第21話 飾り

 アレクセイの髪は、ゆっくりだがまだ伸び続けている。人間とそこは変わらないのだね、と言うと不思議そうな顔をした。

「吸血鬼もほとんど人間だぞ?血が食糧であることと、再生能力が多少あるくらいで……あとは眷属や同胞を増やせるところかな」

 と、いうことらしい。昔聞かされた噂話は、さぞかしおひれが沢山ついていたのだろう。


 美しく伸びた白い髪は、大層美しい。新雪の丘のようになだらかに流れるそれは、普段はわたしの手によって三つ編みに編まれている。今日は風呂の日なので、つい先ほど解いたところだった。アルネは毎日庭で水浴びをしているから、それで事足りるらしい。

 寒い寒いとこぼしながら裸になり、彼を抱き抱えて風呂場へ。極東の国のように浴槽に湯を張ることはしないが、シャワーを出しておけば湯は多少貯まる。少しは温まるものだ。まずは自分の髪と身体を洗い、彼の髪にもシャンプーをつけて、泡立てていく。すすいだら、次はコンディショナー。私の髪は硬くて太いが、彼のは繊細で柔らかだ。自分のよりも細心の注意を払って洗い上げていく。

 彼は私の膝の上でこの上なくご満悦だ。顔も洗顔料で洗い終えたら、脱衣所へ。乾燥予防のクリームを塗って、彼の髪からドライヤーをかけていく。洗いたての髪は、乾かすと空気を含みふんわりと広がる。その手触りがわたしは好きだった。彼は彼で、私の硬い髪に頬ずりしていることがあるから、気に入っているのかもしれない。

居間に戻ったあと、髪を梳いてやっていると、彼がこう言い出した。

「たまには、違う髪型もしてみたいな……ダメかい?」

 もちろん否やはない。ただしそっち方面の知識はからっきしなため、コンピュータに検索語句を打ち込んでみる。いくつか見たが……これならわたしにもできそうだ。

 まず、髪の上半分を左右に分け、それぞれの一部を三つ編みにする。残りの髪と三つ編みを後ろで束ね、深い赤のリボンで留めた。ハーフアップのアレンジだ。


 後ろから写真を撮って彼に見せると、今回の結果はかなりお気に召したようだった。鏡の前で誇らしげに、あちらを向いたりこちらを向いたりしている。それを眺めながら、……ふと思いついた。

 以前散髪した時にもらってきた、三つ編みの入った箱。そこに添えられていたメモに、こう書いてあったのだ。

『もう一房、予備を箱の底に入れております』

 彼に断って、箱の底の飾り紙を持ち上げる。たしかに入っていた。それを取り上げ、裁縫箱を持ってきて、小細工をする。気づいた彼が、おやおやと寄ってきた。

「どうかしたのかい?」

 問いには答えず、出来上がったものを彼の、耳の後ろに持っていく。その部分の毛を少し緩め、絹糸を縛りつけた。糸を隠すように細いリボンを巻く。そこからぶら下がるのは、少し細めの金色の三つ編み。今度はその端をつまみあげ、彼の目元にちらつかせる。彼が息を呑んだ。鏡を鼻先がつきそうな距離で覗き込み、写真を撮ってとせがむ。今度は斜め前から撮って見せる。白雪の中しなる金色は、なんだか特別感があった。

「こんな……最高の贈り物だ……」

 ずりずりと私の腹に顔を押し付けて、また泣いている。最近泣き虫になったな、と言ったら頭突きをされた。

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