始まりの一歩(3)

 俺のいるデパートが、怪人たちに襲撃された。


 いつものザコが店内に入ってきて、人々に襲いかかっていく。

 俺は急いで隠れて、なにかスキが見つからないかと様子をうかがっていた。


 すると、ザコたちの他に、目立つ相手を見つけた。

 赤いゴツゴツとした衣装に黒いマントを着た、見るからにネームドと言った雰囲気の存在。

 そいつが炎をまとって、周囲を威圧していた。


 同時に、ブロッサムドロップが現れる。


「ゲドーユニオン、あなた達の悪事は許しません! このブロッサムドロップが、悔い改めさせてあげます!」


「くくっ、ブロッサムドロップか。ガベージ共が世話になったようだな。我はゲドーレッド。貴様を打ち破るものだ」


「そんな事はさせません! 私のブロッサムリボンで退治するんですから!」


 問答はすぐに終わり、ブロッサムドロップはリボンを放っていく。

 だが、ゲドーレッドの炎に焼かれて、有効打を与えられていないようだ。大した火力だ。木造住宅なら、燃やしてしまいそうなくらい。

 まずいかもしれない。何かできることはないか。何でも良い。何かないか。


 考えても、良い手段が思いつかない。

 そのまま、ブロッサムドロップはリボンをゲドーレッドに撃ち続ける。

 けれど、全てのリボンが燃やされて、敵は全く動じていない。


「こんなものか? ガベージ共が倒されていると聞いたから我が直々にやってきたが、その必要もなかったかもな」


 何なのか分からなかったが、ガベージというのはおそらくザコだな。

 そうなると、幹部は別格と言って良い。ゲドーレッドという名前からして、他の色を冠した敵もいるだろう。

 つまり、これからもこのかは強い敵と戦わなければいけない。


 なら、俺だって何か役に立たないと。

 このまま見ているだけなら、このかは傷ついてしまう。下手したら、死んでしまうかもしれない。


 ブロッサムドロップは諦めずにリボンを何度も叩きつけているが、効果はない。

 本当に危険な状況だ。リボンが燃やされているということは、あの炎をどうにかできれば。

 炎ということは、水でも叩きつければ消えてくれないか?

 スプリンクラーから水を放射すれば、ゲドーレッドは水を受けることになる。


 だが、どうやってスプリンクラーから水を出す? 俺はそんな手段は知らない。

 ゲドーレッドの炎で火災報知器が反応した様子もない。

 なら、手動で動かせないか? いや、どうやって?


 いや、待て、火災報知器の近くには、別のものがあるはず。消火器だ。

 それなら、使い方は分かる。なら、急いで移動しないと。


 ブロッサムドロップ達の戦いを横目で見ながら、俺は消火器を探す。

 すぐに見つかり、ゲドーレッドに見つからないように準備をしていく。

 後は発射するだけとなった段階で、敵に向かって駆け寄って、消火器を放つ。


 すると、ゲドーレッドの炎は消えていった。


「これなら! 行きます! 応えて、聖なるリボン! セイントサンクチュアリ!」


 ブロッサムドロップの右手にリボンが集まり、徐々に光が増していく。

 そして、大量のリボンが放たれて、ゲドーレッドに勢いよく叩きつけられていった。


「お、おのれ! ガベージ共! せめてそこの男だけでも!」


 そう言いながら、ゲドーレッドは消えていった。

 だが、ガベージ達が俺に襲いかかってくる。


 複数体に囲まれているので、逃げることもできない。

 なので、消火器で殴りつけるも、当たったガベージ以外の敵から殴られて、すぐに消火器を手放してしまう。


 そのまま、殴られては蹴られ、蹴られては殴られ。

 俺は悲鳴すらあげられないまま、追い詰められていった。


 気づいた様子のブロッサムドロップが、即座にガベージ達を倒してくれた。

 だが、目隠しの上からでも、このかが泣きそうになっていることが分かった。


「ブロッサムドロップ、ありがとう。おかげで命拾いしたよ」


「礼を言うのは、こちらの方です。あなたが居てくれなければ、私はゲドーレッドに倒されていたかもしれません」


「ブロッサムドロップ、癒やしの力を使おう。今の君なら、できるはずだ。リボンを彼に巻き付けて」


「分かりました。お願いします、ブロッサムリボン!」


 ブロッサムドロップから出たリボンに包まれると、徐々に痛みがやわらいでいく。

 これが、リーベの言う癒やしの力なのだろう。

 先程あっけなくガベージ達が倒されたことといい、今の癒やしの力といい、魔法少女の力は絶大だ。


 俺からは痛みが消えていたはずなのに、むしろ泣き出しそうだった。

 ブロッサムドロップの力がなければ、ゲドーユニオンにはどうあがいても勝てない。

 ただのザコであるガベージにすら、俺は何もできなかった。


 つまり、これからもこのかは戦い続けなければならない。

 俺にできることは、せいぜいが手助け程度。

 ブロッサムドロップがあくまで中心で、俺は添え物にしかなれない。


 リボンが俺から離れて行って。ブロッサムドロップは目の前だ。

 だから、必死で笑顔を作った。強く握った拳に気づかれないように。


「ブロッサムドロップのおかげだな。もう痛くないよ」


「それは良かったです。ですが、無理はしないでください。ゲドーユニオンは、バケモノです。あなたの命だって、危険なんですからね」


 分かっている。だから、お前の命だって危険なんだろう、このか。

 俺が心配しているのは、お前だからなんだ。

 他の誰かだったら、わざわざゲドーレッドに立ち向かったりしなかったよ。


 だが、分かってくれとも言えない。俺は確かに弱い。

 ブロッサムドロップからすればただのザコでしかないガベージに、手も足も出ないのだから。

 その事実が、震えそうなくらいに悔しい。

 消火器のおかげで、多少は役に立てた。それだけだ。


「ああ。だが、ブロッサムドロップこそ気をつけろよ。ゲドーユニオンの幹部は、強敵のようだからな」


「もちろんです。次は、あなたが協力しなくても済むように、もっと強くなってみせますから」


 その言葉が、俺とこのかとの距離のように感じた。

 ただの民衆でしかない俺と、本物の魔法少女であるこのか。そのふたりの。

 俺にできることは、守られることだけでしかないのだろうか。

 いくら消火器が役に立ったとはいえ、結局は助けられただけだからな。


 俺に力があれば、もっと直接このかの力になることもできた。

 たまたま消火器があったから良かったものの、次の敵にも通じるとは限らない。

 そもそも、俺がブロッサムドロップの立ち位置だったのならな。

 ただ、このかを守るだけで良かったのにな。


「頑張ってくれ。応援しているからな」


「ありがとうございます。あなたは次から、もっと安全なところに居てください」


 このかにとって、俺は守るべき存在のひとりでしかない。

 その事実が、胸を締め付けるようだった。

 本当なら、俺が守ってやるべき相手なのに。

 戦いなんて似合わない、優しい女の子なのに。


 ブロッサムドロップが去って行って、俺は地面に拳を叩きつけた。


「くそっ! 俺が何をしたところで、このかは戦いから離れられない! ふざけるなよ!」


 そうだ。結局、このかが戦うしかない。

 俺が手も足も出なかったガベージより、遥かに強いだろう幹部を相手にしても。

 今回のゲドーレッドだって、このかは追い詰められていたのに。

 それでも、俺は戦うことができない。身の程を思い知らされたから。


 ゲドーレッドとの戦いでは、少しは役に立てたはず。

 それでも、達成感などまるで浮かび上がってこない。

 爪が食い込むほどに拳を握って、それでも感情を抑えきれなかった。


 リーベ。どうしてこのかを選んだんだ。そんな泣き言すら吐き出しそうになって。

 いまさら現実は変わったりしない。それが分かっているだけに、俺がどれほど無駄な行動をしているか、よく理解できた。


 せめて、次はもっと役に立てる何かを。

 武器でもいい。策でもいい。何でも良いから、とにかくこのかの力になりたかった。

 これからも、このかは戦い続ける。だからせめて、少しでもこのかが楽をできるように。


 そうじゃなかったら、俺が生きている意味なんてない。

 俺の命をかけてでも、必ず何か道筋を見つけ出して見せる。そう誓った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る