第7話 まわる

 今日は、「彼」の姿が見えない。朝寝床の定位置におらず、わたしの布団に潜り込んだ気配もない。ひとまず生活を進めながら家を見渡したが、いつもの場所はどこももぬけのからだった。

 昼になり、食事の時間。いつものように花の束を抱えて帰ってきたが、やはり彼は見当たらなかった。

「アレクセイ?」

 ……久々に彼の名を呼んだな。そう思っていると、階段下の物置から音がした。よく見れば、戸が細く開いている。

「ザハリエ!」

 わたしを呼ぶ声がした。戸を開け放って舞う埃に顔を顰めると、髪から顔まで埃にまみれた彼が隅で目を輝かせている。

「いいものがあるぞ!」

 彼が顔で示す場所に積まれていたのは、数枚のレコード。その奥には蓄音機も見えた。なるほど。そういえば、彼は音楽も好きだったな……。最近はラジオばかりかけているから、すっかりと存在を忘れていた。

「かけてみるかい?」

 そう問えば飛び跳ねるように頭を振る。埃が舞うからやめてくれと苦笑しつつ、彼と物品を回収した。


 彼を洗面所に連れて行き、顔と髪を洗う。その後回収してきたものたちも、バルコニーで埃を掃除した。まだ動くだろうか。そっと針を落とす。幾許かののち、古い蓄音機は自身の務めを思い出した。流れ出したのは、ワルツ。

「昔は人間のパーティに混ざって、朝まで踊り狂ったものさ」

 今は……身体がないからね。そう悔しそうに言う彼に、右手を差し出す。驚く彼を右腕に抱いて、左腕を掲げ足を踏み出した。ゆっくりとした3拍子で、まわる。彼は恍惚の表情を浮かべ、身を預ける。たった一曲分の時間で、大満足のようだった。

「嗚呼、君が産まれるのが、あと40年早かったら!」

「そうしたらわたしたち、出会っていないかもしれないよ。だから、これでいいんだ」

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