。
「樹くん、今日は帰った方が良いよ。ゆっくり、また話をしよう?」
「ああ……」
このかの言葉に従って、そのまま帰っていった。家でもボーッとして、ずっと過ごしていた。
そうか。俺は信じられていなかったんだな。改めて、言葉が体に入ってきた。
このかのために頑張ってきたつもりだったが、間違いだったのだろうか。
よく分からない。それでも、せめて何かをしたいという気持ちがある。でも、何もできない。
そのまま眠りにつくまで、無為な時間をただ消費するだけだった。
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