第9話 つぎはぎ

「もう少し、お洒落をしたらいいのに」

 私のぼやきは、スープを煮る彼に届いたようだった。きょとんとした顔ののち、照れ笑い。なんて顔をするんだい……もうない胸が締めつけられるようだ。

「もうじいさんだし、いいだろう?」

 彼の服は何十年モノが当たり前で、肘やら膝やらはほとんどつぎはぎだらけだ。気に入った服しか着ない主義かと思っていたら、買いに行くのが面倒だとか、まだ着られるからとか。もうお洒落なんて、私には楽しめないことなのに。

「せっかくの美貌なのに……」

 そうだ。彼はとても容姿がいい。顔は整っているし、背も高く、庭仕事のせいで筋骨逞しい。もう60代なんて話しても信じてもらえないだろう。本当に、非常に、もったいないと思っている。ある日そんな私に、よいものがもたらされた。


 朝新聞と一緒に入っていた、広告のチラシ。近くの街の服屋がセールをするらしい。また、その近くに床屋がオープンしたとか。該当のチラシを、アルネが器用に嘴でつまみあげ、テーブルに広げた。

「髪を切りたいのかい?」

 寄ってきた彼が問う。

「私じゃなく、君だよ……もう長いこと切ってないだろう。ついでに服も新調したまえ」

 彼がモゴモゴと答えることには、「困ってない」だの「まだ着れる」だの。そういうことじゃないんだよ……私には野望があるのだから。

「君が服を新調したら、古い服がお役御免になるだろう?私の寝床に敷いてほしいんだ!君の香りに包まれていたい、そうしたら安らげる気がする」

 もうひと押し。

「あと、君の髪が一房欲しい……でもそこだけ切ったら変になるだろう、全部切るついででいいのさ」

 彼はうろんな顔をして尋ねた。

「髪なんてどうするんだ?」

「好いている相手の髪なんて、欲しいに決まっているだろう!生涯大事に持っておきたいんだ、愛した人の一部を」

 彼は迷っていたが、「そういうもんか」みたいな顔をしたのち、頷いた。

「わかった、でも連れてはいけないからね。どうなっても文句は言うなよ」

 彼ならば、どんな髪型だって似合うだろうし、どんなものだって着こなすに違いない。元気に返事をして、セールの日を待つことにした。

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