第4話 温室

 温室の主人、植物学者の男を、目で追う。

 歳を重ねたため一つ一つの動作はゆっくりだが、無駄のない動きをするため、みるみる作業は終わっていく。土づくりから枝の剪定、花の管理、種の採取。彼の手はいつも土と、草木の青い香りがする。

 硝子越しの柔らかな光が照らすのは、ところどころ色の抜けた麦畑のようなブロンド。瞳は生い茂る草木のような、森の大樹のようなオリーブグリーン。田舎ののどかな風景を思わせるその色が、とても好きだった。

 それだけじゃない、私を抱き上げる力強い腕。いつも大地を踏み締める、安心感のある脚。長身ですらりとしているのに、どこか大岩のようだ。あの静かな声で呼ばれると、木立を抜けるそよ風のように心地がいい。


 それでも、……人はいつか死ぬ。花のようにあっという間に朽ちて、目の前から消えていく。彼もまた、その定めを受け入れているようだ。それが、たまらなく寂しい。

 彼に尋ねられたことがある。

「わたしが死んだら、きみのことをどうしようか」

 と。私の行く末など、正直どうでもよかった。またふよふよと風に吹かれるまま、夜を選んで方々見物に行ってもいいし、ここで……この温室で、誰かが見つけるまで、独り思い出に耽っていてもいい。

 もし、許されるなら……。彼とのこの生活が、永遠に続いてほしい。また罪深いことに、その手段を私は持っている。しかし、彼は望むだろうか。そう思った末、未だに言い出せずにいる。

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