第5話 旅

 わたしは世界地図を見ていた。ある国原産の花樹について調べている途中である。彼は暖炉前の特等席から動いて(頭部だけで浮遊して移動することができるのだ)、本の隣に着地した。

「地図かい?」

「ああ。この国について調べている」

 そう答えて、極東の島国を指差す。わたしたちの住処からは、地図上でもかなり遠い。

「随分と遠い国だね」

 身体のある頃はあちこち行っていたらしい彼も、流石に行ったことがないだろう。四季の移ろいがあり、魅力的な花々が沢山ある国なのだ、と説明を添えた。彼が優しく言う。

「行ってみたいね、君と」

 わたしは頷く。でも、彼を持ち運ぶのは至難の業だ。

「そうだねえ。でもカバンの中では、景色は分からんよ?」

「だろうねえ」

 彼は少しだけ寂しそうな顔をした。この姿になってからは、家とそれに隣り合う温室だけが彼の世界だから。


 暖炉前のロッキングチェアに移動し、地図本を膝に広げる。彼も暖炉前に連れてきた。

「きみは、方々旅していたんだろう。聴かせておくれよ」

「近場ばっかりだよ」

 そう答えつつ、彼の目が輝くのが分かった。相当なお喋り好きだしなにより……わたしが本に構っていて寂しかったのだろう。そういうところが放っておけない。

 その晩は、彼がうきうきと語る諸国の話を聴きながら、長い夜を過ごした。

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