無謀の代償(1)
ゲドーブルーが倒された後のホームセンター。
そこには俺と先生が残されて、しばらくはお互いに向き合ったまま無言だった。
だが、先生の方からゆっくりと話し始める。
「ありがとう、東条。お前は私を守ろうとしてくれたんだな」
先生は、とても柔らかい笑顔で。心から俺に感謝してくれているのだと、強く伝わった。
今の顔が見られただけでも、分の悪い賭けに挑んだ価値はある。それくらいには、きれいな顔だった。
「なぜ、そう思ったんですか?」
「お前は私の方を見てから、ゲドーブルーとやらの方に向かっていったからな。あからさまだったよ」
苦笑しているように見えて、少し困ってしまう。だが、悪い気分ではない。
尊敬する先生に褒めてもらえたのだから、それで十分だよな。
「それは恥ずかしいですね」
「いや、格好良かったと、そう言って良いと思う。だが、もう二度としないでくれ。生徒に守られる教師なんて、悪夢じゃないか」
「それは……」
俺は暁先生だからこそ、守りたいと思った。だが、今の先生の顔は、相当傷ついているように見える。
なら、俺の行動は無駄だったのだろうか。そうは思いたくないな。
「そうか。お前はこれからも無理をするつもりなんだな。だが、約束してくれ。私より、自分を優先すると」
先生の瞳からは、とても強い意志を感じる。本当に、俺のことを大切に感じてくれているのだろう。
だけど、嫌だ。俺は、先生に死んでほしくない。このかと先生の二択なら、このかを選ぶ。それくらいではある。
そうだとしても、本当に尊敬している人なんだ。生きていてくれるだけで、嬉しい人だから。
「ですが……」
言葉に詰まっていると、先生は俺の方に両手を置く。
そのまま、俺と目を合わせてきた。説得の構えだろうか。
「お前の気持ちは嬉しい。尊敬してくれていることも、案じてくれていることも。だが、その尊敬を持っているのなら、私の気持ちを大事にしてくれ」
「絶対に、とは言えません。ですが、努力はします」
「それで良い。頭の片隅にでも、お前の命を私より優先するという考えを残してくれれば」
さっきまで、ゲドーブルーの脅威を見ていただろうに。それでも今の言葉が出てくる。
どれほど素晴らしい先生かなんて、もはや言葉にならないな。少なくとも、俺が今まで出会ってきた大人の中で最高だ。それは疑いようがない。
だからこそ、死んでほしくないのだが。それでも、俺が死ぬよりマシだと思ってくれている。
俺がこのかに先立たれたとして。その気持ちのようなものを味わわせる事になるのだろうか。
だったら、余計に死ねないな。大切に思ってくれている人のために生きる。幸せなことだ。
このかだって俺を大事にしてくれている。暁先生だって。素晴らしいよな。
俺が死んだら悲しんでくれる人が、ふたりもいる。それだけで、勇気が湧いてくるようだ。
「分かりました。頑張ってみますね」
「ああ、頼む。お前の命は、お前だけのものじゃない。棗だって、私だって、自分のことのように感じているんだ」
大げさな気もするが、嬉しい言葉ではある。いま感じている気持ちがあれば、きっともっと強くなれるはずだ。
俺は自分自身のために、ゲドーユニオンを片付けたい。
平和な日常を、このかや先生と過ごすために。だからこそ、策を練らないといけない。
ゲドーレッドは炎、ゲドーブルーは水だった。なら、残りの四天王だって、いわゆる属性じみた能力を持っているはずだ。
そうなると、どんな可能性があるだろうか。土と風とか分かりやすいが。
根本的には、俺は戦うことができない。だから、能力を弱めるための何かを探るべきだよな。
俺の手で倒せないというのは、以前リーベにも言われているのだから。
このかがトドメを刺すしかない。そこは割り切るべきだ。つまり、敵のスキを作ることに注力すべきなんだよな。
どうするべきかというと、時間稼ぎだ。敵の邪魔をして、セイントサンクチュアリを撃つためのスキを生み出す。
それができれば、このかが敵を倒してくれる。セイントサンクチュアリが通じなければ、きっと終わりだ。
もう、このかに託すしかないのは、諦めている。
本音のところでは、嫌で嫌で仕方がないとはいえ。
それでも、無茶無謀をしてこのかの足を引っ張るのは論外だ。ちゃんと、捨てるべきところは捨てないと。
俺ができることは限られている。それを理解する。つまり、身の程をわきまえること。
だから、いま感じている悔しさは耐えるべきものなんだ。体が震えようとも。
仕方のないことだ。俺には特別な力なんてないんだから。納得しろ。
俺は無力な人間だということは、しっかり理解して、次に進むべきなんだ。
「ありがとうございます。先生やこのかを悲しませないように、気をつけますね」
「説教はここまでにしておこうか。じゃあ、東条。またな」
暁先生は去っていき、俺も家に帰っていった。
その日は、何かを手に入れたような感覚を得られたんだよな。
真っ暗だった道に、光が差したかのような。
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