悲しみと怒り(1)

 わたしは、樹くんに助けられたことが何度もある。だけど、嬉しいことばかりではなかったんだ。

 例えば、わたしが質の悪いナンパをされている時、樹くんがかばってくれて、でも彼は殴られてしまった。


「樹くん、大丈夫?」


 なんて言うわたしに、樹くんは笑いかけてきたんだ。


「お前を守れたんだから、痛みなんて無いようなものだよ」


 そう返されたけれど、わたしの胸は締め付けられるようだった。

 だって、わたしのせいで、樹くんは傷ついていたから。二度と、こんなことが無いように。そう祈るくらいには、嫌な思い出のひとつだったんだ。

 結局、その願いは叶うことがなかった。樹くんが、ゲドーユニオンに挑んだばっかりに。


 ゲドーレッドとの戦いで、ガベージに傷つけられていた。だから、前に一発殴られたときよりも、もっと樹くんは痛かったはずだよ。

 その感覚を想像するだけで、わたしまで苦しくなりそうで。

 だから、全力で樹くんを止めたかったんだ。もう二度と、同じことが起きないように。


 そのために、樹くんと話し合いたかった。そこで、家に呼ぶことにしたんだ。

 ゲドーユニオンと戦うのをやめてもらう話に、誘導できればいいなって。

 もちろん、樹くんと会話がしたいって思いもあったんだけどね。樹くんと過ごす時間は、いつだって楽しいから。


「樹くん、こうしてゆっくりできるのは久しぶりだね。魔法少女になってからは、どうしても難しかったから」


 樹くんに、不良だって誤解されていたかもしれないし。授業から飛び出したり、急に予定をすっぽかしたり。

 いま思えば、よく許してくれていたよね。まあ、私は不安に負けちゃったんだけどね。疑われることが怖くて。

 それで、樹くんを戦いに巻き込むことになった。本当なら、我慢するべきだったんだ。嫌われたとしても。


 だけど、嫌だよ。樹くんに嫌われちゃう未来なんて。

 じゃあ、どうすれば良かったのかな。魔法少女だって教えずに、樹くんをごまかす手段があったのかな。

 結局のところ、どちらを選んでも後悔していたのかもしれないな。でも、樹くんが傷つくより、私が嫌われたほうが良かったはずだよ。

 だって、下手したら死んじゃうんだから。生きてくれていたら、未来に仲直りできるんだから。


「そうだな。ゲドーユニオンはいつでもどこでも現れるからな。このかも大変だったよな」


「でも、樹くんとの時間があるなら、また頑張れるよ!」


 とはいえ、樹くんが死ぬって恐怖に怯える瞬間もあるんだ。

 今この瞬間が、樹くんと過ごせる最後の時間じゃないかって。

 じゃあ、今を大事にするのが良いのかな。もっと強くなれば良いのかな。

 色々な選択肢が頭に浮かんで、どうすれば良いのかが悩ましいよ。


「ありがとう。俺を活力にしてくれるのなら、そばに居る甲斐があるよ」


「樹くんなら、いつでもどこでも一緒に居てくれて良いからね!」


 だけど、ブロッサムドロップの時は例外だよ。

 近くに居ないほうが、むしろ安心できるくらい。

 ゲドーユニオンと関わってる樹くんを見ていると、ハラハラしてこっちがどうにかなっちゃいそう。


「それは嬉しいな。俺も、お前が一緒に居ると楽しいよ」


 樹くんがわたしを好きで居てくれるような気がして、とても嬉しい。

 いや、これまでの行動を考えたら、好意はない訳がないんだけどね。

 だとしても、わたしで幸せを感じるってことはね。大事なことだよね。


「わたしの方が、もっと楽しいって感じているよ。絶対にね」


「ありがたいことだ。このかを楽しませられているのなら、俺の人生にも価値がある」


 ひどい言葉だよ。わたしがどれだけ樹くんを大事に思っているのか、全然分かってくれてない。

 わたしにとっては、絶対に欠かせない存在なんだから。そんな小さな人じゃないよ。

 でも、樹くんの気持ちをわたしが分かってないって証なのかもしれない。

 だとしたら、もうちょっと考えるべきこともあるのかもね。どうすればいいのか、分からないけれど。


「大げさだよ。樹くんは樹くんでいるだけで、とっても素敵なんだからね」


 樹くんは肩をすくめてしまう。なんというか、信じられてないのかな。

 わたしにとって、樹くんは人生の全てなんだよ。ちゃんと、分かってほしいよ。

 悲しいよ。この想いが、樹くんに伝わっていないんだと思うと。

 わたしは樹くんになら、全部を捧げられるのに。それくらい好きなのに。


「あーっ! ウソだって思ってるんでしょ! ひどいよ!」


「このかの事はいつだって信じているよ。いまさら疑ったりしない」


 嬉しいよ。わたしを信じてくれるのは。だけど、ブロッサムドロップは信じてくれていないよね?

 やっぱり、わたしを弱い生き物だって思ってるんじゃないかな?

 もう、違うんだよ。樹くんに助けられていたばかりの、わたしじゃないんだ。ちゃんと、ひとりで戦えるんだからね。

 でも、ひとりじゃ生きられないけどね。樹くんがいないと、わたしはダメなんだ。


「ふふっ、嬉しいな。わたしも、樹くんの事は何があっても信じるよ」


「ありがとう。このかと、これからも平和に過ごしたいものだな」


 そうだよね。ゲドーユニオンなんて、早く居なくなってほしいよ。

 樹くんとのんびり過ごせる時間が、わたしにとっては最高なんだから。

 わたしが望んでいるのは、樹くんの存在だけだからね。他のものは、別にいらないんだ。


「わたしも同じ気持ちだよ。樹くん、ありがとう。わたしとの時間を大事に思ってくれて」


「当たり前のことだ。このかは、大事な幼馴染なんだからな」


 樹くんの感情は、わたしに向いているはず。そう信じたいのに、幼馴染って言葉が邪魔をするんだ。

 照れているだけなら良いよ。でも、恋や愛とは関係のない感情だからなら。わたしはどうにかなっちゃうよ。

 樹くんと結ばれない人生なんて、何の意味もないんだからね。わたしが恋しているのも愛しているのも、永遠にひとりだけだから。


「……そうだね。わたしにとっても、樹くんは大事な幼馴染だよ。これからも、ずっと一緒だからね」


「ああ、約束だ。前にも言った気がするけどな」


 ずっと一緒であることは、何回でも強調していきたいよ。わたしの存在が、絶対に忘れられないように。

 樹くんと過ごす時間だけが、わたしの幸せなんだから。絶対に失いたくないよ。

 わたしを変えたのは、樹くんなんだから。責任を取ってもらわないとね。


「何度でも、約束しようよ。わたしたちは、ずっと隣同士なんだって」


「ああ、そうだな。この約束は、何度したって大事なものから変わらないからな」


 嬉しいよ。樹くんが、わたしとの関係を大切にしてくれているって分かるんだ。

 どんな未来だって、絶対に離さない。この関係は、何があっても失わないよ。

 例え正しくない手段を使ったって、樹くんの隣は渡さない。

 わたしの幸せは誰にも譲らない。どんな運命にだって負けたりしない。


「うん。わたし達の関係だって、何度でもつなぎ直したいんだ」


「俺達なら、きっとできるはずだ。最高の関係だって、言っていいだろう」


 わたし達の関係が最高だなんて、当たり前だよね。

 ずっと先まで、おじいちゃんとおばあちゃんになっても。永遠に途切れないんだから。途切れさせないんだから。


「なら、嬉しいな。樹くんとの関係が最高なんて、当たり前だけどね」


「だから、さっさとゲドーユニオンには消えてもらいたいな。そうすれば、平和に過ごせるんだから」


 わたしと樹くんの目的は同じ。だけど、手段が違うんだよね。

 樹くんはわたしに戦ってほしくない。わたしは樹くんに戦ってほしくない。同じように見えて、ぜんぜん違う。

 兵士に戦わないでって言うのと、ただの一般人に戦わないでって言うのは、とても遠いんだよ。分かってほしい。


「そうだね。樹くんと、平和に過ごしたい。それは、わたしだって同じだから。そのために、全力で頑張るんだ」


「俺だって、どうにかしてみせる。このかが傷つくなんて、絶対に嫌だからな」


 樹くんは大好きだけど、無理をしようとする所はどうにかしてほしい。

 だって、樹くんがケガしたら、わたしも苦しいんだもん。

 わたしは樹くんと幸せになりたいだけ。ヒーローになってほしい訳じゃない。


 そんな想いが、樹くんを傷つけることになる。すぐに、実感することになったんだ。

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