目の前の希望(2)

 暁先生に呼び出されてから、その後の放課後、このかはちょっと不満そうだった。

 むくれているような雰囲気があり、なんとなく気になる。

 特に悪いことをした記憶はないんだがな。まあ、俺のせいじゃない可能性の方が大きいか。自意識過剰はダメだよな。


「このか、何かあったのか?」


「あるに決まってるよ! 暁先生に呼び出されたのに、嬉しそうにしちゃって! 先生が美人だからって、教師と生徒なんだからね!」


 まさか、俺が先生に惚れているとか思われているのか? 大変な誤解だぞ。

 尊敬できて信頼できる教師であることは間違いないし、それを確認できて嬉しかったのは確かだが。

 いくらなんでも、教師に惚れたりはしない。そもそも、このか以外の女の人とそこまで仲良くない。


 ところで、これは嫉妬と考えても良いのだろうか。

 このかが好きなのは、おそらく間違いないと思う。だから、好意を持たれているのなら嬉しい。

 まあ、先走りすぎても良くないよな。一歩一歩、ゆっくりと。

 そもそも、ゲドーユニオンの問題を抱えている限り、付き合うことは難しいだろうから。


 とはいえ、好意を持たれている前提で動くのもな。幼馴染として大切に思われていることくらいは分かるが。

 できれば、もう少し仲良くしたい思いもある。だが、相手の感情次第では押し付けだからな。

 関係が壊れるとは思っていないが、余計なことで傷つけるのは嫌だ。


「先生は俺を心配してくれているだけだ。何があっても、付き合ったりなんてないよ」


「それなら、良いけど。樹くん、わたしから離れていったりしないよね?」


「当たり前だ。お前は大切な幼馴染なんだからな」


「幼馴染、ね。樹くん。いや、何でもないよ。大切だって言ってくれて、嬉しい」


「だからこそ、無理はするなよ。お前が傷ついたら、俺は悲しいんだ」


「わたしだって同じだよ! この前、わたしがどんな気持ちだったか!」


 実際、泣かせてしまった訳だからな。反省すべきことではある。

 それでも、このかを一人で戦わせたくない。ただ傷つく姿を見ていたくない。

 やはり、俺は自分勝手だよな。暁先生に褒められるほどじゃない。


「すまない。だが、俺は諦められないんだ」


「知っているよ。でも、絶対に死なないで。樹くんが居てくれなきゃ、楽しくないよ」


 そこまで大事にされているのなら、死ねないよな。

 俺はこのかを傷つけたくないだけなんだ。俺が死んだ後、このかがどうなっても良いとは思わない。

 ちゃんと、笑顔で居てくれるのなら。その確信があるのなら。最悪死んでもいいのだが。


「分かっている。このかを泣かせるやつは、誰だろうと許さない。俺だろうとな」


「お願いだよ、樹くん。ずっと、そばにいて。それだけでいいの」


「もちろんだ。このか、お前から離れたりしないよ」


 この約束を破らないためにも、しっかりと策を練らないとな。

 ただ無鉄砲に挑んでも、ゲドーユニオンには勝てない。何の役にも立てやしない。

 だからこそ、全力で考えるんだ。全身全霊をかけて。


「ありがとう、樹くん。あなたが居てくれれば、どんな敵にも勝てる気がするんだ」


「なら、ずっと一緒に居ないとな」


「そうだよ! 樹くんはずっと私の隣に居ること!」


「分かった。約束だ」


 実際に、このかの隣に居るのは嬉しいことだからな。俺としても望むところだ。

 そうじゃなかったら、わざわざ戦おうとはしないのだから。

 俺はこのかが好きなんだと思う。心から実感しているほどではないが。

 全力で守りたいと思っているくらいだから、相当好きなはずではある。

 ただ、なんとなく分からない部分もあるんだよな。恋なのかどうかとか。


 まあ、恋か愛か、それ以外の感情なのか。このかを守りたいという思いにとっては重要ではない。

 俺の目標は、このかの日常を取り戻すこと。それができないなら、安全を保つこと。

 ハッキリしているのだから、行動は感情の中身で変わったりしないよな。


 何がどうあれ、このかのために、いや、俺自身のためにゲドーユニオンへの対抗手段を見つける。それでいい。

 世界の命運がどうとか、そんな事は考えない。ゲドーユニオンの目的が何であったとしても。


 このかとは別れて、俺はホームセンターに向かっていた。

 何か役に立つものがないか、適当に探したかったからな。

 頭だけで何かを考えるより、実際に物を見ていた方がアイデアが増えるだろう。そう思ってのことだ。


 ノコギリはどう考えても使えない。電動ノコギリだとして、持ち運びという大きな問題がある。

 まさか、いつでもどこでも持ち歩く訳にはいかないのだから。そんな事をしたら不審者どころか捕まりかねない。

 釘やハンマーも、似たような理由でダメだろうな。やはり、なかなか有効な手段はないな。


 まあ、当たり前か。ゲドーユニオンをどうにかできる手段が転がっているのなら、もっと犯罪に利用できる。

 そう考えると、簡単には何も思いつかないのは、もっと早く気づくべきことだよな。


 仕方ない。もともと手探りでやってきたことだ。

 少しでも前進している手応えがあればいいが、難しいよな。


 なんとなく、酸素ボンベを見つけて手に取ってみた。

 何かができるだろうか。思いつくのは、火をつけることくらいだが。どうやって酸素をうまく燃やせば良いのだろうか。

 ただライターなんかで加熱するだけでは、流石に燃えないと思うんだよな。それに、仮に火がついても爆発して自分が危ないだけだろう。


 まあ、後で酸素ボンベの可燃域なんかを調べるのは良いかもしれない。どれくらいの範囲に爆発が広がるのかも。

 一応、知識があるのと無いのとではぜんぜん違うからな。何かヒントになるかもしれない。


「東条、どうした。酸素ボンベなんか見つめて。スポーツにでも目覚めたのか?」


「暁先生、偶然ですね。先生は何を買いに来たんですか?」


「筆記用具なんかを見にな。念のために言っておくが、酸素ボンベで良からぬことを考えるなよ」


 当たり前だ。危険なことだからな。なにか良い手段を求めているのは事実だが、周囲を巻き込むつもりはない。

 そう考えると、酸素ボンベを使うのはあまり良くないよな。俺だけの危険では済まないのだから。


 先生は軽い口調で、冗談めかして言っているように見える。でも、本心でもあるのだろうな。

 俺の事情を知っているから、俺が力を求めていることも分かっているはずだ。そうなると、間違った道に進みかねないという心配は分かる。


 やはり、先生は俺のことを案じてくれているのだろう。優しい人だ。

 だからこそ、ゲドーユニオンとの戦いには関わってほしくない。自分から近づこうとする人ではないだろうが。

 暁先生ほど尊敬できる人は、初めて出会ったくらいだ。失いたくない相手なんだよな。


 だが、狙ってどうにかできる事ではないだろう。悔しいことにな。

 ゲドーユニオンの行動を俺が制御できると思うほど、思い上がってはいない。

 結局のところ、場当たり的に対処するのが限界だということは、よく理解できている。ただの無力な人間は、そんなものだろうさ。


 何なら、ゲドーユニオンに対策できるだけでも、出来すぎなくらいだろう。

 ブロッサムドロップがどれほど重要な存在なのか、また実感させられる。

 つまり、このかはゲドーユニオンが滅ぶまで戦い続けないといけない。だから、俺も。


 先生と軽く話をしていると、店で騒ぎが起き始めた。嫌な予感がするな。

 この感覚には覚えがある。以前のデパートでも、似たような空気感だった。

 つまり、きっとゲドーユニオンが現れたんだ。今からでも、先生に逃げてもらえないだろうか。


「先生、この店から出ていくことはできませんか?」


 なんて言っていたが、手遅れだったようだ。もう、ガベージが現れてしまった。

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