目の前の希望(1)

 このかは、ゲドーレッドを倒してからも戦い続けるのだろう。

 いったい、幹部はどれほどの人数いるのだろうか。それが分かるだけでも、全然違うという気がするのだが。


 結局、俺は戦うことはできない。だから、せめて何か、このかの役に立ちたいんだ。

 ゲドーレッドの炎には、消火器が通じた。つまり、全く何もできないわけではない。

 科学技術を生かした道具で、少しは手段が増やせるのなら、それが良い。


 俺の目標は、このかの命を守ることだ。安全を保つことだ。

 そのためには、できるだけアイデアが多い方がいい。


 威力だけを考えたら、銃なんか有効そうではある。だが、どうやって入手するというのか。

 手に入ったとして、使って捕まるのがオチだろう。つまり、銃という選択肢は却下だ。


 そうなると、何がある? 消火器は、ゲドーレッドが炎だから通じていた。だから、他の幹部には通用しないだろう。

 なんだろうな。酸素ボンベとかあれば、水に溺れさせられても大丈夫か?

 というか、溺れる状況で悠長にボンベを装着できるのかという問題がある。やはり難しいな。


 すぐには回答が思いつかないな。俺自身が強くなるというのは、難しいだろうし。

 というか、ゲドーレッドの能力を考えると、格闘技のチャンピオンになったところで無意味に思える。

 普通に色々と燃やしていたからな。殴ったところで蹴ったところで組み付いたところで、火傷をして終わりだろう。下手したら死ぬかもしれない。


 そうなると、他の手段しかないよな。やはり、道具で何かできれば良いんだが。

 例えば、金属バットとかゴルフクラブを持ち歩くのはどうだろうか。

 いや、部活に入っていない俺が持っていたら、疑われるよな。犯罪に使うのかって。

 そもそも、リボンの威力を越えられるのだろうか。消火器で殴ってもあまり有効ではなかったのに、ブロッサムリボンは簡単にガベージを倒していた。


 本当に、良いアイデアが思い浮かばない。

 このかが傷つくかどうかの瀬戸際なのに、情けないことだ。

 やはり、俺は無力な一市民でしかない。それでも、何かないのか。


 このかを助けられるのなら、それで良いんだ。

 誰かの命を捨てさせるのは、きっとこのかが苦しむだけだろうが。

 それに、俺は人の命をなんとも思っていない訳じゃない。

 ゲドーユニオンを倒せるのなら何を犠牲にしてもいいなんて、そんなのおかしい。


 結局、時間をかけて考え続けても、有効な手段は思いつかなかった。

 次の日は、学校で暁先生に呼び出される。理由はいくつか思いつくが、なんだろうか。


 先生は難しそうな顔をしていたので、説教かと思える。正直、面倒だな。

 いや、嫌な先生だとは思っていないんだけどな。前に呼び出された時も、信頼は本物に感じた。

 俺なら悪いことをしないだろうって言葉も、きっと心からのものだろう。そう思える程度には信じている。


 それでも、叱られるのは気が重い。

 心配してくれているのは、伝わるんだけどな。俺の将来を、真剣に考えてくれているはずだ。


 重苦しそうな空気の中、先生はゆっくりと口を開いていく。


「東条、この前、ゲドーユニオンと戦ったそうだな」


 ああ、これは本当に心配をかけてしまったみたいだ。顔を見れば分かる。悲しそうな感じだから。

 それでも、やめろと言われても、俺はゲドーユニオンと戦うことを諦めたりしない。

 先生にはきっと、これからも不安にさせてしまうと思う。だとしても、このかのためなんだ。

 いや、俺自身のためなのだろうな。俺が、このかが傷つく姿を見たくないだけ。


 分かっているんだ。このかだって、俺が傷つけば悲しむことは。

 ブロッサムドロップの姿をしていても、泣きそうなのは明らかだった。

 だから、俺自身のエゴでしかない。それでも、そうだとしても。俺はこのかを守りたい。助けたいんだ。


「はい。そうですね。俺は、後悔していませんよ」


「やめてくれと言っても、お前は止まらないんだろうな。だが、お前が傷つけば悲しむ人間は、ここにも居る。それを忘れないでくれ」


 やはり、先生は優しい人だ。無理やり止めようとしても無駄だと分かって、それでも俺が立ち止まるように言葉を選んでくれている。

 だが、先生を悲しませてでも、俺は戦う。もう決めたことだ。


「もちろんです。わざわざ誰かを傷つけたいとは思っていません」


「そうだろうな。同様に、わざわざ他人を助けたいとも考えていないはずだ。ゲドーユニオンが現れても、お前の行動は避難誘導がせいぜいだと思っていたんだがな」


 避難誘導をすると思われる程度には、評価してくれているんだな。実際はどうだろうか。

 俺はこのか以外の人間がブロッサムドロップだったのなら、きっとリスクを背負わなかったはず。

 安全に手助けできるのなら、助けようとするだろうが。そこが限界だよな。

 他人のために命をかけようとするほど、お人よしのつもりではない。


「どうでしょうか。俺は先生が思うほど、善人ではないですよ」


「いや、私はお前を評価しているよ。だが、納得できないんだろう」


「そうですね。否定はしません」


 先生は、俺を信じてくれている。それは分かる。

 だが、そこまでの行動をした記憶がないんだよな。評価してくれる理由が分からない。

 それでも、先生の気持ちは嬉しくはある。あるいは、俺の感情を誘導するための行為なのだろうか。

 まあ、俺に悪意を持っていないことだけは分かる。だから、仮に演技でも構わない。


「まあいい。私が気にしているのは、お前がわざわざ戦おうとした理由だ。いや、察しはついているんだがな。言葉にできそうか?」


 このかがブロッサムドロップだと、気付かれているのだろうか。

 そうだとすると、少しまずいんだよな。魔法少女だと知られれば、面倒なことの方が多いだろう。


「何を言っているのか、分かりませんよ」


「お前が心配している内容も、分かっているつもりだ。だから、何も聞いたりはしない。安心してくれ」


 ここで直接言葉にしないあたりが、先生の良いところだって思える。

 誰かが聞き耳を立てていたら。そうでなくても、ちゃんと隠す意志を伝えてくれている。

 俺だって、何かを言葉にすることには抵抗がある。いくら先生が心配しているのだとしても。


「ありがとうございます、先生。助かります」


「こちらの方で、お前達の出席に関してはどうにかしておく。だから、必ず無事に帰ってこい」


 ああ、完全に理解されているな。それでも、ハッキリと内容は言わない。素晴らしい先生だよな。

 俺がこの人を信用するには、十分な言葉だ。きっと、普段の生活でなら何でも相談できそうだ。

 こうして誰かを信じて良いと思えるのは、ありがたいことだ。

 ブロッサムドロップの秘密は、きっと守られる。それなら、何も心配しなくて良い。


「もちろんです。先生にも、恩返しをしなくちゃいけないですからね」


「そんなこと、気にしなくて良い。当然のことを実行しているだけだからな」


 さっきまでの配慮を当然と言える。それだけで、頼れる大人として見ていい。

 この人が俺の先生で良かった。信じていい人間が、このか以外にいる。それがどれほどありがたいことか。

 暁先生は、これまでに出会った、どの先生よりも尊敬できるな。


「暁先生が、俺の先生でいてくれたこと。偶然に感謝したいです」


「褒め過ぎだぞ。悪い気分ではないがな。繰り返すようだが、命を大事にしろ。生きてさえいれば、案外どうにかなるものだからな」


「分かりました。もちろん、死ぬつもりはありませんよ。このかのためにも」


「それでいい。お前が生きているだけで、棗は救われるだろうからな。その事を頭においておけ」


 俺が気にしているのが、このかであるのをよく理解した言葉だ。

 どんな言葉だと通じるのか、よく考えた上で話してくれている。

 つまり、俺をよく見てくれているということ。そんな人に、信じていると言われたんだよな。

 本当に最高の先生だと言って良いんじゃないか? きっと、卒業してからも忘れないだろうな。


「当然です。自己犠牲ができるほどの善人ではないですから」


「自己犠牲は善性の行いではない。お前が死ねば、棗も私も悲しいんだ。だから、やめるべきことだ」


「分かりました。自己犠牲なんて実行しないって、約束します」


 実際、俺はこのかを守りたいんだ。命だけでなく、心も。

 そして、このかは俺を大切に思ってくれている。そのはずだ。だから、死ぬ訳にはいかない。

 先生だって、きっと本当に悲しんでくれる。

 それに、俺はこのかとの時間を大切にしたい。死んだら、俺は何もできなくなる。それは嫌だからな。


「ああ、頼むぞ。お前には期待しているんだからな、東条」


「ありがとうございます。先生の期待に応えられるように、頑張りますね」


「期待していると言った手前だが、自分の意志を優先しろよ。命に関わらない限りはな」


 そんなに無理をするように見えているだろうか。きっとそうなのだろうな。

 実際、先生の顔は心配そうだ。俺が期待に応えようとして、やりすぎそうだと思われている。

 そんな事はないだろう。俺は自分勝手な方だと、俺自身では認識しているぞ。

 現に、このかを悲しませてでも戦おうとしている訳だからな。


「大丈夫です。命をかけるほどの無茶はしませんから」


「ああ、信じているぞ。お前は、私の想いを大事にしてくれると」


 生徒の命が大切だという想いだよな。

 それは、大事にしたい。俺は、俺を信じてくれる人を裏切りたくないからな。


「もちろんです。先生の信頼は裏切りません」


「頼むぞ。さあ、これで話は終わりだ。状況が落ち着いたら、補習で忙しいぞ」


 わざわざ補習の時間まで用意してくれるんだから、ありがたい限りだ。

 どう考えても、俺が学業で遅れを取り戻せるようにだもんな。

 先生が俺を信じて、大切にしてくれる。その想いは切り捨てたりしない。


 改めて、しっかりやらないとな。

 このかを助けて、学生としての生活もしっかりこなして。

 大変だが、やりがいのあることだ。先生の期待に応えられるのなら、もっと勉強なんかも頑張って良いかもしれない。

 だが、まずはゲドーユニオンの問題を片付けないと。

 このかと俺が無事に乗り越えられたのなら、後はどうにでもなるはずだ。

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