初めての悔しさ(2)
樹くんに私が魔法少女だと、真実を伝える瞬間が来た。
緊張と、ワクワクと、ドキドキと、色んな感情がミキサーにかけられたみたいだった。
だって、樹くんに信じてもらえなかったらって思いも、樹くんが尊敬してくれたらって思いも、同時に持っていたからね。
樹くんに手紙を書いて、呼び出して。実は告白みたいだなって感じたりもして。
私の家にやってきた樹くんが緊張していたのを見て、もしかしたらって感情もあったよ。
わたしは樹くんに好かれているのかもしれないって。そんな風に。
そして、樹くんの顔を見ながら、息を吸い込んで。
隠していた秘密をさらけ出す瞬間がやってきたんだ。
「わたし、魔法少女なの!」
その時の樹くんの顔は、なんというか、ポカーンって感じだったね。
現状を受け入れられないと言うより、何を言っているんだろうこの人はって。
ちょっと、不安が再び襲いかかってきそうになるくらいには、なんとも言えない顔だった。
結局、すぐに感情を整理してくれたみたいなんだけどね。
優しそうな顔に変わって、心配そうな顔になって。そんな変化を見ていたらすぐに分かったよ。
樹くんは、間違いなくわたしの言葉を信じてくれている。そう確信できるくらいには。
実際、出てきた言葉が証明だよね。
「魔法少女になって、危なくはないのか?」
って言ってくれるんだもん。やっぱり、樹くんだけは信じて良い。そう思えるだけの言葉だよね。
わたしを疑うわけでもなく、すごいと褒めるわけでもなく、案じてくれる。
それだけで、胸が暖かくなるんだよ。いつも通り、わたしを助けてくれる樹くんだって。
まあ、本気でわたしを心配してくれるから、未来でわたしが苦しむことになるんだけど。
「信じてくれるんだね。やっぱり、樹くんに話して良かった」
実際、樹くん以外の誰にも、ブロッサムドロップの正体は知られたくない。
絶対に好奇の目で見られるって、分かり切っているから。
ゲドーユニオンってどれくらい強いんだよって、無責任に聞かれるから。
あるいは、どうしてもっとうまく助けないんだって、責めてくる可能性すらある。
だから、別に樹くん以外を守りたいとは思わないよ。正直なところ、誰かが傷ついても心は痛くないかな。
「まあ、嘘をついていたら分かるからな」
なんて言われたりして。樹くんがわたしを理解してくれている証だよね。ちょっと、にやけちゃいそうなくらい。
それだけ、ずっと私のことを見ていてくれたんだもん。わたしが樹くんになつくのも、当然だよね。
「ありがとう。嬉しいよ。樹くんなら、信じて良い。そう思ったのは正しかったよ」
「それはありがたいが。命の危険があったりしないよな?」
「魔法少女としての力があるから、大丈夫。リーベも協力してくれるから」
「リーベ? 言い方からするに、サポートしてくれる人か?」
わたしも緊張してたんだろうな。ちゃんと説明できていなかったもんね。
普通、新しい名前を出す時には説明するものだよ。樹くんの方から聞いてくれて、助かったな。
「ああ、ごめん。えっと、いわゆるマスコットだよ。魔法少女なら、定番だよね」
「ボクを紹介してくれるんだね。このか、よほど彼を信頼しているんだね」
樹くんを信頼するなんて、当たり前のこと。なんて、ちょっと疑ってたりしたけどね。
わたしは樹くんのためなら何だってできる。きっと、樹くんも同じ。そのくらいは、いつでも信じているけれど。
もしかしたら、魔法少女だって言った結果が悪いものじゃないかって、少し怖かったのも事実ではあるんだ。
まあ、第一の壁は乗り越えたから、リーベを紹介するくらい問題ないのは事実だよね。
魔法少女だって信じてくれるのなら、マスコット的な存在がいてもおかしくはないのだから。
「リーベ。このかだけが戦う理由は、なにかあるのか?」
やっぱり、樹くんはわたしを大切にしてくれている。
分かるんだ。自分でも戦えないかって感じてくれていることは。だから、話したことは失敗だったかもしれないなって。
もし、樹くんまで戦うことになるのなら、嫌で嫌で仕方がない。
「難しい質問だ。正確には、戦力を増やす手段はある。とはいえ、誰も賛成しないだろうね。仮にボクの知っているやり方を肯定するならば、このかも、君も、大きく失望するだろう」
樹くんは、他人の命を犠牲にするなんて許せないよね。
それに、わたしは樹くんに死んでほしくない。
少しだけ、光景が見える気がするんだ。わたしのために、命を使ってしまう樹くんの。
「例えば、俺が実行することはできるのか?」
「その質問には、イエスと答えるよ。ただ、君の覚悟が問われることになる」
「リーベ!」
樹くんを死なせるのなら、リーベのことは絶対に許さない。
どんな手を使っても復讐してみせる。それくらいには。
わたしにとっては、樹くんだけが人生なんだから。
たったひとり、そばに居てくれて嬉しい人なんだから。
方法を知っているのなら、樹くんは自分を犠牲にしてもおかしくはない。
彼の優しさと献身は、わたしが誰よりも知っている。だから分かるんだ。
これまでの日々でも、傷つきながら助けてくれたことはあった。ガラの悪い人から守ってもらったりとか。
「このか、質問がある。お前は、大丈夫なんだよな」
「わたし一人ならって感じかな。樹くん、これ以上は聞かないで」
樹くんが死んでしまったら、わたしの人生に意味はないよ。
だから、自分の命を捧げればなんて、可能性すら知ってほしくない。
もしかしたら、わたしが追い詰められた時に、つい実行してしまうかもしれない。そう思うんだ。
「リーベ、このかに問題はないんだよな?」
「そうだね。戦いに挑むという危険はあるとはいえ、それだけだ」
ああ、リーベの回答で分かった。
樹くんは、わたしが命を捧げたりしていないか心配してくれたんだ。
それは嬉しいけど、わたしは樹くんのほうが気になるよ。
本当に命を捧げそうな人は、わたしじゃなくて樹くんだから。
「もうひとつ質問がある。このかの代わりに俺が戦うことはできないのか?」
わたしが大事だってのは、顔を見なくても分かるよ。
これまで、ずっとわたしを守ってくれていたもんね。
だけど、無理なんだ。それに、樹くんを危険にさらしたくないよ。これまでの戦いは楽勝だったけど、いちおう悪の組織との戦いなんだから。
「それは無理と言って良いね。いや、正確には不可能ではないんだけど。このかも君も許さないだろう」
「当たり前だよ! 絶対にダメなんだからね!」
何も考えなくても言葉は出た。樹くんの命を捨てさせるなんて、許せない。
他の人が犠牲になるだけなら、最悪の場合は構わないけれど。
だけどきっと、樹くんは他人の命を対価にすることは望まない人だから。
つまり、樹くんが自分でどうにかしようとしてしまうってこと。ダメだよね。
「なら、戦いをやめられないのか? 他の手段で、ゲドーユニオンを倒せないのか?」
「難しいね。他に手段があるのなら、ボクだってどうにかしているんだ」
「わたしがみんなを守れるのなら、それで十分だよ」
なんてね。樹くんは、彼だけを守る人はきっと嫌い。それだけが、このセリフの理由なんだ。
本音のところでは、わたしが大事なのは樹くんだけなんだけどね。本人には言えないよ。
「ところで、俺になにかできそうな事はないか?」
「樹くんは、わたしを応援してくれるだけでいいよ。それだけで、どんな敵にも勝てるから」
「実際のところ、ゲドーユニオンは魔法少女でないと倒せない。その前提がある限り、できることは無いに等しいだろうね」
「ダメージを与えることすらできないのか?」
ああ、本当に言わなきゃ良かったかもしれない。すでに、若干後悔していたんだよね。
結局、わたしはわたし自身の弱さをずっと後悔し続けることになる。
樹くんに本当のことを教えようなんて、そんな弱さを。
「樹くん、やめて。わたしは、樹くんを巻き込みたくて本当のことを言ったわけじゃないから」
「全くゼロではないだろうけれど。トドメをさせるのは、魔法少女だけ。大差ないんじゃないかな」
「なら、諦めるしかないのか」
樹くんが諦めてくれたなら、わたしは何も考えなくて良かった。
これから先、樹くんが傷つき続ける未来を迎えなくて済んだ。
だけど、違うんだ。彼は本物の勇気を持っていたから。わたしにとっては、望ましくないことに。
分かってはいるよ。そんな人だったから、樹くんが大好きになったんだけどね。
「樹くん、安心して。私は大丈夫だから。絶対に負けたりしないから」
「魔法少女の力は、ただの人間を遥かに超えている。だから、確率的には民間人が巻き込まれるより安全だよ」
「そうだな。なら、このか。俺は応援しているから、何があっても無事で居てくれよ」
「もちろんだよ。樹くんが居てくれる限り、大丈夫だから」
「だったら安心だな。俺は何があってもお前から離れるつもりはない」
「それを聞けて良かった。ほんの少し、不安だったんだ。信じてもらえないのは良い。バケモノだって思われたら、わたしはダメになってたから」
ふふっ、本音ではあったんだけどね。でも、樹くんに肯定してほしくて言ったセリフなんだ。
可愛いって思ってもらいたいというのは、ちょっと違うけど。
樹くんなら、絶対にわたしを応援してくれるって信じていたから。
「あり得ない。このかがこのかであるかぎり、絶対にない」
こんな風にね。わたしは、分かっていて言ったよ。
樹くんなら、わたしを悲しませるようなことは言わないって。
わたしを喜ばせるために、言葉を選んでくれる人だって。
「うん。樹くんがそういう人だってことは、わたしが一番知っているよ。それでも、不安だったんだ」
「仕方のない事だね。怪人と戦える。それだけで、過去の魔法少女には排斥された存在も居た」
「ありがとう。怖かったのに、話してくれたんだな。俺はずっと、このかの味方だ」
この台詞が聞けただけで、とても嬉しかった。
味方というのが精神的なものであれば、もっと良かったんだけどね。
樹くんがどういう人なのか、分かっていたけど無視しちゃった。それがわたしの罪なんだろうな。
「こちらこそ、ありがとう。じゃあ、またね」
そして、わたしの後悔が始まったんだ。
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