失意の中で(3)

 今日は検査の結果を聞くために病院へ向かっていた。

 一応、最低限の治療はされたが、結果次第では通院の回数が増えそうだ。

 とりあえず、即座に入院が必要なほどではないそうだが。実際、家に帰れている訳だからな。


 受付を済ませて、待合室で待機する。そうしていると、ガベージが現れた。

 念のために距離を取りながら様子をうかがっていると、すぐブロッサムドロップがやってくる。


「前を向いて生きようとする人々の邪魔をすることは、このブロッサムドロップが許しません!」


 そう言って、ピンク色のリボンを放つ。即座にガベージ達は倒れていく。

 もはや、ガベージでは時間稼ぎもできないようだな。このかの強さが、よく分かる。そして、俺の弱さも。

 以前、ゲドーレッドと戦った時には、俺はたった一体のガベージすらも倒せなかった。

 それが、今のこのかは、ガベージなど問題にもしていない。このかとの距離が遠くなったようで、つい右手を伸ばしかけた。


 このかは全てのガベージを倒し終え、同じ頃に緑の怪人が現れる。またマントをまとっている。

 見た目からして、ゲドーグリーンと言った感じ。ゲドーブラックは、まだ出てこないようだ。

 そうなると、ゲドーユニオンのリーダー的存在がブラックなのだろうか。

 まあ、答えはすぐに分かるだろう。目の前のグリーンが四天王かどうかで。


「オイラはゲドーグリーン。この病院は、ゲドーユニオンが破壊するよー!」


「そんな事、許しません!」


 このかから、黒いリボンがあふれ出る。もしかして、強い怒りを感じているのだろうか。

 声を聞く感じでは、冷静さを保っているように見えていたのだが。

 このかは、もしかして憎悪で染まってしまったのだろうか。一度、怒りに身を焦がしたから。

 それなら、俺のせいじゃないか。俺が、このかの感情に影響を与えていた。それも、悪い方に。


 結局、昨日の行動は無意味だったのだろうか。それとも、あまりにも怒りが大きいのだろうか。

 どちらにせよ、俺が悪い。このかの心を癒やせなかった、俺の問題だ。

 なぜなんだろうな。俺は、何をした所でこのかの役に立てない。

 戦おうとすれば足を引っ張り、このかは怒りで戦うほどに歪んでしまった。

 かつては、誰かを守るために戦うと言っていたのに。見る影もない。


 このかの黒いリボンは、あっという間にゲドーグリーンを包み込む。

 そしてしばらくして、相手が解放されたら、そいつは全身の関節が逆に曲がっていた。

 野次馬らしき人からも悲鳴が上がり、ブロッサムドロップに恐れの目を向けているのが分かる。


「ブラック様、ごめん。ブロッサムドロップには、勝てなかったよ……」


 そのままゲドーグリーンは消えていく。このかの黒いリボンは、圧倒的な力を誇っている。

 だが、俺には不吉の象徴にしか見えなかった。このかが歪んでいる証にしか。

 原因は何かと考えれば、俺が傷ついた恨みなのだろう。つまり、俺のせいだ。

 優しい性格だったこのかを、ここまで変えてしまった。どれほど罪深いのだろうな。


 同時に、強い無力感も襲いかかる。このかの力は圧倒的だ。だからこそ、俺には何もできない。

 うっかり、このかの怒りを沈めてしまえば、それで弱くなってしまうかもしれない。

 このかの安全は、何よりも大事だ。だからこそ、今の変化してしまったこのかを受け入れるしかない。

 だが、本音では嫌でしかなかった。少し気弱だけど、確かな優しさを持っていた、そんなこのかが好きだったから。


 俺は無力だ。このかを傷つけて、守れないで、歪めてしまって。

 何か役に立とうとして、悪い方向にしか進めていないじゃないか。

 どうしてなんだろうな。ただ、このかに笑顔で居てほしかっただけなのに。

 いや、答えなど分かり切っている。俺が弱いからだ。心も、体も。


「ゲドーユニオンの悪逆は、私が打ち砕きます」


 ブロッサムドロップの言葉に、周囲は怯えている様子。

 あまりにも過激な正義にでも見えているのだろうか。

 いずれにせよ、俺がこのかの心を黒く染め上げなければ、怯えられることもなかっただろうに。

 俺の罪が、また増えてしまった。このかだって、きっと恐れられるのは嫌だろうに。


 結局は、足を引っ張り続けるだけ。もう、どうしたら良いのだろうな。

 死んでしまいたいぐらいだが、このかを傷つける選択でしかない。

 どんな道を選んでも無駄でしかないと思えて、胸が引き裂かれそうな心地だ。


 だが、このかだって苦しんでいるはず。現に、いま人々に怯えられているのだから。傷ついているはずだ。

 分かっているから、自分だけが不幸なつもりにもなれない。どこまでも、中途半端なだけなんだ。

 いっそのこと、投げやりにでもなってしまえば、楽なのだろうが。

 それでも、このかを支えたいんだ。せめて、心だけでも。隣に居ることで、何かできればと。


 ブロッサムドロップは、周りを見回した後、すぐに去っていく。空気を感じたのか、何なのか。

 これから先は、このかが怯えられなくて済むといいが。

 何もかもが、ゲドーイエローの時の失敗と繋がっている。せめて、何か取り戻せたら。そう思うが、俺にできることなど思いつかない。


 本当に、何もできないんだな。前に進むことも、後ろに戻ることも、逃げ出すことも。

 いっそのこと、やけになるほどバカになれたらな。なんて、このかに迷惑をかけるだけか。


 ゲドーユニオンもブロッサムドロップも居なくなって、とりあえず検査の結果をもらって。

 家に帰ってから、ずっとひとりで考えていた。せめて何かができないかと。


 このかの心を慰められるのなら良いが、まだゲドーブラックが残っている。うかつなことはできない。

 今のこのかの負の感情。それを失わせるのは、正しい判断なのかどうか。ひとりで判断できることじゃない。

 せめてリーベが居たのなら、相談することもできたのだが。


 考えは袋小路に入ったまま、ベッドの中でゴロゴロすることを繰り返すばかり。

 これまでだって、俺自身の手でこのかの役に立てたわけではない。少なくともゲドーユニオンに関しては。

 今のこのかの強さを考えると、そもそも俺の手は必要なかった可能性が高い。

 結局のところ、わざわざ余計なことをして、それを成果だと誇っていただけ。どこまでもくだらない限りだ。


 俺はゲドーユニオンと関わってから、少しでもこのかの力になれたのだろうか。そんな疑問が浮かぶが、答えは分かり切っていた。

 このかの助けになれないのなら、何のために生きているのだろうな。分からないのに、死ぬことすらできない。


 今の俺には、このかの顔を思い出すたびに、無力な自分が映り込んでいるような心があった。

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