初めての悔しさ(3)
わたしはブロッサムドロップとして、ゲドーユニオンが暴れていると知って。
学校から飛び出したわたしを、樹くんが追いかけてきた。それで、少し怖かった。樹くんが巻き込まれたらって。
それから樹くんと一緒に先生に呼び出されて、責任を感じていたくらい。なんて楽観的だったんだろうって、笑っちゃうよね。
結局、樹くんは私のせいで傷つき続けるのに。
その一歩目は、デパートにゲドーユニオンが現れたこと。
わたしの知らない、ゲドーレッドという幹部が出てきたのがきっかけだったんだ。
「ゲドーユニオン、あなた達の悪事は許しません! このブロッサムドロップが、悔い改めさせてあげます!」
「くくっ、ブロッサムドロップか。ガベージ共が世話になったようだな。我はゲドーレッド。貴様を打ち破るものだ」
「そんな事はさせません! 私のブロッサムリボンで退治するんですから!」
なんてやり取りをして。その時は、まだ勝てると考えていた。
どうせ、ガベージには大して苦戦していなかったから。どうとでもなるとでも思っていたんだ。
ただ、ブロッサムリボンをぶつけても、敵の能力で燃やされてしまう。
それだけなら、別に良かった。もっと強い技をぶつけたら良いかもって思っていたから。
でも、全くの間違いだったよ。樹くんからどう見えるのか、まるで考えていなかった。
「こんなものか? ガベージ共が倒されていると聞いたから我が直々にやってきたが、その必要もなかったかもな」
そう言われても、別に苦しくはなかった。まだ全力を出していたわけじゃなかったから。
反論するつもりもないし、恐れる心もない。どうせ勝てるだろうって、楽観的に見ていた。
一歩一歩、弱点を確かめていって、最後に倒せればそれでいいって。
わたしが手探りで敵の性能を測っていこうとする姿は、きっと追い詰められているようだったんだと思う。
だから、樹くんはわたしのために策を考えた。ゲドーレッドを、わたしが倒しやすくするために。
それが、消火器でゲドーレッドの炎を消すという手段。
せっかく樹くんが作ってくれたスキだから、全力で攻撃した。
ブロッサムドロップとしての必殺技を使って、カッコよく倒そうって。
「これなら! 行きます! 応えて、聖なるリボン! セイントサンクチュアリ!」
なんて決めゼリフまで言ったりして。
わたしは、状況を軽く見すぎていた。周りがちゃんと見えていなかった。
樹くんが協力してくれるんだって、素直に喜んでいた。
どれだけバカだったのか、すぐさま思い知らされるとも知らずに。
「お、おのれ! ガベージ共! せめてそこの男だけでも!」
そんな敵のセリフを聞いたけど、すぐには動けなかったんだ。
わたしのセイントサンクチュアリは大技だから、相応のスキが生まれる。
その間に、樹くんに向けてガベージ達が移動していく。そして、樹くんは殴られたり蹴られたり。
とても苦しそうな姿を、ただ見ているだけで。
わたしは自分が情けなくて仕方なかった。同時に、ガベージを葬りたくて仕方がなかった。
もっと言えば、ゲドーレッドをもっと苦しめておけば良かったって。そう思ったんだ。
樹くんが受けた苦しみは、わたしには八つ当たり程度じゃ開放できないほどの怒りの燃料で。
だから、できるだけ素早く、同時にガベージが痛くなるように。全力でリボンをぶつけていったんだ。
すぐに樹くんは解放されたけど、痛そうな樹くんを見ているだけで、涙がこぼれそうだったよ。
わたしがもっと、ちゃんとしていればって。そもそも、ブロッサムドロップだって知られていなければって。
だって、きっと樹くんはわたしのためにゲドーレッドを弱らせようとしたから。
ブロッサムドロップの正体がわたしだって教えてしまったことが全ての原因なんだ。
つまり、樹くんが傷ついたのも、苦しんでいたのも、全部わたしのせい。
自分を殺してしまいたいくらいに、怒りでいっぱいだったよ。
わたしは樹くんに嫌われたくなかった。
それだけのために、危険なゲドーユニオンとの戦いに巻き込んでしまった。
分かっていたはずなんだ。樹くんなら、わたしを助けようとするって。
だけど、樹くんに変な目で見られる可能性に耐えきれなかった。
なんて愚かだったんだろう。自分を慰めるためだけに、誰よりも大好きな樹くんを傷つけて。
わたしなんかじゃ、魔法少女にはふさわしくなかったよ。樹くんのヒーローには、なれなかったよ。
知っていたよ。樹くんに守られるだけのわたしは、結局は弱いんだって。
でも、わたしの手で樹くんを助けられるって欲求に勝てなかった。
その結果が、樹くんがケガをすること。
わたしは、何のために。
でも、後悔しても過去には戻れない。ブロッサムドロップがこのかだって、もう知られている。
だから、きっとこれからも、樹くんはわたしを助けようとしてしまうんだ。
もっと、力があれば。ゲドーユニオンの誰も寄せ付けないくらい。
それなら、わたしは守られなくて済むのに。
「ブロッサムドロップ、ありがとう。おかげで命拾いしたよ」
「礼を言うのは、こちらの方です。あなたが居てくれなければ、私はゲドーレッドに倒されていたかもしれません」
樹くんの行動が必要ないなんて、とても言えなかった。
わざわざ傷を負わせてまで手に入れたものが何もないなんて、そんなの。
きっと、わたしがもっと全力だったら、樹くんが居なくても倒せたなんて。
「ブロッサムドロップ、癒やしの力を使おう。今の君なら、できるはずだ。リボンを彼に巻き付けて」
「分かりました。お願いします、ブロッサムリボン!」
「ブロッサムドロップのおかげだな。もう痛くないよ」
せめてもの救いは、樹くんのケガを治せたことだ。
そうじゃなかったら、もしかしたら傷跡だって残ったかもしれない。
わたしの大好きな樹くんに、わたしのせいで。
そうなっていたら、ゲドーユニオンを皆殺しにしていても足りなかったよ。
「それは良かったです。ですが、無理はしないでください。ゲドーユニオンは、バケモノです。あなたの命だって、危険なんですからね」
「ああ。だが、ブロッサムドロップこそ気をつけろよ。ゲドーユニオンの幹部は、強敵のようだからな」
「もちろんです。次は、あなたが協力しなくても済むように、もっと強くなってみせますから」
樹くんには、二度と傷ついてほしくなかった。
そのためなら、どんな手段を使ってもいいって思うくらいには。
わたしの命を捧げるくらいで強くなれるのなら、それでも良いって程度には。
無理なんだろうけどね。ゲドーユニオンをすべて倒すには、一回の命じゃ足りないだろうし。
それに、魔法少女が命を捨てるなんて、きっと機能として設定されていない。
リーベからの話を考える感じだと、魔法少女の力は、誰かの魂を借りているだけだから。
「頑張ってくれ。応援しているからな」
「ありがとうございます。あなたは次から、もっと安全なところに居てください」
それから、樹くんと別れて家に帰って。
わたしは涙をこらえきれなかった。わたしの弱さが、樹くんを傷つけてしまった事実に。
「ごめん、ごめんね、樹くん。わたしのせいで……わたしが、もっと強かったら……」
「キミが強くなりたいのなら、他の誰かの命を捧げるかい?」
本音のところでは、他人の命なら別に良かった。
でも、わたしは実行する気になれない。
その理由は、樹くんに嫌われたくなかっただけ。
だって、魔法少女が強くなるためには他の人の命が必要だって、樹くんは知っていたから。正確には、思い当たっていただろうから。
わたしが急激に強くなってしまえば、樹くんは可能性に思い至る。そうなってしまえば。
「そんな事できない。わたしは、そこまで堕ちたくない」
「それで良い。キミの心だって、力の燃料なんだ。今回感じた悔しさで、感情を燃やせば良い」
だったら、どれだけだって強くなれそうだ。
樹くんを守れなかった悔しさは、きっと誰にも理解できない。樹くん本人にだって。
だから、全身全霊を賭けるんだ。今度こそ、樹くんを傷つけなくて済むように。
ねえ、樹くん。絶対にあなたを守ってみせるから。
だから、ずっとそばに居てね。それだけで、どんな敵とも戦えるんだからね。
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