固い誓い(1)

 わたしは、これまでの人生で何度も樹くんに助けられてきた。

 初めての時から、今に至るまでずっと。

 その中でも、印象に残っていることがいくつかあるんだ。


 学校のプールで、足がつって溺れかけていたわたしを、すぐに助けてくれたことだってあったよ。

 ちょっと、もがいていたくらいなのにね。すぐに気づいてくれたんだ。

 きっと、わたしのことを好きでいてくれるはず。そう信じていいって思えるようになったのも、その頃かな。確か、小学校の真ん中くらい。


 助けられたこと自体も大事だけど、その後の話も強く心に残っているんだ。


「ありがとう、樹くん。いつも助けてくれるね。樹くんがそばにいれば、安心だね」


「俺がいない時には、危ないことには変わりないよ。でも、一緒なら、このかは助けるよ」


 わたしは助ける。それって、わたしを特別だって思ってくれている証でいいんだよね。そう思っていたんだ。

 実際、わたしのことを特別扱いしているというのは、それからの日々でも分かったのだけれど。

 どんな時でも助けてくれる樹くんは、ずっと信じられる。なんて考えていた。そして、樹くんと一緒なら、何があっても大丈夫だって。


 だけど、そんなわたしの弱さが、ゲドーユニオンとの戦いに樹くんを巻き込むことになった。

 その事実がある限り、わたしは過去を後悔し続けるんだろうな。そんな気がするんだ。

 だって、樹くんは何度も傷つき続けるから。わたしを守ろうとして。これまで、ずっと頼ってきたせいで。

 何もかも、わたしが頼りないせい。きっと、わたし一人でもどうにかなるって思われていたら。そんなもしもを考えてしまうよ。


 かつて守ってもらった時の思い出は、今でもキラキラと輝いている。

 だけど、今では呪いでもあるんだ。樹くんが頼りになるって事実は、わたしの罪だから。ずっと寄りかかり続けてきた、わたしの。

 そうでしょ? わたしが弱かったから、樹くんは支えようとしてくれた。間違いないよ。


 溺れかけた時だって、実際に溺れていたわけじゃない。混乱していただけなんだ。

 きっと、自分でどうにかする手段だってあったはずだよ。だけど、樹くんが居るからって思ってしまったんだ。

 それは、わたしをいつでも助けなきゃって思うはずだよね。一人じゃだめだって思うよね。


 ブロッサムドロップになって、わたしは確かに力を手に入れた。

 だけど、心の弱さは変わっていないままだから。樹くんは、わたしを支えたいって思ってしまうんだ。

 そんなの、私は望んでいないけれど。ハッキリ言ってしまえば、信用されていないんだ。わたしにも、どうにかできるってことを。


 仕方のないことだって、よく分かっているよ。だって、頼りになる姿なんて、きっと一度も見せていない。

 それなのに信じろなんて言われて、誰が従うんだろうね。わたしなら、無理だよ。きっと、樹くんも。


 だから、ほんの少しのピンチで樹くんは立ち上がってしまった。

 ゲドーレッドに、わたしの攻撃が通用しないって思われることで。

 なら、次はもっと素早く片付けるしかない。次にピンチになれば、樹くんはもっと無理をする。分かり切っているんだよ。


 わたしは樹くんが好き。誰よりも、何よりも。付き合いたいし、結ばれたいし、結婚したいよ。

 だけど、今のわたしじゃ樹くんにはふさわしくない。だって、守られるだけだもん。

 片方だけが頼り切りの関係なんて、夫婦失格でしかないよ。ちゃんと分かっているんだ。

 だから、この想いは胸に秘めておくんだ。いつか、隣に立てるようになるまでは。


 本当は手をつなぎたい。キスをしたい。もっと先のことだって。樹くんとなら、どんなことだってしたいよ。

 だけど、いま満足してしまったら、わたしは弱くなる。そんな気もしていたんだ。

 わたしの心の中心は、いつだって樹くんだから。届かない想いが、燃料になる。確信できたよ。


 ゲドーユニオンの全てを打ち破る日まで、我慢しないといけない。その感情が、力になってくれる。

 そして、樹くんを守ることができるんだ。きっと、いま結ばれたら守れなくなる。樹くんに頼ってしまう弱い心で、わたしが埋め尽くされてしまう。

 結果として、わたしは樹くんを失ってしまう。そんな未来は許せない。そんな自分も。


 だから、今だけは遠くても良い。樹くんとの、心の距離は。

 この先の未来にある、幸せな日々。それを期待することで、感情がエネルギーになる。

 ブロッサムドロップの力は、心によっても増す。そうリーベが言っていたからね。


 樹くんへの想いが、わたしの中で一番強い感情。それは間違いのない事実だから。

 この世の全てより、大切な存在なんだよ。樹くんは、気づいていないかもしれないけれど。

 わたしが戦うのは、何よりも樹くんを守りたいから。そう言ってしまえるのなら、どれほど楽だろう。

 きっと、失望されてしまう。それが怖くて、とても言葉にはできないけれど。


 わたしの想いが届く日は、まだまだ先だ。だから、それまで頑張ろう。

 そのためにも、ゲドーユニオンの幹部を倒すために、わたしは家でリーベと作戦を練っていた。


「やっぱり、セイントサンクチュアリが中心になるよね?」


 ゲドーレッドとの戦いでは、決め手となった技だった。実際、ブロッサムドロップとしての必殺技だからね。

 大技として、溜めが必要なのが欠点ではある。だけど、きっとゲドーレッドの炎ごと吹き飛ばせた。そんな自信があるよ。


「そうだろうね。魔法少女の力を一点に集中する。その火力で叩き伏せるのが基本だと言える」


「ゲドーレッドも、防御力が問題だったもんね。炎の壁を突破できれば、それで十分だったから」


「キミは正しいよ。攻撃が当たったところで、威力が足りなければ意味がないんだ」


 よく分かる話だ。ゲドーレッドとの戦いでは、まさに威力が足りなかったからね。

 ちゃんと敵を倒せる攻撃じゃなくちゃ、速くても多くても意味がない。とても理解できていたよ。

 そうなると、問題はチャージ時間だよね。そこを解決できる手段があれば、手っ取り早いんだけどね。


「だとすると、どうやってスキを作るのかが大事だよね?」


「そうだね。威力が足りても、当たらなければ意味がない。先程とは逆だけどね」


「うーん。溜めが簡単になる方法ってあるかな?」


「感情を爆発させれば、おのずと。でも、意識してどうにかなるものではないよ」


 わたしの感情は、樹くんを守りたいという気持ち、大好きだって想い。それだけ。

 戦いの最中に、考えている余裕がある気は、あんまりしないよね。

 そうなると、やっぱり相手のスキが重要なんだろう。でも、頭で考えてもどうにかならないんだよね。

 きっと、ゲドーレッドと他の幹部では、戦い方が違う。どんな敵でも通じる手段なんて、そうは無いはずだよ。


「難しいな。なかなか、すぐに強くはなれないね」


「当たり前のことだよ、このか。簡単に強くなれるのなら、ボクはそうしているよ」


 確かに、当たり前だ。簡単に強くなれるのなら、そもそも樹くんが戦っているだろう。

 そうならなかったのは、魔法少女の力はわたしだけのものだから。だけど、今の状況は良かったと思っているよ。

 樹くんが、わたしの知らないところでゲドーユニオンと戦う。厳しさを知っているからこそ、嫌だ。


 それに、わたしじゃない誰かのために戦う樹くんは見たくない。嫌な子だよね。悪い子だよね。

 でも、わたしは、樹くんがいてくれなきゃ、おかしくなっちゃうんだ。間違いなくね。


 結局、良い手段は思いつかないままリーベとの会議は終わった。

 仕方のないことなのは、分かるよ。でも、焦りもあったんだ。樹くんが、またわたしを守ろうとするかもしれないって。

 他の誰かが傷ついていても、正直に言ってしまえば気にしない。

 だけど、樹くんだけは無事でいてほしい。願っていても、遠いけれど。でも、心からの想いだから。届いて。そう祈るだけだよ。

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