無謀の代償(3)

 少し気分が優れないまま学校で過ごしていると、ゲドーユニオンの襲撃があった。

 学生たちは慌てふためいていて、このかの姿が見当たらない。おそらくは、ブロッサムドロップに変身しているのだろうが。


 そのまま、ガベージ達が暴れ回っていた。

 だが、今のところは怪我人らしき存在は見えない。どういうことだろうか。

 いや、どうでもいい。とにかく、なんとかしないと。暁先生だって居るのだから。


 このかも、暁先生も、どちらも無事でいないと何の意味もない。

 暁先生は、どこかに逃げてくれているだろうか。責任感の強い人に見えるから、避難誘導をしているかもしれない。

 とにかく、状況をはっきりさせないと。ガベージだけなのか、四天王も居るのか。学校のどこが安全なのか。あるいは、すべて占拠されているのか。


 校庭に出ていくと、暁先生の姿を見つけた。


「集団で動け! 一人一人で行動すれば、その分敵が雑に暴れるぞ!」


 先生の言っていることが正しいかどうかはともかく、個人個人が勝手に動けば、ガベージなど関係なく大惨事になりかねない。

 例えば、逃げようとして押し合いになれば、将棋倒しの可能性だってあるだろう。

 そう考えると、初手で動きをまとめようとした先生の発言は合理的だ。


 だが、状況はよろしくないな。生徒たちは勝手に動いている様子。先生の言葉は届いていない。

 このままだと、ガベージに良いようにされて終わりだろう。そう考えていると、ブロッサムドロップが現れた。

 校内に敵が出現したのだから、すぐにやってくるのは当然か。なら、ガベージも倒されるだろう。


「神聖な学び舎を狙うなんて、許せません! このブロッサムドロップが、あなた達を倒します!」


 すぐさまブロッサムドロップはリボンを放っていく。そしてガベージ達は倒れていく。いつもの流れだ。

 学生たちも、ある程度落ち着きを取り戻している。おそらくは、希望が見えたからだろう。

 ブロッサムドロップは、これまで何度もゲドーユニオンを退けてきた。その成果があるからだろう。そして同時に、目の前でガベージが倒されているからだろう。


 だが、最近は四天王も現れているんだよな。なんて思考が悪かったのか、すぐに黄色い男がやってきた。

 同じようなマントを着ていて、ゲドーレッドやゲドーブルーの色変えに近い印象。

 おそらくは、ゲドーイエローという名前だろうな。


「俺はゲドーイエロー! ブロッサムドロップ! レッドとブルーを倒した見事な戦士よ! 俺と競い合おうじゃないか!」


 本当に当たっていた。というか、勝負を望む敵とか、大概ふざけているな。

 このかは戦いたくて戦っている訳ではない。それくらい、俺には分かる。

 人々を助けるために必要だから、あるいは力を手に入れたから仕方なく戦っているだけ。そのはずだ。

 そんなこのかに、戦いを楽しむ人間というか怪人が挑みかかる。腹立たしい事実だ。


 だが、俺の感情なんてどうでもいい。問題は、このかが勝てるかどうか。

 優勢に進むのならば、見ているだけでも十分だろう。邪魔だと言われたことだしな。

 まあ、様子を見ながらだな。一応、消火器の場所だけは抑えている。それくらいしか、使えるかもしれないものは見当たらなかった。


 ゲドーレッドに対して使ったものと同じ手段が通じるかは怪しいが、他にはない。

 とりあえず、目くらまし代わりになれば、それで良いだろう。

 何も手段が持てないよりはマシ。そう考えておくか。


「あなたが何を考えていようと、悪しきゲドーユニオンは打ち破ります!」


 ブロッサムドロップはピンクのリボンを放ち、ゲドーイエローは土を体にまとう。

 そのまま土とリボンがぶつかり、土煙が舞ったと思えばまた集まっていく。

 やはり、ただのリボンは四天王には通用しないようだ。厄介だな。


「大した力だ。だが、その程度ではあるまい!」


 敵は土を剣の形に変え、ブロッサムドロップに切りかかっていく。

 そして、リボンと剣がぶつかり合う。お互いに、武器を使い捨てつつ何度もぶつけ合っていく。

 リボンを生み出し続けるブロッサムドロップと、壊れても土の剣を修復するゲドーイエロー。

 それぞれが、相手に攻撃を仕掛けつつスキを伺っていく。


 一応、土であるから濡らせば良いかもしれない。消火器の勢いなら、何か役に立つかもしれない。

 単純に、不純物を混ぜれば操りにくくなる可能性だってある。だから、発射できるところまで用意しておく。このかの動きを見ながら、スキがあれば撃てるように。

 水は、ホースを用意している時間がないな。とりあえず、ペットボトルに詰め込みはしたが。


 そういえば、ブロッサムドロップが戦っている間に、生徒や先生は居なくなっているな。

 避難誘導がうまく行っているのだろうか。このかに集中しすぎていたな。

 まあいい。邪魔者がいないのならば、こっちの動きに集中できる。それでいい。


 ブロッサムドロップはセイントサンクチュアリを撃つだけのスキを作れないようだ。そう考えていると、チャージに入った。右手にリボンが集まっていく。

 そこに、ゲドーイエローが一撃を加える。思わず駆け出しそうになるが、ブロッサムドロップは何もどうしている様子はない。

 そのまま、大技を溜め続けている。ダメージは問題ないのだろうか。心配だが、割って入るスキもない。


「この一撃で! セイントサンクチュアリ!」


 リボンの雨が、ゲドーイエローに向けて降り注いでいく。敵は土を集めて防御をしているようだが、貫いて本体に直撃している。

 このまま倒れてくれるか。そう考えていると、ゲドーイエローは吠えた。


「この程度で倒れるものかよ! この戦いは、まだ終わらせぬぞ!」


 ゲドーイエローは、そこから土を本人の目の前に集めていき、大きな塊を作っていく。

 何か、まずいような気がする。そこで、溜めている最中の土に向かって消火器を放つ。

 白い液体のような、粉のような何かが土に向かっていき、染め上げていく。

 すると、土の塊はボロボロになっていった。やったか!?


 俺が状況を確認していると、ゲドーイエローがこちらを向いた。


「俺とブロッサムドロップの間に入るとは、無粋な奴め。その報いを受けよ!」


 その言葉と同時に、俺の足元の土が隆起して壁になって、逃げられなくなった。そして、その壁がこちらに向けて襲いかかってくる。

 何もできないまま、俺は何度も攻撃を受けていく。

 あちらこちらから土が飛んできて、その度に痛みにあえいでいた。

 そして、これまでと比べて一際大きな塊が飛んでくる。腕で防御すると、激痛とともに、変な方向へ曲げられたかのような感覚があった。せっかく用意したペットボトルは、何の役にも立たない。


 すべての攻撃を終えたのか、土の塊は崩れていく。

 そして、ボロボロになった俺の前へと、ゆっくりとゲドーイエローが歩いてきた。


「これが、俺の戦いを邪魔した罰だ。ただの人が、怪人に勝てると思った罪を思い知ったか?」


 ゲドーイエローは、そのまま剣を構えていく。腕が折れたのか、全く動かせない。

 このままではまずい。だけど、何も対抗できる手段はない。それでも、なんとか逃げようとする。

 その前に、狂気の混ざったかのような叫び声が聞こえた。


「死んでよおおおっ!」


 ブロッサムドロップの声だと、一瞬わからないくらいのドスが入った声だ。なんてどうでもいいことを考えていた。

 黒く染まったリボンに敵は包まれ、うめき声が聞こえてくる。

 そしてリボンが消えると、全身の関節が逆になったゲドーイエローが現れた。


「ゲドーブラック様、ブロッサムドロップは危険です……」


 そう言い残して、消えていった。

 ゲドーブラックというのは、最後の四天王だろうか。それとも、他にリーダーのようなものが居るのだろうか。

 敵が倒されたのを確認すると、俺は立っていられなくなった。そのまま倒れ込もうとした時、ブロッサムドロップに抱えられる。


「……自惚れは解消されましたか? 身の程をわきまえず、勝てない敵に挑むからそうなるのです。もう、怪人と関わるのはやめてください」


 ブロッサムドロップは涙声だった。だから、俺を心配しての言葉なのだろう。

 それでも、俺の心には、何本も何本も、次々と棘が刺さっていくかのような感覚があった。

 結局、このかの足を引っ張るだけ。何もできずに、ただやられただけ。そんな悔しさと、このかの責め立てるような言葉が、心を黒いもので染めていくかのようだった。


 俺は、弱い。戦うことなんて、できはしない。分かっていた。理解していた。

 それでも、このかを助けたかった。だけど、結局のところはつまらないエゴだった。それも、ちゃんと知っていたはずだったのに。

 正念場で、何かができるのではないかという思いに支配されていた。バカだよな、俺は。


 涙が俺の顔に振ってくる感覚がある。つまり、このかを泣かせた。

 俺は、このかを泣かせるやつは許さないって誓ったばかりなのに。俺が、泣かせている。

 やはり、誰よりも許せないのは俺自身だ。このかの言葉通りに、自惚れて、身の程をわきまえなくて、その結果がこのかの涙。

 ゲドーレッドとゲドーブルーに何かができて、活躍できるのではないかと勘違いした。愚かにもほどがある。


「……分かった。もう、余計なことはしない。お前の足は引っ張らないよ」


「そうですか。ありがとうございます。忘れていました。あなたの治療をしないと」


 俺はリボンで包まれていき、若干とはいえ痛みが収まる。

 流石に、折れるほどのケガは完治できない様子だな。今でも、腕は痛いし動かせない。

 だが、この痛みは罰にちょうどいい。俺のバカな行動の、その対価にふさわしい。そうだよな。


 リボンが体から離れて、治療が終わった。


「リーベ。どうして傷は治りきっていないんですか?」


「ブロッサムドロップの癒やしの力にも、限度があるということだね。仕方のないことだ」


「仕方なくなんて、ありません! わたしのせいで傷ついたのに、ちゃんと治すこともできないなんて……」


 ブロッサムドロップの声は、とても沈んでいる。だから、せめて慰めなければという思いがあった。


「気にするな。俺の愚かな行動の、その戒めになる。しばらくは、この痛みと一緒に生きていくよ」


「分かりました。ちゃんと、静養してくださいね」


「賢明な判断だね。ゲドーユニオンとは、もう戦わないことだ。二度と、傷つかないためにね」


 リーベの言葉に、何の反論もできないだけで。

 俺はなにか、底の見えない暗闇に居るかのように思えた。

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