固い誓い(2)

 今日は、樹くんが暁先生に呼び出されていた。

 理由は分からない。予想はつくような、つかないような。

 ブロッサムドロップとゲドーレッドの戦いで、ケガを負った姿。あれは誰かに間違いなく見られていた。

 それが原因だとすると、お説教されているのかな。褒められているのかな。


 わたしは、よくお説教されている。仕方ないとは分かっていても、悲しいよね。

 先生からすれば、ただ急にサボっているだけだもん。それは理解できるよ。

 ただ、樹くんには叱られていてほしくない。わたしのためなんだもん。

 そうじゃなくても、樹くんが悪く思われるのは、嫌な気分だな。

 わたしを何度も助けてくれた人だよ。とっても素敵な人なのに。


 そんなこんなを考えながら過ごしていると、樹くんが戻ってきた。なんだか嬉しそうな顔をして。

 同時に、ある考えが浮かんでしまったんだ。それは、樹くんは暁先生に好意を抱いているんじゃないかって。だから、呼び出されて喜んでいるんじゃないかって。

 これまでの樹くんを考えれば、ありえないって分かるよ。でも、心はついてこないんだ。


 わたしは、やっぱり醜い心の持ち主なんだ。そう思い知らされてしまう。

 だって、わたしのために戦った人を、つまらない嫉妬で疑っているんだから。

 暁先生は、それは美人だ。わたしだって憧れそうになるくらい。大人の魅力でいっぱい。

 だから、樹くんが奪われてしまうんじゃないかって、そんな風に考えてしまう。

 わたしのために命をかけている樹くんに、失礼だって分かっているよ。でも、どうしてもダメなんだ。


 もう、わたしは樹くんが居ないとおかしくなっちゃう。分かっていたけれど。

 改めて思い知らされるようで、心がぐちゃぐちゃになりそうだよ。

 樹くんが遠くに行っちゃう可能性だけで、許せないって思っちゃうんだ。わたしのものじゃないのにね。


 心の中から不満と疑いが消せないまま、放課後を迎えた。

 樹くんがわたし以外の人間を見る。それだけで、ビックリするくらい嫌になるんだ。

 大好きだからって、限度があるよね。知っている。分かっている。でも、納得はできないよ。


 そんな心が表に出ていたみたいで、樹くんが疑問を顔に浮かべていた。


「このか、何かあったのか?」


 なんて聞かれてしまう。わたしの気も知らずに。いや、理性では分かっていたよ。理不尽でしかないって。

 でも、ダメなんだ。樹くんが分かってくれないって思うだけで、心が暴走しちゃう。

 わたしはこんなに大好きなのに、樹くんはそうじゃないのかって。違うって、知っているのにね。


「あるに決まってるよ! 暁先生に呼び出されたのに、嬉しそうにしちゃって! 先生が美人だからって、教師と生徒なんだからね!」


 声を荒らげることを抑えきれなかった。迷惑だよね、樹くん。

 わたしは、樹くんに守られていただけ。肉体だけじゃなく、心でも。だって、こんなに感情をぶつけても、許してくれるって甘えちゃっているんだ。自分のことだから、分かっちゃう。


 樹くんから見れば、きっと訳の分からないことを言っているよ。

 だって、呼び出されているだけなのに、恋愛を疑われているんだから。

 ゴメンね。好きだってことは、言い訳にはならないのにね。


「先生は俺を心配してくれているだけだ。何があっても、付き合ったりなんてないよ」


 付き合うって発想が出るってことは、全く何も感じていない訳じゃないんだよね? 少しくらい、先生を意識していたんだよね?

 そんな考えが、頭を支配しそうになる。だけど、必死で我慢していたよ。いま怒りをぶつけてしまえば、もしかしたら嫌われるかも。そんな恐怖が、ふと浮かんだから。


 そもそも、わたしはワガママだ。守られているのに、好き勝手いうばかり。

 だから、呆れられたらどうしようって、急に考えちゃった。さっきまで、信じて甘えてたはずなのに。

 情緒不安定だよね。面倒くさいよね。でも、樹くんが大好きなんだよ。だから、お願い。ずっと一緒にいて。


「それなら、良いけど。樹くん、わたしから離れていったりしないよね?」


「当たり前だ。お前は大切な幼馴染なんだからな」


 幼馴染。もしかして、想い人じゃないのかな。照れてるだけだよね。そうだと言ってよ。

 先生が好きになったから、わたしは好きじゃなくなったの?

 そんな訳ないって分かっていても、疑う心を抑えられないよ。

 おかしいよね。樹くんは、命がけでわたしを守ってくれているのに。


「幼馴染、ね。樹くん。いや、何でもないよ。大切だって言ってくれて、嬉しい」


「だからこそ、無理はするなよ。お前が傷ついたら、俺は悲しいんだ」


 樹くんが傷ついたら、わたしはもっと苦しいよ。誰よりも好きな人なんだよ。ずっと一緒だったんだよ。

 分かってるよ。樹くんは、純粋にわたしを心配してくれているだけだって。

 でも、わたしの気持ちだって分かってくれて良いじゃん。

 樹くんが死んじゃったらっていう、わたしの想いは届かないのかな。

 そんな風に思うと、頭の中で何かが燃え上がっていった気がした。


「わたしだって同じだよ! この前、わたしがどんな気持ちだったか!」


「すまない。だが、俺は諦められないんだ」


 わたしを助けることを?

 そんなの、別にいい。樹くんが無事で居てくれるのなら、それだけで。

 でも、樹くんは分かってくれないんだろうな。わたしが弱かったから。頼りなかったから。

 自分が情けないという感情が、あふれ出てくる。そうだよね。ずっと守られ続けてきたんだもんね。


「知っているよ。でも、絶対に死なないで。樹くんが居てくれなきゃ、楽しくないよ」


「分かっている。このかを泣かせるやつは、誰だろうと許さない。俺だろうとな」


 嬉しいような、悲しいような。結局、今の樹くんの言葉が苦しいよ。

 わたしは、そんなに弱そうに見える? いや、答えなんて聞くまでもないよね。

 泣き虫で、頼りない。そんな相手だって思われているんだって、もう知っているよ。

 でも、違うんだ。ゲドーユニオンは、そんなことじゃ相手できないんだ。

 樹くんが死んじゃったら、わたしの人生に意味なんてないのに。


「お願いだよ、樹くん。ずっと、そばにいて。それだけでいいの」


「もちろんだ。このか、お前から離れたりしないよ」


 樹くんがいるから、わたしは楽しいんだ。嬉しいんだ。生きる元気がわいてくるんだ。

 だから、約束は絶対に守ってね。そうじゃないと、おかしくなっちゃうからね。

 わたしの、たったひとつの願い。それは、樹くんと一緒に生きることだから。


「ありがとう、樹くん。あなたが居てくれれば、どんな敵にも勝てる気がするんだ」


「なら、ずっと一緒に居ないとな」


 それだけのことで、何だってできるよ。たぶん、嫌われないのなら人殺しだって。

 わたしの全ては、樹くんでできているんだ。だから、居なくなったら体も心も失うようなものだよ。

 一緒に居たいのも、何かをしたいのも、樹くんだけだからね。それだけが、わたしなんだ。


「そうだよ! 樹くんはずっと私の隣に居ること!」


「分かった。約束だ」


 樹くんの目は、ちゃんと真剣。だから、本気で考えてくれているんだと思う。

 だからこそ、絶対に守られる約束であってほしいよ。

 樹くんが、わたしにウソをつくなんて信じたくないもん。

 何があったとしても、ずっと樹くんのことだけは信頼したいから。


 だから、私は樹くんを守りたいんだ。これから先も、ずっと一緒に居るために。

 もちろんだよね。恩返しだって大切だと思うところはある。でも、何よりも重要なのは、わたしが樹くんと居ると幸せだってこと。

 わたしの幸福を守るために、樹くんの命を守りたいんだよ。安全を保ちたいんだよ。


 樹くんと別れて、家に帰ろうとする。しばらくぶらついていると、やけにひとりが寂しくなったんだ。

 理由は、なんとなく察しがつく。樹くんと遠ざかる可能性を感じちゃったから。

 樹くんが死んじゃうかもしれないし、他の誰かを好きになるかもしれない。

 わたしは、これまでずっと、樹くんがいつまでも隣に居てくれるって信じてた。

 だけど、違うんだよね。樹くんを失う可能性は、どこにでも転がっている。


 例えば、もう二度と樹くんに会えないことすら、あり得るんだ。

 そんなこと、何があっても嫌だけど。でも、可能性はゼロじゃない。

 だから、今日みたいに機嫌を損ねる時間なんて、もったいなさすぎるよ。

 樹くんとの時間が何よりも大切なものだってことは、当然のことなんだから。


 そんな風にたそがれていると、リーベから声をかけられる。


「このか、ゲドーユニオンだよ。キミも知っている、ホームセンターだ」


「分かった、すぐに行くね!」

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