第13話 流行

 どんなものにも流行り廃りがあるものだ。草花もそう、取り扱う者たちの間では改良種やらなんやら、発表のたび沸き立つ事もある。

 わたしは流行というものには殊更鈍かった。好きなもの、気になるものばかり延々と追い求める生き方をしている。かたや、彼の方はなかなかの洒落者だったらしい。人間の流行りに合わせて服や髪型を変え、怪しまれることなく共存してきたのだとお喋りな口が語った。

 身体を持っていた頃の彼を見たのは幼少期のことだから、はっきりとは覚えていない。闇夜の中であったのもある。けれどもらったショールはたしかに良いものであった(わたしが彼と再会するまで使っていた)し、上品な香水の匂いがしていた。


 どうしてこんな話をするかと言えば。今日ついに壊れてしまった眼鏡を買いに、街へ赴いたからだ。商店街には「流行りの」「最新ファッション」などの言葉がどこにでデカデカと書かれている。眼鏡も例外なくそうだった。

 馴染みの眼鏡屋に入る。店主のギオルゲが状態を見てくれたが、「これはもう直せない」とのことだ。新調するより他ない。フレームを選んでくれと言われ、途方に暮れていると後ろから声をかける人が。

「こんにちは、息子のイリエです。フレーム選びのお手伝いをさせていただきます」

 こんなに大きくなったのか。ほんのすぐ前までやんちゃに駆け回っていたのに。ついそう呟くと、くすくすと笑って、展示してある台の前へ連れて行ってくれた。

「顔の形によって、似合う眼鏡が違うんです」

 そう言いながら、いくつかサンプルを出してくれる。わたしの好きな黒や、それに近い緑。深い茶色もある。

「ザハリエさんなら、ウエリントンという形がお似合いだと思いますよ」

 持ってきた全部が同じ形だ。言われるがまま順にかけていくと、深い深い緑のものをかけた時、なにかしっくりきた。青年も、これが一番お似合いですねと言う。

「この形、今年の流行りでもあるんです。ラッキーでしたね」


 無事にその日の内に持ち帰ることができた。彼に見せると、しげしげ眺めたあと、一言だけ言った。

「君が興奮してる時の目の色だ」

 そうして、にやにやと笑う。なんとなく気恥ずかしくなって、彼の顔を自分の腹に押し付けてワシワシと撫でた。

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