悲しみと怒り(3)

 ゲドーユニオンが私達の通う学校に現れた。ということは、樹くんも巻き込まれる可能性があるってこと。

 わたしは急いで、ブロッサムドロップに変身しようと隠れる場所を探した。

 更衣室で変身して、すぐに駆けつけていく。ガベージは校庭に集まっていて、だからすぐに攻撃するんだ。


「神聖な学び舎を狙うなんて、許せません! このブロッサムドロップが、あなた達を倒します!」


 ピンク色のリボンを放って、ガベージ達を倒していく。もう、ガベージなんかじゃ相手にならないね。

 だけど、気を抜いちゃダメだよね。樹くんが巻き込まれないように、しっかりと始末しないと。

 わたしは、できるだけ気づかれないように、樹くんを探すことを優先していた。

 ブロッサムドロップの大切な人が樹くんってバレたら、人質にされるかもしれないから。それは避けないといけないんだ。


 わたしは、樹くんを気にしていないフリをしなくちゃいけない。

 でも、とても難しいことなんだよね。どうしても、視線で追ってしまいそうになる。当たり前だよね。大好きな人だもん。

 だけど、その感情で樹くんを傷つける訳にはいかないから。全力で演技しないと。


 ガベージを片付けていくと、また敵の幹部っぽい存在がやってきた。

 今度は黄色くて、まあイエローなんだろうなって。その辺、単純なネーミングみたいだから。

 なんだか、物語じみているよね。まあ、魔法少女の存在自体が漫画やアニメの世界か。


 それよりも、今度こそしっかりと倒さないと。苦戦しないように。

 今ここに樹くんがいるのは間違いない。だからこそ、楽勝なんだって知らせてあげないと。

 前みたいに、わたしを助けようと思われたらおしまいなんだ。その覚悟で。


「俺はゲドーイエロー! ブロッサムドロップ! レッドとブルーを倒した見事な戦士よ! 俺と競い合おうじゃないか!」


 ゲドーイエローとやらは大見得を切っているけれど。

 競い合いたいとか、どうでもいいよ。わたしは敵の目的になんて興味はないんだ。

 できるだけ、さっさと倒れてほしい。私の中にあるのは、それだけだよ。


「あなたが何を考えていようと、悪しきゲドーユニオンは打ち破ります!」


 すぐにリボンを撃っていくけど、敵が土をまとって防がれる。まあ、分かってはいたよ。とりあえず、小手調べだというだけ。

 セイントサンクチュアリをどのタイミングで放つのか、それが大事になってくるよね。

 とにかく、大技を当てれば倒れてくれるはず。それは、これまでの敵と同じだと思うから。


「大した力だ。だが、その程度ではあるまい!」


 なんて言われるけど、本気を見せる時は死んでもらう時だよ。

 そうじゃないと、対策を取られちゃうからね。その程度のことには考えが及ぶくらいには、戦いには慣れているから。


 ゲドーイエローは土を剣の姿に変えて、こちらに切りかかってくる。

 リボンをそこに当てると、剣もリボンも壊れていった。なら、威力の限界は分かったかな。

 それなら、一撃や二撃を受けても問題ないかな。ちょうど良いタイミングで、セイントサンクチュアリをチャージしよう。


 そう決まったら、後は簡単だね。とりあえずは、攻撃を受けたらまずいふりをして、状況を見計らってから溜める。それで良いかな。

 流石に、初手から溜めに入ったら、もうちょっと強い攻撃を選ばれかねないよね。

 だから、焦りから大技を選んだフリをするんだ。でも、できるだけ早く。

 万が一だけど、樹くんが助けに入ってこない程度には、すぐに。


 実際、何度かリボンと剣をぶつけ合っていると、敵はリボンを突破しようとしてきたよ。

 そこで、セイントサンクチュアリのチャージに入る。案の定、敵は切りかかってくるけれど。特に問題はない。どの程度の威力かは分かっている。じゃあ、耐えるだけだから。


 それで、大技の発動準備を整えて、放っていく。


「この一撃で! セイントサンクチュアリ!」


 間違いなく直撃して、敵はボロボロになっていた。もう一撃与えれば、倒せるって程度には。


「この程度で倒れるものかよ! この戦いは、まだ終わらせぬぞ!」


 ゲドーイエローは吠えるけれど、もう形成は傾いているかなって感じだった。

 何か、敵は大技を溜めていくみたいだった。けれど、どうとでもなるかなって。


 だけど、樹くんには違う見え方だったみたいだ。

 ゲドーイエローが固めた土の塊に、消火器の中身をぶつけていたから。ピンチかもって思われたのだろう。

 それで、わたしの計画は狂っちゃったんだ。適当にあしらっていれば、勝てたはずだったのに。


 樹くんが邪魔だって思ったのは、初めてだったかもしれない。

 でも、仕方ないよね。実際、邪魔だったんだから。でも、すぐにどうでも良くなっちゃったんだ。


「俺とブロッサムドロップの間に入るとは、無粋な奴め。その報いを受けよ!」


 わたしが何かをする前に、樹くんは敵の土に囲まれた。つまり、攻撃されているってこと。

 その状況では、うかつにゲドーイエローに攻撃できない。だって、樹くんの命がかかっているから。

 変なことをして樹くんが死んでしまったら、もう終わりだもん。何もかもが。

 だから、見ているだけしかできなくて。必死に涙をこらえながら。


 結局、樹くんは解放された。大怪我をしていたけれど。左腕なんか変な方向に曲がっていて、私の心は黒く染まっていった。

 殺してやる。絶対に殺してやる。それだけを考えていると、急に力が湧いてきた。

 今なら、どんな相手だって殺せそう。そう感じるくらいの。

 だから、いま目の前にいる敵に、戦力でぶつけようって。それだけだった。


「これが、俺の戦いを邪魔した罰だ。ただの人が、怪人に勝てると思った罪を思い知ったか?」


 心のままに、全ての力を込める。冷静な判断じゃなくて、ただ感情だけで。

 殺す。とにかく殺す。考えているのは、それだけだった。


 敵は樹くんに近寄っていたから、すぐにでも死んでもらう。その思いだけで、力を放つ。


「死んでよおおおっ!」


 樹くんに聞かれちゃったかな。幻滅されちゃうかもな。そんな事を考えていた。

 戦いからすれば、どうでもいいこと。でも、わたしにとっては目の前の敵よりも、よほど大事なことだったんだよ。


 新しい感情で目覚めたリボンは、真っ黒だった。わたしの心みたいに。

 何も考えず、ぶつけられるだけの物をぶつける。それだけで、敵は苦しんでいるようだった。


 そして、技を出し終わったころ、ゲドーイエローは倒れていく。

 だけど、全く心はスッキリしなくて、ただ虚しいだけだったんだ。

 当たり前だよね。樹くんのケガは消えないんだもん。苦しんだ事実は、無くならないんだもん。


「ゲドーブラック様、ブロッサムドロップは危険です……」


 敵は何かを言い残していたけど、そんな事はどうでも良かった。

 もう、樹くんには二度と戦わないでほしい。そんな心でいっぱいだったから。

 だって、嫌だよ。樹くんが傷つくのを目の前で見ているだけなんて。

 そんな思いは、うまく形にできなかったけれど。


「……自惚れは解消されましたか? 身の程をわきまえず、勝てない敵に挑むからそうなるのです。もう、怪人と関わるのはやめてください」


 樹くんに投げかけた言葉の棘が、自分にも突き刺さるような気がした。

 どうしてわたしは、樹くんを否定しているのだろう。そんなの嫌だったのに。

 実際、樹くんはとても傷ついている。わたしは、喜んでほしかっただけなのに。

 ぜんぶぜんぶ、ゲドーユニオンのせいだ。だから、もう許さない。それで良いんだよね。


「……分かった。もう、余計なことはしない。お前の足は引っ張らないよ」


 望んでいた言葉のはずなのに、全然うれしくなかった。

 わたしは、結局は樹くんを傷つけてしまうだけ。心も、体も。

 魔法少女になんてなってしまったのが、間違いだったのかな。

 でも、わたしが居なくちゃ、ゲドーユニオンはもっと暴れていたはず。

 まあ、何でも良いか。ゲドーユニオンは全滅させれば。


「そうですか。ありがとうございます。忘れていました。あなたの治療をしないと」


 樹くんに、リボンの力で治療を施していく。

 だけど、結果はあんまり良くない。折れてしまった腕は、元に戻っていないようで。

 樹くんは痛々しい姿のまま、何も変わっていないようだった。

 いや、少しは傷が治っているのだけれど。アザはなくなっているし。


「リーベ。どうして傷は治りきっていないんですか?」


 本当に大事なことだ。理由は分かる気もするけれど。力が足りないんだよね。

 いったい、何のための力なんだろう。樹くんが傷ついていて、助けられないなんて。

 そうだね。ゲドーユニオンを討ち滅ぼすための力だよね。それだけだよ。

 もう、樹くんは傷つけさせないから。すべてを殺してでも。


「ブロッサムドロップの癒やしの力にも、限度があるということだね。仕方のないことだ」


 他人事みたいにいうリーベには腹が立つけれど、諦めるしかない。

 リーベと樹くんは、親しいわけでもないのだから。だけど、それ以上は許さないよ。


「仕方なくなんて、ありません! わたしのせいで傷ついたのに、ちゃんと治すこともできないなんて……」


「気にするな。俺の愚かな行動の、その戒めになる。しばらくは、この痛みと一緒に生きていくよ」


 そんな戒めなんて、必要ないのに。戦いは止めてほしかったけれど、だからといってケガしてほしい訳じゃなかった。

 というか、樹くんが傷つかないために、戦いから遠ざけたかったのに。

 今のわたしは、何も叶えられていないよ。どうしてなんだろうね。


「分かりました。ちゃんと、静養してくださいね」


「賢明な判断だね。ゲドーユニオンとは、もう戦わないことだ。二度と、傷つかないためにね」


 リーベの言葉には物申したかったけど。わたしの樹くんに知ったような口を利いて。

 でも、戦わないでほしいのは、わたしも同じだったから。特に反論はしなかった。


 それからわたしは家に帰って、ひとりで泣いていた。

 樹くんにだけは、傷ついてほしくなかったのに。わたしのために、あんなケガまでして。

 わたしが魔法少女だって知られていなければ、何も問題はなかったのに。


 ゲドーレッドとの戦いでだって、樹くんはガベージに痛めつけられていた。

 だから、もう戦わないでほしいって、そう思っていたのに。もっと強く、止めていれば良かったのかな。

 それとも、そもそもわたしが魔法少女だって伝えなければよかったのかな。

 どっちだったところで、過去には戻れないんだけどね。これから先も、きっと思い出すたびに傷つくんだろうな。


 樹くんが、わたしを守るために傷つくリスクを背負う。そういう人だってことは、ずっと前から知っていたのに。

 だけど、それでもわたしを知ってほしいって思っちゃった。それが、わたしの罪なんだよね。

 そして、胸が引き裂かれそうな思いこそが、わたしへの罰なんだ。


 わたしは、今感じている心の痛みを胸に刻んでいた。

 もう二度と、味わわなくて済むように。そのための燃料になるように。

 絶対に、樹くんは傷つけさせないよ。これから、どんな手段を使ってもね。

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