失意の中で(1)

 俺は失意の中にいた。本当の強敵相手には、俺の策なんて何も通じない。それを思い知らされて。

 このかを守りたかったのに、ただ泣かせてしまっただけだった。

 それどころか、足を引っ張ったと言っても良いだろう。そんな俺に、何の価値があるのだろうか。


 ゲドーイエローとの戦いが終わって、病院へ向かった後。暁先生に見舞いに来てもらった。

 先生はとても悲しそうで、この人まで傷つけてしまったのだと、心から理解できた。

 本当に、俺には何も残せなかった。ただ周りを傷つけただけで、得たものは何もない。


「東条、無理はするなと言ったじゃないか……!」


 切実そうな声が聞こえる。本気で悲しんでいるのだと、強く伝わるような。

 瞳が涙でうるんでいるようにすら見えて、とても大切にされていたのだと感じられた。

 ただの教師と生徒なのに、骨折程度で涙を流すなんて。そう言う人もいるかもしれない。

 だが、俺にとっては真剣に案じてくれている証なんだ。


「すみません、暁先生。忠告してくださっていたのに、無視してしまって。俺がバカだったんです」


「本当だぞ、この大バカ者……! 一歩間違えていれば、お前は死んでいたんだぞ!」


 全くだ。このかにも言われたことだが、俺は自惚れていた。ゲドーユニオン相手でも、何かができるんじゃないかと。

 完全に、勘違いでしかなかったな。もはや、笑えてきそうだ。


 その結果が、このかも先生も泣かせるという事態。愚か極まりない。

 俺は、周りの人よりも自分のプライドを優先していただけなのだろうな。

 このかだって、結局は自力で敵を倒していた。それなのに、わざわざ手伝いに向かうのだからな。


 俺が死んでいたのなら、きっとこのかも先生も、もっと傷ついていたんだ。

 それを思えば、俺の罪を理解できるだろう。そもそも、このかの足を引っ張っているのだから。このかを危険にさらしたようなものだ。

 俺の無謀に付き合わせて、それで巻き込んだわけだ。バカげているよな。


「返す言葉もありません。もう、同じ過ちを繰り返したりはしません」


「今度こそ、頼むぞ。生徒が死んでしまうなんて、私は嫌だからな」


「もちろんです。暁先生を、悲しませたりはしません」


「棗のこともだぞ。お前に懐いているのは、よく分かるんだからな」


 このかが俺に親しみを感じてくれているのは、流石に分かる。心配してくれているのも。

 だからこそ、俺に傷ついてほしくなかったんだろう。今更気づいても、遅くはあるが。


「はい。しっかりやります。もう、無理はしません」


 したところで、何の意味もない事はよく分かったからな。

 拳を握りそうになるが、痛みで手が止まる。今の俺は、悔しがる事すらできないんだな。

 何か策が思い浮かんだところで、この体では無理がある。腕が折れているんだからな。

 消火器を使うこともできない。ハッタリも難しい。ゲドーレッドやゲドーブルーであったとしても、同じ対応はできないんだ。


 だから、今の俺は完全に無力。ただ、このかの動きを見ていることしかできない。あるいは、見ることすらできない。

 どちらにせよ、何もできないに等しい。本当は、初めからそうだったのだろうが。


「じゃあ、私は帰るぞ。東条、しっかり休むことだ」


 そのまま暁先生は帰っていく。ひとりになると、急に力が抜けてしまった。そして、涙がこぼれてくる。

 先生の前では、我慢していたのだろうか。それとも、緊張の糸が切れたのだろうか。

 よく分からないが、とにかく涙は止まらなかった。不自由な腕では、拭うことすらままならない。その事実が、余計に涙を増やしたような気がした。


 結局、一日中無気力に過ごして、次の日。

 このかが家にやってきていた。俺は、大事を取って休んでいたのだが。

 それで、このかの成績が落ちたりしたら、俺の責任だな。もともと、俺が余計なことをしたせいなのだから。


「樹くん、大丈夫? いや、聞くまでもないよね。ごめんね。わたしが弱かったせいで」


 このかに、自分を責めさせている。なんと情けないことか。俺の勝手な行動で、傷つけて、余計な責任を負わせて。

 俺のことを、このかがどれほど大事にしているかなんて、分かり切っていたはずだ。

 にもかかわらず、自分の納得を優先した結果がこれだ。俺よ、満足したか?


「お前のせいじゃない。俺が無謀なことをしたからだ。自業自得だよ」


「もっとわたしが強かったら、心配しなくて済んだよね。だから、わたしのせいなんだ」


「自分を責めないでくれ。お前を泣かせたくなかっただけなのにな。俺は間違えてばかりだ」


「そんなことないよ。樹くんは、何度もわたしを助けてくれた。それだけは、本当のことだから」


 だから、今回だって助けられると誤解した。罪深いことだ。

 このかを助けるのは当たり前で、俺の方が上だと勘違いしていたのだろうな。

 ハッキリ言ってしまえば、傲慢がすぎる。失敗してから、気づくなんてな。

 生きていたのは、単なる幸運だった。現実が見えていなかった。


「だからこそ、余計な世話を焼いてしまったんだ。反省すべきだよな」


「わたしは、樹くんが元気でいてくれれば、それだけでいいんだ。一緒に居てくれれば、それが幸せなんだ」


 このかの思いを、ずっと無視し続けて。それで傷つけるのならば、俺の行動は何だったんだ。

 いや、分かり切っている。ただのつまらない自己満足。それだけだよな。

 悔しくはあるが、この感情を表に出すことはできない。このかの方が、苦しんでいるだろうから。

 俺の感じている苦痛なんて、小さなものだろう。このかは、俺に信用されていない感情だって、受け取ってきたのだろうから。


「ありがとう。お前の幸せを尊重しなかった俺は、バカなことだ」


「気にしなくて良いよ。これまで、ずっと幸せにしてくれたから」


 気にしなくて良い。つまり、同感ではあるのだろうな。

 自分で言っておいて、反応を気にする。バカバカしいことではあるが。

 どうしても、苦しさを感じてしまう。情けない限りだよな。でも、感情を抑えられない。


「だからといって、いま苦しめていたら何の意味もない。よく分かっているんだ」


「でも、これからは安全なところに居てくれるでしょ? それだけで十分だよ」


 まったく、ままならないものだ。俺はこのかを助けたいが、その思いは迷惑なのだろう。

 すべては、俺が弱いから。戦えないから。どうして力がないんだろうな。

 魔法少女の力が俺にあれば、それだけでこのかを守れるのに。

 だが、夢見ているだけでは何にもならない。結局、ただ見ているだけか。


「分かった。お前に全部任せるよ。情けないけどな」


「そんなことないよ。樹くんがそばに居てくれるから、わたしは頑張れるんだ」


 なら、良いのだろうか。このかに戦いを押し付けているだけではないのだろうか。

 だからといって、俺にできることはなにもない。考えたって、仕方のないことではあるのだが。

 魔法少女として戦うこのかを支えることすらできない。応援だけなんて、何もしていないのと同じ。

 それでも、言葉だけでもかけるべきなのだろうか。頑張ってくれって。


 俺としては、できれば避けたい。

 だが、今の感情だって、つまらないプライドなのだろうな。自分がよく分かってしまう。

 このかに任せて、ただ待っているだけでは無いという言い訳がほしいだけ。

 悲しいことだ。ゲドーユニオンさえ居なければ、以前のままでいられたのに。


 なんて、醜いのだろうか。自分の弱さを思い知らされることを、強く嫌う。

 結局のところ、俺は小さい男なのだろう。このかには、ふさわしくないのかもしれない。

 俺がこのかを引っ張っていたのは、過去の話。今では、ただ守られるだけなのだから。


「ありがとう。絶対に、ケガなんかしないでくれよ。多分、今のお前と同じような気持ちになるから」


「うん、分かっているよ。絶対に、負けたりなんかしない。どんな敵が相手でもね」


 このかは自信満々だ。俺という重荷が無くなったせいだろうか。そんな考えが浮かんでしまった。

 女々しいことだ。このかを助けることが、俺の存在価値だった。それを奪われたと感じているのだろう。

 だから、ちょっとしたことすら疑ってしまう。俺を信じていないのではないかと。


 分かっているはずなんだ。このかは俺を大事に思ってくれているはずなんだって。

 だけど、心の奥底では納得できない。足手まといにしかなれないという思いが、俺の足まで引っ張っている。

 このかのためを思うのなら、素直に応援しているべきなんだ。だって、力になれないんだから。


 それでも、声が震えそうになる。本音が言葉に出そうになる。

 もう、戦うのをやめてくれないかと。無理難題だと分かっていても。

 このかは、ただ笑顔でいるだけなのが似合っているんだ。戦場なんて似合わない。

 理解している。俺のほうが弱いのだから。考えるだけ無駄なのだと。


 俺は、このかとただ平和に過ごしていられたら、それで良かったのにな。

 ゲドーユニオンさえ居なければ、叶っていたはずの願いなのだが。


「このかなら、勝てるのだろうな。俺と違って」


「当たり前だよ。樹くんを思うだけで、力が湧いてくるんだ」


 このかは嬉しそうに笑う。俺にも、同じだけの力があったのなら。このかへの思いが、力になったのならば。

 荒唐無稽な考えだと分かっていても、どうしても追い求めてしまう。


「そういえば、リーベはどうしているんだ?」


「一応、呼べば来るとは思うけど。なんで?」


「いや、気になったからな。仮にも、魔法少女の力については中心だろう?」


「分かった。じゃあ、呼んでみるよ」


 このかは目をつぶって、念じている様子に見える。

 なんというか、テレパシーみたいな能力があるのだろうか。

 俺にも使えるのなら、とっくに使っているだろうし。リーベにしか使えないんだろうな。


 あまり時間はかからずに、すぐにリーベはやってきた。

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