初めての悔しさ(1)
わたしがブロッサムドロップという魔法少女になったのは、樹くんを守りたかったから。
きっかけは、ゲドーユニオンの起こした事件に巻き込まれたこと。
下校中に、ちょっと寄り道をしてコンビニに向かった時、そこにガベージが居たことなんだ。
変なコスプレ集団かと思っていたけど、周りの客に暴力を振るっていて、危険だとは思っていたよ。だけど、流石にそれだけだとも感じていたんだ。
感覚が変わったのは、やってきた警察が倒されたこと。
ひとりがやられたのを見て、銃を撃ってすらいた。それなのに、通じていなくて。
だから、わたしはとても危険なことに巻き込まれたのかもしれない。そう思ったんだ。
逃げなきゃ。そう判断したけれど、出入り口は塞がれていて。
わたしの命もここまでなのかなって。最後に樹くんに会いたかったなって。そんな思いを抱いていたんだ。
だけど、わたしは助かる運命にあった。リーベに選ばれることで。
彼と言って良いのかわからないけれど、その子が現れたのは、わたしの目の前。
猫のぬいぐるみのような見た目のものが浮いていて、ついに幻覚を見たのかなって。
ぼーっとしている私に話しかけてくる言葉は、なのにすっと入ってきたんだ。
「君には、魔法少女になる素質がある。みんなを守るために、その力を貸してほしい」
わたしとしては、逃げられるのならそれでも良かった。
ゲドーユニオンは怖いし、みんなを守るってことにも興味がわかなかったから。
だけど、わたしは決断することになる。そのきっかけは、リーベの言葉。
「ゲドーユニオンは、この町を滅ぼすつもりだ。当然、住民も巻き込まれてしまうだろうね」
わたしの住む愛鐘町は、つまり樹くんの住む町でもある。
ゲドーユニオンが愛鐘町を滅ぼすつもりなら、樹くんも巻き込まれてしまう。死んでしまう。そんなことは、絶対に許せないんだ。
だから、心は決まった。樹くんのためだけに、ついでに愛鐘町も守ろうって。
「分かった。わたしにできることなら、やるよ」
「その言葉が聞きたかったんだ。じゃあ、ボクの力を受け入れて」
リーベから光が流れ込んできて、わたしの心に言葉が浮かんだ。
そのまま、浮かんだ言葉を口にしていく。それが正解だと感じて。
「この胸にある、幸せと笑顔を守るため。未来を紡いで! チェンジ・ブロッサムドロップ!」
その言葉と同時に、私は制服から、魔法少女じみた衣装に変わっていった。
同時に力が湧き出してきて、これなら誰にも負けないって思えた。つまり、樹くんを守ることもできる。
つい、大声で笑ってしまいそうになった。敵の前だというのに。
それくらい嬉しかったんだ。樹くんの力になれることが。
ガベージは特に話すこともせず、ゆっくりとこちらに向かってくる。
そこに向けて力を込めると、右手からピンクのリボンを放つことができた。
敵にリボンがぶつかると、倒れてからゆっくりと消えていく。
その感覚が、とても強大な力を感じさせた。もし樹くんがいなかったら、力に溺れたかもしれないくらいに。少し、興奮で震えるくらいに。もしかしたら、笑みを浮かべていたかもしれないくらいに。
「やったね、リーベくん!」
「リーベで構わないよ。キミとボクは、長い付き合いになるからね」
「わたしはこのか。よろしくね、リーベ」
「了解したよ、このか。キミのおかげで、ゲドーユニオンに対抗できる。感謝しよう」
それからの日々は、ゲドーユニオンが現れるたびに、ブロッサムドロップとして退治していく日々。
何度か繰り返していくうちに、ブロッサムドロップの名前は愛鐘町で知られるようになっていった。
同時に、わたしが授業から抜け出すことで、呼び出しを受けることも複数。
それで、ちょっと心配事が生まれたんだよね。樹くんに、変な目で見られていないかっていう。
もし不良少女だって思われているのなら、立ち直れないよ。
わたしは、樹くんにだけは嫌われたくないから。思い出の中にある、輝きを失いたくないから。
それは、いつの頃だったかな。小学校に入る前だったと思うけれど。
わたしは男の子にからかわれて、何度も泣いていた。
いま思えば、きっとわたしの気を引こうとしていたんだと思うよ。
自分で言うのも何だけど、わたしはとても可愛いから。樹くんも、よく褒めてくれたくらいには。
そんな時に、樹くんはわたしをかばってくれた。
先生にこっそり報告して、いつでも注意してくれるようにしてくれる形で。
今でも思うけれど、子供の発想じゃないよね。だけど、確かに救われたんだよ。
わたしが気づいたのは、先生が教えてくれたから。
「このかちゃん、樹くんには感謝してね。先生がこのかちゃんを守れたのは、樹くんがこのかちゃんを助けてって言ったからだから」
その言葉を聞いて、樹くんの優しさに触れた気がしたんだ。
自分でやったとも言わず、いつも通りにわたしと仲良くしてくれていた。
わたしは変な男の子から解放されて喜んでいたけれど、それを自慢するわけでもなく。
ただ、嬉しそうなわたしに寄り添ってくれるだけだったから。それが素敵だったんだ。
きっと、樹くんはわたしが救われれば、それで良かったんだ。
だから、こっそりと計画して、実行して、わたしには何も告げない。
そんな姿を見て、わたしも同じようになれたらって。そう思えたんだ。
当時は、他の誰かの力になりたいって、そう考えていたけれど。
他にも、樹くんとの思い出はいっぱいある。何度もわたしは助けられた。
そんな事を繰り返しているうちに、樹くんのことが大好きになっていったんだ。
他の誰かが目に入らないくらいに。ずっと一緒に居たいって思うくらいに。誰よりも信頼するくらいに。
だから、樹くんに嫌われる未来だけは、絶対に嫌だった。
他の誰にどう思われたって、別に構わない。だけど、樹くんにだけは。そんな思いでいっぱいだったんだ。
だから、誰かに押し付けられないかなって考える瞬間もあったよ。リーベに相談したこともあったかな。
「リーベ、他の魔法少女は増えたりしないの?」
「いま魔法少女としての力を与えられるのは、ボクだけだ。ブロッサムドロップの力の根源は、ボクの魂。つまり、他に魔法少女を増やしたければ……」
「他の誰かの魂を捧げる必要があるってこと? それって、どうなるの?」
「人間だったなら、死ぬことに等しい。だから、最後の手段だね」
流石に、わたしは他の人を殺してまで楽をしようと思えるほどの人でなしではないよ。
でも、少しだけ未練はあったかな。樹くんと過ごす日常が、遠くなっているような気がしたから。
それでも、正体を告げる勇気は出なかった。
魔法少女だって知られて、歳も考えずにって思われたら耐えられない。バケモノだって思われたら、泣いてしまう。
だけど、樹くんの目が不審をかかえているのに気づいて、心は決まった。
樹くんに、本当のことを話そうって。
きっと、樹くんなら信じてくれるし、変なふうに見たりもしない。そう信じていたから。
それに、わたしが樹くんを守っているんだって自慢できたら嬉しいなって。
なんてね。本当は、怖かっただけ。樹くんに嫌われるくらいなら、他の全部はどうでも良かった。
いや、樹くんを信頼しているのは、本当のことだけどね。でも、樹くんが遠くなる事に耐えるのは、わたしにはできない。だからだったんだよ。
そして、運命の日がやってくる。わたしが樹くんに真実を告げる日が。
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